page3 いつも通りの"事実"報告
ドレッドに荒らされることなく繁栄を保っている、明け方のとある中規模都市。その街のとある大通りから狭い路地に入り、しばらく歩いて裏手に入る。すると、表の華やかな通りとは異なった寂れた風景が目に入る。扉を固く閉ざした主の無い家屋もあれば、人の出入りこそあるものの今にも何かが化けて出そうな雰囲気の酒場もある。少なくとも、あまり表通りの人間が近づきたがらないような空間。貧民窟街……とまではいかなくとも、あまり裕福な人間は住んでいない裏通り。
その一角に、周りの家屋に溶け込むようにして佇む一軒の店があった。
昼は料理屋、夜は酒場。それだけなら、ごくありふれた店と言える。
朽ちかけた黒塗りの看板には、ところどころ剥がれ落ちた塗料で『漆黒の祝歌』と書かれていた。そのほかに昼と夜の営業時間。そして看板の隅には、「自立リリーフギルド」の文字。
そう、「漆黒の祝歌」はただの酒場ではない。
リリーフギルドとは、リリーフたちが集まって活動している組織のこと。民間の依頼を受けて、ドレッド討伐だけでなく、市民の視点で様々な活動を行っている。
その中でも「自立リリーフギルド」とは、国からの許可を受けていない非公認の違法ギルドのことである。
「戻ったぞ」
短い言葉と共に、クロナは躊躇することなく扉を開いた。
酒や料理の残り香が鼻をつく。閉店作業は一通り済んでいるようだ。
それほど広くないフロア。薄汚れた木製の床に、ところどころ黒ずんだ白い壁。世辞にも綺麗とは言い難い店内の奥にあるカウンター席に、クロナはまっすぐ歩いていく。
閉店後ということもあって、カウンターに店主は不在。クロナがカウンター席に腰を下ろしかけると、店の奥からバタバタと足音が聞こえてきた。
「…………」
クロナは座るのを止め、軽く身構える。
奥の店員用の部屋へつながる通路。駆ける足音は徐々に近づき、やがて音の主である少女が姿を現した。
「クロナちゃんおっかえりいいいいい!!」
叫びと共に両腕を広げて突進してくる少女を、クロナは身をひねって躱す。
「え? あ、あれ? あわわわわ!」
あっけなく突進をかわされた少女は、勢い余って壁に激突した。そして、そのまま目を回して倒れてしまう。
少女が気を失ったのを確認すると、クロナは今度こそ席に腰を下ろした。
少女が飛び出してきた通路から、今度は静かな足音が近づいてくる。
「おかえりなさい、クロナ」
姿を現したのは、眼鏡をかけた細身の男。穏やかな表情を浮かべており、そこから彼の性格がうかがえた。
「ああ、レノン。今戻った」
表情を変えぬまま、クロナは男、レノンに挨拶を返す。
レノンはカウンター越しにクロナの前に立つと、あたりをきょろきょろと見回す。
「おや? リリアが来ませんでしたか?」
「……そこだ」
クロナが指さす先には、先ほど壁に激突した少女がいた。床に転がり目を回す赤い髪の少女、リリアの姿を確認すると、レノンは呆れ顔でため息をつく。
「またですか……。本当に壊れかねないので、どうにかしてほしいものです……」
「その程度で壊れるほど軟な壁ではないだろう」
「壁じゃなくて、リリアがですよ。毎度毎度クロナが帰ってくるたびに……」
ぶつぶつとぼやき始めたレノンを制するように、クロナは紫色の袋を突きつける。
特殊な素材で作られた、手の平大程度の袋。球体状の物体が入っていると思われるその袋からは、不気味な、禍々しい気配が放たれているように思えた。
クロナの突き出した袋に、レノンはぼやきを止め、まじめな表情になる。
「それは?」
「群れの長だった個体のコアだ」
「長のって……、他は?」
「シャドウハウンドは長を潰せば僕もいずれ死んでしまうような種族だ。リーダーのものだけを持ち帰れば、群れの殲滅という事実の証明には十分だろう」
「…………」
レノンは無言でため息をつく。
通常、ドレッドの討伐依頼があった場合、証拠としてドレッドのコアを持ち帰るのが一般的である。今回の依頼はシャドウハウンドの群れの討伐。つまり、それぞれの個体のコアを持ち帰るのが筋である。
「依頼者にはどう説明するんですか?」
「私は依頼を完遂した。依頼通り群れを一掃してきたんだから問題ないだろう」
「…………」
さらにため息をつく。この会話の間だけで、レノンの幸福が羽を生やして飛んでいくようであった。
「……もう、いいです。僕が何とかしておきますから」
結局レノンが折れる。クロナが"依頼を完遂した"という"事実"だけを持ち帰り、レノンが事後処理を担当する。いつも通りの『漆黒の祝歌』の姿であった。




