Lucid Dream
やあ、はじめまして。名乗る気はないし、君は少しの間君に全く関係のない話に耳を傾けてくれればそれでいいのです。
そう、僕は17歳の冬に夢を見たんだ。それは"Lucid Dream"、つまり「明晰夢」というもの。
夢を見つつそれが夢だと認識できる、まさに自分の意識によって作り出された自由の空間。そして僕はその夢の中で思い通りに動けた。
はじめはなんだか分からなかったよ。気が付くと教室の冷たい机に頬を付けて寝ていたんだ。外は暗い、時計を見ると18時を指していた。身体が冷えていて誰もいないが散乱した教科書があった。
僕は何をしていたのだろう…そうか、夢だ。何故だか分からないが確かな認識がそこにあったんだ、これは夢だと。
いつも自分が通う高校にいる。机の数も窓の作りもロッカーもいつも通り。廊下に出てみたが誰もいない…取り敢えず何をすればいいだろう、夢ならイベントが起きるだろうからこの教室のどこかに座って待つことにしようか。
するとTがやってきて廊下からこちらを覗いた。
「あれ、まだいた。****帰らないの?」
Tは昼間と同じ紺のブレザーに紺のスカート、黒いタイツにマフラーをして鞄を持っている。
「早くしてよねー。」
Tとは家も近いし一緒に帰ることは前からあったのだが、先月僕が部活をやめてから帰りを共にすることが多くなった。否、僕は彼女といるのが幸せだった。Tが委員会で遅くなる日も僕は学校で時間を潰す。この夢ももしかしたらTを待っているところから始まったのではないか?
無意識のうちに教科書を積み上げて鞄に押し込む。廊下に出ると同時に明かりが消え、Tが少し先にいた。
「遅いよー。」
呼ぶ声が2人だけのフロアに響く。
そのまま外に出てもいつもの眺めだ。バスや車が走る道路に面して校門が聳え立つ。
随分と平凡な夢の様で少し残念な気もするがこの後にゾンビが出てくるのだろうか、はたまたドラゴンか。夢の中で想像なんて変なものだな。
そんな事を考えながら振り向くと、Tは泣いていた。
ここで目が覚めた。
天井。
僕は10分ほど動けなかった。
鼻を赤くして目を潤したTの顔が脳裏に焼き付いて離れない。
どうして、突然…
怖い夢をみた。こうなると二度寝はなかなかできない。部屋の時計は5時を過ぎたあたり、僕は起きあがって着替え始めた。
――――――――――――――――――――
朝になり学校に行っても千恵の顔がずっと心にのしかかる。あいつのあんな顔、見たことなかった。
小学校から一緒の自分は千恵の事をよく知っている気でいたがあの時何故泣いてしまったのか分からない。夢は僕の意識が作り出している、だから僕が何か知っているはずなのに、分からない。それに夢の中では千恵の名前がなんだか思い浮かばなかった気がする…そんなぷかぷかと浮いた心のまま空っぽな一日が終わった。
夜になり僕はまた昨日の夢の続きが見れるのではないかと思い、強く心に念じて床に就いた。
案の定また僕は夢の中の世界に降り立った。今度は揺れるバスの中、女の子が隣に座っている。乗客は他にいない。
「ねえ、どうしたの?さっきから変だよ?」
女の子は僕を見つめる。ああ、そうか。この前の夢の続きなのか、そう思いながら何か大切なことを忘れていないか思い出そうとした。だが出てこない。分かるのは僕は今家に帰ろうとしていること。あと二つバス停を過ぎ、降りるんだ。
「なんだか今日の****は別人みたい」
女の子は明るい笑顔を咲かせた。可愛かった。
目的のバス停に着いて僕らは降り、女の子がまた明日、と手を振る中僕はこの夢について考えていた。これは何かの予知夢なのか?それとも平凡な日常から生み出された平凡な夢の一部だろうか?
「おかえり。」
家に入ると母が夕食の支度をしていた。現実と同じいつもの光景…
自室は少し散らかっている様に見えたが妙に安心できた。さて、今日の夢はどこで終わるのか…
下で電話が鳴る音、しばらくして階段を駆け上がる音と共に母がドアを開けてきた。
「****……!」
母は泣いていた。
ここで目が覚めた。
時計の音。
朝5時を過ぎた自室のベッドに僕は帰ってきた。昨晩と同じだ。千恵は泣いていた。母も…
これは何か無いわけが無いと色々考えを巡らせながら起き上がる。
「おはよう。」
何事も無かった様に朝食を作る母の姿が少し悲しく思えた。あの歪んだ形相が目に焼き付いている。
学校に行くと優馬と千恵が僕の席の側で話していた。
「あ、****おはよう。」
「なあなあ、今度三人でスキーにでも行こうぜ!」
聞くと幼馴染みのメンバーで冬休みになにか出来ないか話していたらしい。まあ来年は大学受験も控えている訳だし賛成した。
優馬は僕の一番の親友、サッカー部でノリもいいやつだ。一昨日からの夢の話、後でしてみようと思った。
「楽しみだね。」
千恵。顔を見るとドキッとした。そういえば昨日だって千恵が夢に出てきたじゃないか。僕は幼馴染みの千恵を最近意識する様になっていたのかもしれない。お互い性の隔たりなんて気にしなかったあの頃とはもう違い、彼女は女子高生なんだ。同い年の女の子。
そう思うとスキーがますます楽しみになってきた。三人だけの旅行。僕の中には数多の思いが交錯して揺れていた。
――――――――――――――――――――
まあ、予想通りその晩も夢の続きを見ていたんだ。ただ肝心の母の泣いていた理由が分からず朝になっていて、学校に向かうバスの中から始まったのだが。
なんだか吐き気がする。まるで脳みそをかき混ぜられているみたいだ。視界がぼやけてよく見えない。
なんとか学校について教室に入るとみんな挙ってしくしく泣いていた。
泣いていた。
聞くとこのクラスのY君が死んだらしい。
ああ、悲しい。
クラスメイトが、死ぬのは悲しい。
友達の、Yは、もういない。
はは。
……うっ……………うひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃはははははははははははおええええええっ
僕は嘔吐した。
嘔吐。
ゲロ。
Yは死んだ。
…T。
…………
目を覚ますとその恐ろしい夢の話が頭を締め付けている。
頭痛がする。明日もまた夢を見るのか。こんな残酷な夢を。もう嫌だ、ひとりじゃ抱えきれない。
優馬…そうだ、優馬に相談しよう。
学校に行って優馬に夢のことを話した。といっても悪夢、いつもの日常、続いているといった抽象的表現だったが。
「それは辛いだろうな。なんか悩みでもあるなら言ってみろよ、力になるぜ。」
ああ、嬉しかった。いい友人を持ったなと安心した。
だけれども昨晩君は死んでいたんだ優馬。どうして、どうして。
もしかして…スキー?そうか、予知夢か!そうだ!きっとこれは事故が起きる前の予知夢!
凄いぞ…未来を変えられる!あの夢は神か誰かが優馬を助けるため僕に見せた警告なんだ。
「え?急にやめようなんて言ってどうしたんだ?まあお前が行きたく無いなら俺たちも行かないけどさあ。」
優馬、お前を助けたんだ。僕が。親友を救った!千恵のあんな顔、もう見たく無い。これでこの悪夢も終わる。安心した僕はもやもやしていた雲をすっかり払いのけた気分だった。
――――――――――――――――――――
帰りもまた千恵と一緒にいた。
何も知らない彼女は無邪気に笑っていた。僕もまたこの時間は全てを忘れて彼女ひとりだけを見ていたかった。
君が夢に出てきてくれたから。優馬が助かった。ありがとう、なんて今言ってみようか。この不思議な体験を聞かせてあげたい。
そしていつか…思いを伝えたい。夢にまで出てくる千恵。僕はもう彼女を幼馴染みとしては見れなくなっていたんだ。
だが、その晩も、夢だ。
夢が始まった。
始まって欲しく無い悪夢が。
嫌だ、嫌だ。終わったじゃ無いか。スキーに行かずYは死なずに済んだ。ハッピーエンドじゃないか。どうしてこんな夢を見せようというのか。
気が付くと僕は、学校付近の林がある空き地に来ていた。なんだか懐かしい記憶が蘇ってくる。
ああ、そうだ。僕らここで遊んでたんだよね。Tも、Yも。あの頃は何も知らない穢れない、ただの可愛い子供だった…
「…ねえ…」
側にいたTは僕に話しかけた。
「…辛いよ。」
僕も辛い。君も辛い。でもなにか僕にはもっと重たい枷が心臓を縛り付けている様なんだ。
「あんなに…スンッ…昨日の昼まで…元気でいたのに…悲しいよ…」
Tはブレザーの袖を涙で濡らして俯きながら話す。夕暮れ時の林の奥は闇が続き、冷たい風が体温を奪っていく。
「…****…悲しく無いの?死んじゃったんだよ…もう…いないんだよ…?」
僕は泣いていなかった。夢なんだ、夢の中で泣ける訳が無い…
「…あのね…」
千恵が顔を上げた。
「知っていたかもしれないけど。優馬とあたしは付き合ってたの…言わなくてごめんね…優馬が、あなたには言うなって…スキーに行った時、告白されて…でもあたしは二人とも大好きだったの。いいよって言っちゃったの…でも、でも…こんな終わり方ってあるの…?悲しくて潰れそうだよ…」
知っていたよ。千恵、僕は。
優馬から聞いたもの。
優馬は昨日この道を少し歩いたところの崖から落ちたんだよね。
死んだんだよね。
じゃあ、もう、好きな人は僕だけじゃないか。
いいよね。
僕は千恵の襟を掴み土の上に突き飛ばした。ブレザーを前から引き剥がしむしり取られたボタンは地面左右に転がる。
「!!!!っ!やめ……!!!」
泣きながら抵抗する千恵に跨りとにかく身包みを剥がしていく。そして、犯した。
千恵を。制した。泣きじゃくる千恵の揺れる姿を見て僕は更に興奮していた。何度も、何度も、千恵を。
優馬が好きな千恵を汚した。
放心状態で寝そべる彼女のその闇はもう、泣いて流せる様な大きさで無かった。
僕はそれを見て背徳的感情こそ無かったものの壊れた彼女を少し気の毒に思った。
一体、誰がこの子を駄目にしたんだろう。
しょうがないので僕はそこにあった石で頭を壊して、彼女を捨ててしまった。
優馬と同じ様に、
さようなら。
さて、この夢はどこで終わるのだろう、じきに僕は警察に連れて行かれるだろう。両親は僕をどう思うだろう。2人の遺族に罵詈雑言を浴びせられ精神が狂うかもしれない。メンタルの弱い母は耐えられないだろうな。
そんな事が頭をよぎった。
でも僕は全く心配していなかった。
これは夢だから。
そしていつか、この長い長い夢が終わる時、僕はまた自室のベッドで目を覚ます。
お読み頂きありがとうございます。




