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Disfear Bullet  作者: たる。
第一章 漆黒の祝歌
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page5 二つ名

 『漆黒の祝歌』は三階建ての建物の一階にあり、二階はギルドとしての事務室や工房、三階はギルドと酒場のスタッフが住むスペースに充てられている。スタッフの全員が住み込みというわけではないが、クロナは仕事のし易さを優先してギルドに住み込むことを選んでいた。

 自室に戻ると戦闘でぼろぼろになっていた黒衣を脱ぎ捨て、ゆったりとした部屋着に着替える。

 クロナの黒衣はただの服ではない。魔力で強化された、布のしなやかさを残しつつも金属製の鎧に匹敵する強度を兼ね備えた立派な武装だ。したがって後で修復しておかなければならなず、すぐにでも工房に持っていくべきなのだが、戦闘に大量の魔力を消耗したためかいつも以上に疲れがたまっており、ベッドに倒れこんだきり動けなくなってしまった。

 クロナの部屋は、女性のそれとしては質素である。家具は備え付けの物をそのまま使用しており、それ以外で部屋にある彼女の私物と言ったら、武装の簡単な整備道具や予備の簡易武装、他には古びた本等。彼女があまり娯楽に関心を示していないことが示されていた。事実、彼女が部屋ですることといえば、休息と睡眠以外にない。

 それは今も例外でなく、彼女は何をするでもなくベッドに横になって魔力と体力の回復を待っていた。

 やがて睡魔が訪れ、疲労感に身を任せて眠りに落ちようとしたとき、ドアをノックする音が聞こえた。

 休息を邪魔されたことに少々むっとしながらも、クロナは身を起こす。

「レノンか?」

 ノックの仕方や足音、個人の持つ魔力の微妙な違い。そんな要素から予測し、ドアの向こうの存在に声をかける。

「はい」

 クロナの予測に違わず、答えたのはレノンだった。

「今開ける。少し待っていろ」

 ベッドから起き上がり、鍵のかかっていた戸を開く。そこには少しくたびれた表情のレノンが立っていた。ガウスの飲酒を阻止できなかったのだろう。

「何か用か?」

「いえ、事務係として少し様子を見に来たんですよ。ここの所、貴女が少し無理をしてるんじゃないかと思いまして」

 眼鏡越しの瞳は確かにギルドの事務係としてのそれであり、他意はないようであった。

 生真面目な事務係に、クロナはあくびを噛み殺しながら答えた。

「そんな気遣いをするくらいなら、お前も少しくらい依頼の消化に協力したらどうだ?」

「僕は事務担当ですから。それより、体調などに問題はないんですか? いくらあなたが恐れ無き弾丸(ディスフィアバレット)の異名を持つトップクラスのリリーフだからって、無理は禁物ですよ?」

 恐れ無き弾丸(ディスフィアバレット)。それが、クロナの二つ名だった。

 リリーフの中には、その実力を認められる中で二つ名で呼ばれるようになることがある。自分から二つ名を自称する者もいるが、大抵は強力な力を持つリリーフのことを人々が語り、賛美する中でどこからともなく生まれるものだ。二つ名で呼ばれるようになるのはリリーフにとって一つの勲章のようなものである。因みにクロナのそれは彼女の持つ銃剣の名、Disfear(恐れぬ者)に由来し、彼女のどんな敵にも臆さず向かっていく姿から生まれたものであった。

 しかしディスフィアバレット本人はというと、その勲章についても全く気にも留めていないようである。やはりあくびを噛み殺そうと努力しながら受け答えをしていた。

「問題ない。大体、お前が戦闘に参加すればそんな気遣いも必要なくなるだろう」

「僕は事務担当ですから。僕の槍の名前を知っているでしょう?」

「フッ。AntiStrife(平和主義)か?」

 最低につまらない冗談でも聞いたかのように鼻で笑い、レノンに訊き返す。

「本当に、平和主義なのか?」

「言ってることの意味が解りかねますね」

 レノンの答えを「どうでもいい」と突き返し、とうとうあくびを噛み殺すこともやめて続ける。

「で? 用事はそれだけか?」

「ああ、あと一つ。リリアから、きっと貴女が部屋を出るのも億劫なくらいに疲れ果てているだろうから、代わりに黒衣を受け取ってきてほしいと」

「そうか」

 皮肉の一つでも続けてやろうと思ったが、代わりに黒衣を持って行ってくれるのがありがたいのは事実であり、クロナはそれ以上言葉を続けずに脱ぎ捨ててあった黒衣を預けた。

 女性がつい先ほどまで身にまとっていた衣類。しかしレノンは顔色一つ変えない。クロナの色気云々ではなく、その黒衣が女の服である以前に戦士の鎧であることを理解しているからこその反応であった。

「確かに。それでは、せめてここにいる間はしっかり体を休めてくださいね?」

「しっかり体を休めたいから、小言なんて言わずに帰ってくれないか」

「はいはい、わかりましたよ」

 少々ふてくされながら、レノンは廊下の向こうへ去っていった。


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