page6 彼女の戦い方
レノンが去るのを確認すると、クロナは再びベッドに倒れこんだ。
しかし、生真面目な事務係と話している間に中途半端に眠気が醒めてしまったのか、疲労感はあるのに眠ることができない。
先の戦いで無理をしすぎたというのもあるだろう。体力は殆ど尽きているというのに、魔力……精神ばかりが高揚している。
「……やはり、魔力を全開放したせいか」
群れの長との一騎打ちを思い出しながら、ひとりごちる。強固な皮膚を切り裂くために、己の魔力をすべて解放してDisfearの刀身を強化したのだ。
全開放したとはいえ、全てをDisfearに残したままだとか、全てを森の中に解き放ってきたというわけではない。武器の強化に使った魔力の半分ほどはクロナの体に戻っている。"魔力"を全開放するという動作そのものに"体力"を消耗したのが、疲労の原因だ。
普通のリリーフが魔力の全開放などすれば、平然と歩いてギルドに戻ってくることなど不可能だ。下手をすれば命を脅かす。クロナほどの実力があるからこそ為せる荒業であると言えよう。
魔力の高揚状態が落ち着くまでと、クロナは部屋を出てふらふらと建物の中を歩きだした。
と言っても、特別親しい同僚がいるわけではないクロナには宿舎の中にこれといった目的地はない。
一階に下りて何か酒と食べ物でももらってこようかとも思ったが、ガウスが酒に荒れている可能性を考慮すると、とてもその気にはなれなかった。
結局クロナが訪れたのは、二階の工房。
工房は"技術担当"であるリリアの仕事場兼寝室になっている。クロナが覗き込むと、リリアはクロナの銃剣を整備しているところだった。
その表情は真剣そのもの。先ほどの彼女と同一人物とは思えないほどである。
リリアは、昼から夜中の営業時間中は店の給仕として働き、閉店後から昼の営業開始までは工房でリリーフたちの武器などを整備している。
休息は気紛れで、一切休まずに仕事を続けることもあれば、仕事を無断ですっぽかして休息をとっていることもあった。
もちろん技術部員も給仕もリリアしかいないわけではないが、彼女がその両方の役割においてもっとも優秀であるのも事実であった。
無断欠勤することこそあれ、周囲に求められているからこそ、彼女は休まず積極的に働く。……一切の休眠をとることなく。
普通の人間なら三日と持たず体を壊す。しかし彼女は、その気になれば半永久的に不休で仕事のサイクルを続けられる。
そう、彼女は人間ではなかった。
「どんな様子だ、"人形娘"?」
クロナに呼び掛けられ、リリアは顔を上げる。背中から第三、第四の腕であるかのように伸びていた"機械アーム"が収納され、精密作業用仕様になっていた琥珀色の瞳が、いつも通りの仕様に戻った。
「あ、クロナちゃん!」
作業台を離れ、トコトコと駆け寄ってくる。その表情は、店内で見られた人懐っこい少女のものだった。
一切の睡眠を必要としない機械の少女。"魔導人形"と呼ばれる魔法機械学技術の結晶。それがリリアの正体だった。
クロナがとある依頼を受けて行動している最中に成り行きで保護することになり、それ以来ずっとここに居続けている。彼女がクロナを溺愛しているのも、そこに原因があった。
駆け寄ってきたリリアは、心配そうにクロナを見上げる。
「クロナちゃん……。今日のお仕事、無理しませんでしたか?」
「? どういうことだ?」
「その……。Disfearの残留魔力が異常に多いのです。……クロナちゃん、また魔力の全開放とかしませんでしたか?」
「ああ、したが?」
さも当然とばかりに答えると、リリアは顔色を変えてクロナに縋り付いた。
「駄目だって言ったじゃないですか! 魔力の全開放は、普通の人間がやっていいことじゃないですよ!」
「しかし、今のところ問題はないぞ」
「今は平気でも、いつか壊れちゃいますよ! Disfearも、クロナちゃんも! ……普通、魔法機械兵器には、それができないようにリミッターをかけられているはずですのに」
「手を抜いていたら、ドレッドに勝つことはできない」
「クロナちゃんほどの実力があれば十分なのです! お願いですから、もう魔力の全開放なんてしないでください」
「わかった、可能な限り使わないようにする」
「……この間もその言葉を聞いたのです」
心底心配しているような表情で、クロナを見上げる。一瞬視界が交差するも、視線はすぐにそらされる。
「生憎、ドレッド相手に手を抜くつもりはないからな。これでも可能な限り努力はしているつもりだ」
「……クロナちゃん」
「わかったわかった。そんな情けない声を出すな。こんどから、よほどの強敵と相見えない限り、魔力は抑えながら戦う」
「……本当ですか?」
「ああ、本当だ」
そう応えながらも、クロナの胸の内は変わっていなかった。
ドレッドは全力で潰す。あらゆる恐怖に打ち勝つために、常に高みを目指す。それが、彼女がリリーフになると決めた時から己に誓っている、彼女の信念だった。