事態の足音
1980年代前半、陸上自衛隊内部において「第3国による我が国に対する侵攻時、第3国に潜入し、指揮系統破壊を行う」を旨とする部隊設立について検討されていた。
当時の最精鋭部隊は陸上自衛隊東部方面隊の第一空挺団であったが、この部隊は敵の着上陸侵攻時に敵後方線に降下、敵の背後から攻撃を行い、敵を混乱させることが目的であった。
が、敵国に侵攻し、直接的に指揮系統を破壊する部隊は持ち合わせていなかった。
そのため陸上自衛隊幕僚監部において「部隊の新規保有」を検討し、防衛庁(当時)と検討に検討を重ねた。
そして生まれたのが「第一空挺団本部管理中隊付別班」であった。わずか5名という分隊にも満たない「超小数編成」であったが、その戦闘能力は一人につき一個中隊+αはあった。
しかし、部隊方針が「第3国に潜入し、指揮系統破壊」を目的とするのだ。専守防衛を逸脱するとして騒がれても無理はない。そのため「超極秘」になっていた。だから部隊名も「普通にありそう」な名前なのであった。
1990年代に活躍した彼らは、冷戦終結と防衛費縮小による煽り、そして体力的年齢の限界を受けて解体された。特殊作戦群や西部方面普通科連隊、海上自衛隊特別警備隊などの特殊部隊設立の際には、教育部隊として教壇に立っていた彼らも何処に消えたのだろうか.....。
愛知県 豊田市
某車メーカーの販売店の試乗車待機場所に背広姿の二人の男がいた。一人は中肉中背のセールスマン。もう一人は高身長にスキンヘッドの男だ。
「いかがでしたか?、乗り心地最高でしたでしょう。何て言ったってエコカーです。とても静かですよ」
「....加速性能がいいな」
「はい。この車の一番の売りは今までのエコカーと違い、加速性能が大変優れているところです。もちろん低燃費。技術大国日本が成せる技ですよ」
「もう一度座って良いかい?」
「えぇ何度でもどうぞ。もう一度試乗されても構いませんよ」
そして、高身長の男が運転席に改めて座る。窓を開けて二人の会話は続く。
「エンジンかけて良いかい?」
「えぇ、もちろんどうぞ。どうです?静かでしょう。あぁ仰らないで。お客さんのように背が大きな方だと、やはり狭く感じるでしょう。しかし、この車の一番の良いところは加速性能と座り心地だ。ゆったりくつろげるエコカーはうちだけですよ」
「一番気に入っているのは」
「何です?」
「値段だ」
その時、高身長の男がドライブにギアを入れると、車を発進させた。
「あぁ、ダメですよ!!動かしちゃ!!止まってください!!ダメです!!」
セールスマンが叫ぶ。だが、車が止まる様子はない。しかし、ゆっくり動く車が出口に着くよりは、セールスマンが先回りする方が早かった。
「止まれっ!!」
セールスマンが両手を振る。そのとたん、車は急に速度を上げ、セールスマンに突っ込んだ。
「ギヤァァッー!!!」
響き渡る悲鳴。そのまま速度を上げ立ち去る車。
ひき逃げを目撃した歩行者やセールスマンの同僚達が走って来たが、セールスマンが再び起き上がることは無かった。
警察に通報しても無駄だった。なぜなら車は試乗車。試乗した男は「買う」とも言ってないので身分を把握していない。おまけに唯一知っていそうな担当者はひかれて死んだ。後程発見された試乗車に残っていた指紋は、警察側に該当データ無し。つまり初犯。早くも操作本部員は迷宮入りを考えていた。
北海道 札幌市南区
「へいらっしゃい!」
威勢の良い声が響く。店主一人のラーメン屋に、高身長の男が入る。食券タイプのこの店は、先に食券を買う。
食券販売機の目の前で、販売機を弄っていた高身長の男が諦めたように振り向いた。
「店長、食券出てこないよ」
「え?、ありゃ、紙詰まりかな。ちょっと待ってでください」
カウンターから出てくる店主。券売機の中を開けて覗きこむ店長。
「紙は出てきたよ」と高身長の男。
「あんたに用があっただけだ」
そう言うと、スキンヘッドの男はサバイバルナイフを手主の背中に突き立てた。
「うぐっ!」と店主は声をあげるが、スキンヘッドの男の手によって塞がれた口からは悲鳴がほとんど聞こえない。
急所に刺さったナイフは直ちに店主の意識を奪い死にいたらしめた。
数分後、訪れた常連客の通報により発覚したが犯人は分からなかった。
宮城県 女川町
「やぁ、今朝も冷えるな」。同じ漁師仲間にそう言いながら漁船に一人の体格の良い男が乗り込む。
操舵室に着いてから、ふと外を見ると漁業組合のある建物の影にスキンヘッドの男がいた。そして、遠くに止まっている個人タクシーの運転席に座る髭の男。
二人に目配せをしつつ、男は船を出向させた。
漁船が漁港口に着くか否かのときに、漁船が爆発した。それこそ木っ端微塵に散った。
高知県 馬路村
ある男が木を切っていた。その後ろから忍び寄る影...。しかし、男のノコギリの刃には迫り来る影が写っていた。小さな影が男の後ろに来る。
「そーらっ、捕まえた!」
「止めてよお父さん!」と二人は笑っていた。男と小さな影...父と娘は幸福であった。
男は自衛隊を除隊した後、娘と二人で馬路村に移住した。農業を生業としつつもほとんど自給自足。周辺住民との仲も良く、娘は小学校を楽しんでいた。
昼飯にしようと男が家に帰ると娘が支度をしていた。いつも娘が食事を作る。今日はおにぎりと味噌汁らしい。味噌と出汁の臭いが鼻腔をくすぐる。腹が減った。
男が椅子に座って雑誌を読んでいると「はーい、お待ちどうさま」と娘がおにぎりを皿に乗せて持ってきた。
「なぁ、なんでこんな芸人のネタが流行るんだ?サングラスに赤シャツ、そもそもこの言葉の意味ってなんなんだ?」
「もー、お父さんったら古いんだ。テンポもいいし、よくワケわかんないから受けてんだよ」
「ふぅーん」
白米に海苔が巻かれたおにぎりにかぶりつくと、不思議な味がした。
「なぁ、中身はなんだ?」
「知らない方が良いと思うわ」
二人で食事をとっているとき、男の耳には何かが聞こえた。その音は間違いなく近づいていた。