手記
君に告ごう。
君に告ごうか。
僕はまだ僕であるから、僕のままであるから、だから君に、告ぐことが出来る。
時というものは、無情だね。
時というものは、全てを解決できる唯一のものであり、術である。辛かったことも、哀しかったことも、嬉しかったことも、楽しかったことも。それらを全て平等に薄れさせ、風化させ、摩耗させることで解決してしまう。
頼りたくないけれど、そんな形もない神のような概念に頼りたくはないけれど、結局僕らのテロメアが尽きるその時まで、頼ることしか出来ないのだ。
何かあれば、時に頼れよと、僕は君に言うことが出来る。
しかし君は、時なんてものを頼りはしないだろう。いや、それどころか、僕の話を聞きもしないのだ。僕の声は、届きはしないのだ。それでいい。
それでいい。
僕が僕であるように、君こそ、いつまでも君であれ。君は誰の話も聞いちゃならない。生きるのならば、せいぜい適当に生きよう。気が赴くままに行こう。例え身が破滅しようと、己を呪って生きていこう。口から出る言葉が呪詛の言葉なら、綺麗な呪詛を吐けばいい。それだけの話。
君と僕の人生は、それだけの話。
誰に迷惑を掛けようと、知ったことであるものか。どうせ数十年もすれば、みんな跡形もなくなってしまうのだ。たったそれっぽっちの時間が経つだけで、何もかも捨ててしまえるのだ。
僕が死ねば、その後の世界など、どうでもいい。
どうせ誰かが僕と同じ事をして、同じ事を繰り返す世界である。そのうちの一人が、僕だ。そのうちの一人が、君だ。
時間は経つのだから。人は死ぬのだから。
失敗しようがなんだろうが、この酷い人生は私のものだからと、全ての責任を負う代わりに、しらばっくれて生きてゆけ。
雁字搦めの人生じゃあ、正しくって幸せな人生でも、ロクに笑えやしないのさ。
不正にまみれ、十字架を逆さに背負って歩くような人生でも、何にも縛られること無かれ。正しくあるな。
そうやって生きていこうと思う。
ねぇ。
ねぇ、昔は幼かった。獣に一番近かった。それがどうだろう。今では皆、利口なものである。君も、そうである。
僕は涙が止まらない。
泣いても、泣いても──止まらない。
何かを愛することは、もうやめよう。愛して狂うのは、やめようか。半端に好んで生きてゆけ。君という個人を失うな。
ねぇ、君は、一体何人殺せば気が済むんだい?
何人もの人が、肉を裂かれ、中からすっかり骨を抜き取られてさ、立てずに崩れて死んでいった?
やれやれ、世界には怖い人がいるようだ。
こんな所で、この手記も終わりだ。
生きていこう。生きていこうと思ってる。君を想って生きていこう。
君はやがて傾いて。
時に溺れて死んで逝く。
これは手記である。
これはこれで、また一つの人生の指針。