page32 協力者
一週間後。最初の作戦実行の時は当初の予定より遥かに早く来た。
予定を大きく前倒しするきっかけとなったのは、件の"鱗"だ。
その形状のまま《鱗》と呼称されることとなったルインの下僕は、一週間の内に一気に数を増やした。群れは荒野一帯を侵食し、辺りはまるで影に飲み込まれたかのように真っ黒に染まっている。
これ以上放置することはできない。降り立ってすぐに暴れだす様子がなかったのは、こうして準備することを優先しようとした、ただそれだけのことだったのだろう。……向こうから仕掛けてくるのも時間の問題だった。
「いいですか、深追いはしないでください。今回はまだ情報が少ない。状況が少しでも悪化したら、速やかに撤退してください」
荒野を見下ろす位置にある高台に設けられた簡易拠点のテントで、レノンが指示を出す。今回の参加者は、合わせて三十名程度で、その中にはクロナも含まれていた。
「今回の目的はあくまで《スケイル》の持つ能力や、《ルイン》の性質変化を確認することです。対象を討伐することではありません。各自、決して無茶な攻撃や独断での行動を取らないようにしてください。必要以上に攻撃を仕掛け、相手を興奮させてしまう可能性にも注意するように」
レノンの念押しに、一同が了解する。強敵を前にして、皆もさすがに緊張しているようだった。
「……以上。作戦実行は三十分後です。『漆黒の祝歌』メンバー、及び"協力者"は、速やかに準備に入ってください」
その後、細かな内容の指示がされ、ブリーフィングが終了する。それぞれ装備や魔法の確認に向かう中、クロナはテントの隅にいる者に目を向けた。そこに佇んでいるのは、仮面で顔を覆い隠し、真っ黒なマントで全身を隠した小柄な"協力者"。
「協力者……ね」
「あら、ワタシじゃ役不足かしら?」
仮面の下から聞き慣れた声が答える。仮面とフードを外すと、そこにはやはり見慣れた灰色の髪と赤い瞳があった。
「ふん、足手まといにならなければいいがな」
「くすくす。アナタの方こそ、鱗の下敷きになって死んじゃったりしないでよね」
険悪な二人の間に、レノンが割って入る。
「作戦開始前なのですから、無用な言い争いは止めてください。あとフィアさん、役不足って意味が違いますから」
「あら、そうだったかしら?」
「本来の意味で言えるくらいあっさりとルインを倒せるというのなら、それは願ってもないことですがね」
テントの中に残った三人。協力者と言うよりは、共犯者とでも言うべきか。
フィアはレノンの手引きにより、マントと仮面で正体を隠した上で、他のギルドからの協力者として参加することになった。ドレッドとしての力を用いても、彼女自身の偽装とレノンの認識阻害のお陰で、ただの魔法を使っているようにしか見えないようになっている。
「それにしてもアナタ、やっぱりただの小間使いじゃなかったのね。魔力光の色や、ドレッド特有の魔力波長を隠し、ワタシという明らかに不審な"協力者"へ向けられるはずの"違和感"すら感じさせなくしてしまうだなんて、そうできることじゃないわ」
「貴女も普段から完全に人間になりすましてるじゃないですか」
「全力で戦いながら正体を隠し通すなんていう器用な真似はさすがにできないわ」
フィアが広げた手の上に、魔力光の粒子が立ち上る。クロナの目には今までどおり真紅に見えているのだが、どうやら他の者には全く違う色に見えているらしい。
「さあ、貴女も準備してください。作戦に出させろといったのはフィアさんなんですから」
「はいはい、わかったわ」
仮面を付け直しながら面倒くさそうに答える。レノンがやれやれと溜息を吐くのを後に見て、クロナたちもテントを離れた。眼下に、スケイルにうめつくされた荒野が広がる。
「本当に真っ黒。まるでここだけ夜が明けないみたいね、くすくす」
仮面の下からくぐもった笑い声が聞こえる。相変わらず掴み所がない彼女の真意が、仮面によって更に隠されてしまったようだった。
本人曰く、ある程度勝算があるなら自分も手を出す、脅威が無くなればそれでいい、ということらしい。守ってもらうというより、早急に目の前の障害を消し去ることを優先したということらしいが……。
「その仮面の下で何を企んでいるのやら」
「さあ。混戦に紛れて後ろからザクリとやる算段でも立てているのかも知れないわよ?」
「……ふん」
そんな単純な話で済めばいいが、と心の中で呟く。
改めて荒野に目を向ける。真っ黒な大地の中心に少し盛り上がっている場所があった。あそこにいるのが本体、《ルイン》だ。
「あれを倒せば終わりなんだな」
「そうね。……きっと、そろそろ……だから」
どこか思いつめたような様子で呟く。聞き取れないような、それでいてあえて聞かせようとしているような独り言が、後に続いた。その表情はやはり仮面に隠れていて、覗きこむことは叶わない。
彼女の様子にどこか違和感を感じるが、今は余計なことを考えないことにした。
「さあ、そろそろ時間だ。出るぞ」
「……わかったわ。くすくす、狩りの始まりね」
得物が万全であることを確かめ、クロナは所定の位置へ向かう。
目の前と隣、二つの強敵を相手に警戒しなくてはならない自分は、この戦いで一番の苦労者だろうと溜息を吐いた。




