page33 破滅の底へ
「しかしこれは、足の踏み場もないな」
鱗を片っ端から塵に変え、道を作りながら進んでいく。スケイルに知能は殆ど無いらしく、陣形を作って行く手を阻んでくるようなことはないようだ。
普通の生き物における心臓と脳にあたるコア。それを自身の鱗に与え、一つの個体とする。よく考えれば、その時点でまさに化物じみた所業だ。
「面倒くさい……。こっちの化物は同じ事をできないのか」
「化物の度合いが違うわね。一時的な偽物を作るくらいはできても、コアの生成なんて、好きなようにできるものじゃないわ」
「だろうな」
目の前にはびこるスケイルを掃討しながら進む。どうやら魔法への耐性が弱いらしく、クロナの魔弾による銃撃は有効らしい。このあたりは、今まで集めたデータと同じようだ。
「……さて、いよいよ近づいてきたな」
スケイルの群れの中心に鎮座するルイン。眠っているのか、地に伏したまま動く気配がない。
「いいか、無茶はするな」
「もう散々聞いたわ。アナタらしくないわね、そんな用心をするなんて」
「こいつは他のドレッドとは格が違う。無茶をすれば、間違いなく命を取られる……」
真剣に答えながら周りの邪魔な下僕を一掃し、それから本体に対して銃を向けた。狙いは、今までのデータで攻撃が有効に通るとされている、翼の膜。
「さあ、行くぞ……!」
周囲を伺う。別のリリーフたちも、それぞれ攻撃態勢に入っているようだ。
翼の膜、以前見た時と形状はさほど変わらないそれを捉え、引き金に指をかける。動かない的だ、外すはずがない。
魔弾の効果を見たら、次は実弾、可能なら斬撃。フィアの魔法も試しておきたい。仮に目を覚まし、襲いかかってきた場合は、防御魔法と認識阻害を組み合わせてすぐに退却する。……大丈夫だ、何も難しいことはない。
「ちょっと、早くしなさい。雑魚とはいえ一度に相手をするのは大変なのよ」
「うるさい、気が散る」
周りのスケイルはフィアや他のリリーフが相手をしてくれている。だから自分は目の前の敵に集中すればいい。
「よし……。攻撃開始!」
銃撃。魔弾は狙い通り翼膜に命中し、データ通りの効果でダメージを与える。
続けて他のリリーフの攻撃が始まる。クロナは実弾を装填し、続けざまに放った。直後、
「チッ、もう目を覚ましたか……!」
目の前で、ルインがついに体を起こし、周囲をギョロリと見回す。そして何匹もの外敵に囲まれていることを認識した。
その時、防御魔法と認識阻害が完成する。いつでも撤退できる状態が出来上がった。
「退路は……あるな」
下僕の数が少ないルートを確認する。スケイルに撤退を邪魔するだけの知能はない。撤退は難しくないはず。
……しかし、その考えはどうやら甘いようだった。
ルインが低く唸り声を上げ、翼を大きくはためかせる。その瞬間、スケイルの動きが変わった。
「な……!」
今まで知性の欠片も感じられなかったスケイルの群れが、突如訓練された軍隊のように隊列を為し、クロナ達を包囲したのだ。
独立して動く知性はない。その代わり、本体が思い通りに動かすことができるということか。……まさか、この無数の下僕の全てが本体の手足のように動くというのか。
さらに、状況の悪化は止まらない。
ルインが大きく息を吸い込む。そして翼を広げ、大地を揺るがすような"咆哮"を上げた。
まるで耳元で爆弾が炸裂したかのような轟音。思わず耳を塞いで目を閉じた。音波で皮膚がビリビリと痺れる。
その咆哮は、ただ聴覚を奪うにとどまらない。
「……え?」
咆哮が響いた瞬間、身を包んでいた魔法が弾け飛んだ。ただ咆哮を上げるだけで、防御魔法を掻き消したというのだ。
「ちょっとクロナ、これは洒落にならないわよ?」
「……ああ、まずい」
他のリリーフたちも、予想外の状況に混乱している。情報を過信するなと言ったのは自分だが、ここまで常識離れことをしでかしてくるとは思いもよらなかった。
とにかく逃げるしか無い。ひるんでいたら、皆この化物の餌食だ。
「怯むな! 一点突破で退路を開くぞ!」
リリーフたちに指示を飛ばす。しかし彼らはさっきの咆哮で怯えてしまい、あるものは混乱して武器をめちゃくちゃに振り回し、あるものは地に崩れ落ちていた。
「駄目だ、このままでは……。フィア、本体の注意を引きつけるぞ!」
「……全く、貧弱な人間は嫌いよ」
レノンがこの状況を考えていないはずがない。すぐに救援を送ってくれるはずだ。それまで持ちこたえればいい。
さっきまでと違い、群れで連携を取りながら襲い掛かってくるスケイルを牽制しつつ、ルインの翼を狙って魔弾を放つ。狙い通り、ルインの注意がこちらに向いた。
「ほら、こっちにもいるわよ」
別の方向からフィアが魔法の槍を放つ。ルインの意識が完全にこちらへ向く。あとは、救援が来るまで持ちこたえられれば……。
ルインが尻尾を鞭のようにしならせ、振り下ろして来る。かわしたものの、後には巨大な地割れが残った。まともに食らえばひとたまりもないだろう。
凶悪な攻撃を放つ本体と、連携を取りながら攻撃してくるスケイルの集団。息をつく間もない防戦を続けていると、ようやくこちらに救援が近づいてくるのが見えた。
「……救援だ。助かったようだな」
「ようやくね。全く、とんだ目にあったわ」
救援部隊が身動きの取れないリリーフたちを助け、動けるリリーフは退路を確保し始める。どうやら、なんとか無事に撤退できそうだ。
「私達も退くぞ、フィア!」
彼女の方を振り向く。……その時、目の前の下僕に気を取られている彼女の後ろに、別の個体が迫っているのが見えた。
「ッ! フィア、後ろだ!」
「え……?」
気付いた時にはもう遅い。振り向いたフィアにスケイルがのしかかる。
「痛っ! クッ、放しなさい!」
魔力の槍でスケイルを吹き飛ばす。
「……!」
目を見開くフィア。眼前で、ルインが前足を振り上げていた。
「チッ!」
彼女を助けに駆け出そうとするが、目の前にスケイルの群れが立ちはだかる。
「クソッ、邪魔をするな!」
散弾でまとめて蹴散らす。一瞬だ。
しかし、その一瞬が運命を変える。
……ルインは既に、巨大な刃物のような爪で、彼女を引き裂かんとしていた。
「あ……」
ドレッドに殺されようとしている。
目の前で、彼女が……。
――ティア
「ああああああああああああああああああああああッ!!」
頭が真っ白になった。
無我夢中で、彼女を踏み潰す化物を斬り裂き、突き飛ばし、そして両腕を広げ、彼女を背にして立ちはだかった。
……今度こそは、守るのだ。"この、最愛の妹を"。
「……私が守るからな」
振り向いてそう囁き、クロナは優しく微笑みかける。安心しても良いというのに、彼女の顔は蒼白に染まっていた。
彼女は大きく口を開け、悲鳴を上げる。
「クロ――」
彼女の声が最後まで聞こえる前に意識は途切れ、光も音も、ブツリと消えた。
全身を、鋭い何かが引き裂く感覚と共に。




