page36 確信
「ティア!」
体を跳ね起こすと、そこにはあの白光ではなく、見慣れた部屋の壁があった。
……そこは、自室のベッドの上だった。
「どうして……」
クロナは少しだけ混乱して、記憶を手繰り寄せた。確か自分は戦線にいたはずだ。そして最後に……。
「!」
感覚が生々しいまでに鮮明によみがえる。着せられていた部屋着を思わずたくしあげ、自分の体を見下ろしたが、そこには傷ひとつ残っていない。あんなにも鋭く巨大な爪に引き裂かれたというのに……。
「……ティア……?」
体には、あの、全身を包み込み、染み渡っていった光の感覚も、じんわりと残っていた。……ただの夢ではない……?
「目が覚めたですか、クロナちゃん?」
ノックの音とともに、部屋の外から声が聞こえた。
「……ああ。入れ」
答えると、リリアが入ってくる。手には治療道具を一式持っているようだった。
「よ、良かったのです……。流石のクロナちゃんも今度こそは死んじゃうかと思ったですよ」
「そんなことはいい。これは一体どういうことだ」
全ての疑問を「これ」という言葉に詰め込んで投げつける。わからないことがあまりにも多すぎた。
クロナの無茶苦茶な、しかし尤もな問に、リリアは少し考えてから、順を追って話し始める。
「……リリアはその場にいなかったので、聞いた話ですけど……。救援部隊がクロナちゃんたちの救助に向かった時、クロナちゃんはルインに、その……切り裂かれたそうです。その後は、なんとか他のリリーフも無事に撤退することが出来たみたいですけど、クロナちゃんだけはどうしても助からない状態だったみたいです。傷は心臓を抉り、骨を砕き、……体をほとんど完全に切断してたみたいですから……」
「ゾッとしないな……」
想像以上に恐ろしい状態になっていたと知り、流石のクロナも身震いをする。一瞬で脳が情報を遮断したのも無理は無い。何せ即死の怪我だったのだ。
しかしそれならなおさら、自分が無傷でいるのが理解できなかった。
「うちのリリーフにここまで治療に特化した奴がいたか? 公式ギルドにすら、ここまで腕の立つ治療リリーフはいないだろう」
「……それが」
リリアは少し迷うような素振りを見せる。何か、言いづらそうな、口止めでもされているような……。
しかしクロナは、言われずとも何者の仕業なのか予想できていた。
フィアだ。彼女の治療は確かに強力だった。あれだけの力を持つドレッドなら、人間の致命傷を癒すくらいどうということは無いはずだ。
ただ、一つだけ落ちない部分がある。
ドレッドの魔力を流されたのだ。それもあれだけの怪我を癒すだけの量を。それなのに自分は苦痛を感じるどころか、夢のなかで安らぎを感じてすらいた。
それに、夢のなかで逢った彼女は……。
「そのことで、合わせて伝えなくてはならないことがあるのです」
「なんだ」
「クロナちゃんが出ている間に、ディスフィアの残留魔力の解析が終わったのです、そしたら……」
「ドレッドの魔力が混じっていたのだろう?」
「違うのです。それだけじゃなかったのです」
「何……?」
それを聞いて、まさかと、クロナの中に一つの可能性が閃く。
「……それはまさか……」
もしこの可能性が当たっていれば、頭の中に渦巻いていた謎は一度に氷解することになるだろう。
クロナは一息置いて、その可能性を口にする。
「それはまさか……。……私の、妹の魔力ではないだろうな」
「! ……はい、そのとおりです」
やはり、か。
魔力には個人特有の波形がある。そしてその波形は、親族のものであるとほとんど同じ形を形成する。……姉妹ともなれば、その形はほぼ一致するだろう。
そして、その魔力がディスフィアに混じっていたということは……。
「……フィア……やっぱり、お前は……」
残留魔力に含まれていた三つの魔力。クロナ、フィア、そして、ティア。
全て合点がいった。彼女の容姿も、気味が悪いほどの演技力も、何もかも。
クロナはゆらりと、操り人形のように立ち上がる。
「ク、クロナちゃん、まだ危険で……」
「邪魔をしないでくれ」
自分を押さえつけようとするリリアを冷たく突き放す。静かな口調とは裏腹に、その目には、黒々とした狂気が炯々と輝いていた。
「武器を渡せ」
「ク、クロナちゃん……?」
「早く寄越せ。今すぐにでも行かなくてはならない」
クロナの脳裏に浮かぶのは、憎き仇の姿。よりによって愛しき妹の姿を騙っていた化物。今なら全て納得がいく。何よりも憎んでいたドレッドを簡単に受け入れてしまったことも、姿も声も、本物と見紛うほどであったことも。
そのはずなのだ。あれはティアを殺し、その魔力の根源たる魂を喰らい、自らのものとしていたのだから。本物を利用して化けていたのだ。
「早くしろ、リリア」
「は、はい!」
クロナに気圧されたリリアが、慌てて工房に武器を取りに向かう。
「待っていろ、今にこの手で……」




