page7 悲痛な記憶
再びリリアの顔を見ると、その表情は未だ不服そうだった。
リリアはクロナのことを、姉のように、母のように、主のように慕っている。それ故に彼女は人一倍クロナのことを心配していた。
「……邪魔をした。武装のこと、よろしくな」
しかしその愛情は片想いに留まってしまっている。クロナとて彼女のことを嫌っているわけではないが、特別信頼しているわけではなかった。
まだ何か言おうとしている彼女を後目に、クロナは工房を去る。
「……なんだか、反って気疲れしたな……」
魔力の高揚状態は少し収まってきた。眠れないこともなさそうだと、ふらふら部屋に向かって歩き出す。
部屋に戻ってベッドに倒れこむと、今度こそ睡魔が訪れ始める。
眠りに落ちようとしている中、ふと先ほどのリリアとの会話が思い返された。
(……無理をするな、か)
彼女の言葉を総括すると、つまりはそういうことである。
(ドレッド相手に手を抜くわけにはいかない。全ての恐怖は、全力を以て闇に還すべきだ)
それはあの日からずっと心に決めている、己の信念。
そう。それは、今となっては遥か遠くに思える日。クロナがリリーフになることを心に決めるきっかけとなったあの日からずっと、クロナは揺るがぬ信念を心に刻みつけている。
その信念を思い返すと同時。不意を衝くように、クロナがリリーフになるきっかけとなった事件が脳内にフラッシュバックした。
「っ!」
鮮烈に蘇った光景。クロナは思わず上体を跳ね上げる。
呼吸が乱れ、心拍数が上昇する。背中を嫌な汗が伝う。
(何故だ……。何故今、あの時のことが……)
レノンの説教もリリアの言葉もいつものことだ。特別、"あの記憶"を心の奥底から抉り返す原因となることはなかったはずである。
それなのに、心を乱す要因とならないように心の奥底に封じ込めたあの記憶が、……この数年の間ここまで鮮烈に思い返されることのなかったあの記憶が、蘇った。
「……落ち着け。何も恐れることはない。すべての恐怖は私が闇へと還すんだ」
自分に言い聞かせるように、何度か繰り返しつぶやく。
今が戦いの最中でなくてよかった。もし今ドレッドと戦っていたら、間違いなくドレッドに食われていただろう。クロナはそう考えると同時に、戦いの最中に同じことが起きてはいけないと、気持ちを落ち着けようとする。
心を蝕んでいた恐怖心は、やがて闇の奥底に消えていく。
「…………」
気持ちが落ち着くと、クロナは再びベッドに倒れこむ。
「……ティア」
今は亡き妹の名を呟きながら、彼女は眠りへとおちていった。