prologue 淡い夢の話をするように
「お母さんのはつこいって、いつだったの?」
はつこい。……初恋。
膝の上から見上げて投げられた問いかけに、私は一拍思考を止めた。面食らったとでも言えば正しいのだろうか。
最近の子はおませさんで、なんて話をするけど本当ね。というかこの子、初恋の意味はちゃんとわかっているのかしら。
うーんと演技だけではなくて悩んでみる。無意識に向けた視線の先にはテレビの上の壁掛け時計。ああ、夕飯はどうしようかな。
目線を泳がせてもきらきらと感じる視線を見下ろして、私は決して嘘ではないことを、娘に合わせてわざと弾んだ声で言ってみる。
「とりあえず、お父さんじゃないことだけは確かかな!」
えっ、と動揺したような声が後ろから聞こえて、私は娘と一緒に笑った。
* * *
初恋。―――初恋。
さあどうだったかな、なんて考えなければならないくらい、気づけば遠いものになっていた気がする。今では断片的になってしまった記憶の欠片。
けれどそれぞれの記憶は今でも色鮮やかに思い描ける。正確に数字を数えて、過ぎ去っていた年月が信じられなくなるくらい、本当についこの間のことのような気がしていた。
あの頃確かに持っていた気持ちをなくしてはいないけれど、あの頃ほど一途に何かを追いかけられることは、ゆっくりとなくなっていた。
初恋というのは、いつだって特別だった。
私は時々思ってしまう。
人生でたった一人しか好きにならなくて、その人と結ばれて幸せになったのだとしたら。それは揺るぎなく初恋で、一生一度の大恋愛と言えるのかもしれない。
でもそんな運命的な出会いを初恋で掴める人は少数派だろうからそれほど悔しいとは思わない。
羨ましいとは、思うけれど。




