page4 騒がしい構成員たち
「ほら、起きろ人形娘」
床でぐったりしている少女の頬をぺちぺちと叩くと、少女は小さくうなりながらゆっくりと身を起こす。瞼を開くと琥珀色の瞳が姿を現した。ゆっくりと首を振ると、頭の横で二本に結われた短めの髪が揺れる。
「んぅ……。はれ……? クロナちゃん……?」
「仕事だ、仕事」
クロナは先ほどレノンに見せた紫色の袋をリリアに渡す。リリアはぼんやりとした様子で袋をしげしげと見つめた後、ハッと我に返った。
「これ、例の依頼の?」
「ああ。リーダーのコアだ」
「リーダーのだけ、ですね」
"だけ"と強調するレノン。しかしリリアは、レノンの発言に対しては一切聞く耳を持たなかった。
「さっすがクロナちゃん! 一人で群れを一掃するだなんて、やっぱりクロナちゃんは無敵です!」
「お前が戦闘用なら人手も増えるんだがな」
リリアの賞賛を皮肉交じりに受け流す。照れ隠しというより、別に喜んでもいないといった様子だった。
「リリアもクロナちゃんと一緒に戦えたら素敵だと思うですけど、残念ながらリリアは技術とか担当なのです……」
「そんなことはわかっている。こっちも頼むぞ、技術担当」
しょんぼりとするリリアに、クロナはホルダーごと銃剣を預ける。
クロナの愛剣を受け取ったリリアは、一瞬で顔を輝かせる。
「待ってましたです! この瞬間がリリアの最高に幸せな瞬間です!」
「わかったわかった。いつ仕事が来るかわからないから、早いところ済ませておいてくれ」
「了解です! はあぁ……。クロナちゃんの魔力が詰まってますです……。はふぅ……」
うっとりとした表情で銃剣を見つめながら、リリアは店の奥へと消えていく。一通り事が済むと、クロナは再び腰を下ろした。それを見たレノンは棚からカップを取り出す。
「何にします?」
「いつもので頼む」
「わかりました」
道具一式を取り出すと、クロナ用に調合した茶を淹れる。疲れを癒す柔らかな香草の香りが、クロナの鼻腔を抜けていく。
そうしていると、店の奥からまた別の人間が姿を現した。
「おう、帰ってたのか、クロナ」
無精ひげを蓄えた、だらしない身なりの大柄の男。酒瓶片手に気楽そうに笑う男は一見戦いとは無縁そうに見えるが、体のところどころに残された傷跡は彼が歴戦の戦士であることを静かに物語っていた。
「今戻った」
レノンの入れた茶を飲みながら、クロナはさらっとひとことだけ返す。
「ガウスさん、またこんな時間まで……、いや、こんな時間から……? とにかく、こんな変な時間にお酒はやめてくださいよ」
レノンはあきれた様子で大男、ガウスの飲酒を咎めた。言い咎められた当の本人は「ガッハッハ」と豪快に笑うだけであったが、この後彼が二日酔いで再起不能になることを知っているだけに、レノンは本気でがっくりとうなだれていた。
「お願いですから、仕事に支障が出ない程度にしてくださいね、リーダー」
「酒は万薬の長ってな。毒になんかなりゃしねえよ」
言いながら、酒瓶から直接酒を煽る。レノンの記憶が正しければ、それは今日の昼までは店の棚に並んでいた蒸留酒のはずだ。代わりに硬貨が置いてあった時点で察してはいたが、目の前で売り物の酒をがぶ飲みされると呆れからの溜息を禁じ得ない。因みに置いてあった金は酒の値段の半分も満たしていなかった。
しかしそれ以上にレノンが心配したのは、これでも『漆黒の祝歌』の店長兼ギルドリーダーであるガウスが、酔いつぶれて動けなくなることだった。
「じゃあ、私は戻るぞ」
そんないつも通りの光景を後目に、クロナは茶を飲みほして席を立った。