page27 自身の心すら
「……クロナ」
話をひと通り聞いたレノンは、どう反応していいのか決めかねた様子で、ようやく彼女の名を口にした。
「何も偽ってはいない。あれはドレッドだ。だが今は私の監視下にある。直ちに面倒を起こすような真似はさせない」
「いえ、それに関してはいいんです。まあ良くはないんですけど、後にします」
気持ちを落ち着かせようと深呼吸をする。少しばかり埃っぽい資料室の空気でも、今の混乱しきった意識を落ち着けるには十分らしかった。
「クロナ。貴女、それがどういうことかわかってるんですか?」
「私も不思議だと思うよ。何故ドレッドがわざわざ人に頼みごとを……」
「そうじゃありません」
ピシャリと言いのけられる。レノンの目つきは一転、真面目で鋭くなっていた。
「ギルドの中にドレッドが紛れ込んでいるのがどういうことか、わかっているのかと訊いているんです。僕も、他のリリーフも、何より貴女も、ドレッドが憎くてここに居るんでしょう?」
「…………」
それは確かだった。
ギルドにいるものの多くは、多かれ少なかれドレッドに対して恨みを持っている。だから、徒党を組んで憎きドレッドを討とうとしているのだ。
そんな彼らの共通の敵が、彼らの根城に紛れ込んでいる。……もしも誰か一人にでも知られたら、自分もフィアも無事ではいられまい。
フィアは間違いなく、全てのリリーフから狙われるだろう。自分もまた、裏切り者として刃を向けられるかもしれない。
「……まあ、もしも問題があるなら、私とフィアでここを出よう。誰にも迷惑をかけないように二人で……」
「そんなことよりわからないことがあるんですよ、クロナ」
クロナの言葉が遮られる。レノンの表情からは、怒りよりも疑心と不安が感じられた。
「……何だ」
その表情に、クロナまで不安を感じる。なぜならレノンは、自分が目を背けていたものに気づいているようだったから。
レノンが口にした言葉。それは、クロナ自身が何故か気づくことの出来なかった事実を指摘する。
「どうして貴女は、そんな簡単に"ドレッドを守る"なんていうことを受け入れられたんですか」
それは本当に、どうして気づくことのできなかったのかすらわからない疑問。
「…………」
わからなかった。あの時は深く考えなかったが、どうしてこんなにも簡単にフィアのことを受け入れているのだろう。
「貴女は、このギルドの中でもより強い恨みを持っていたはずです。そんな、他でもない貴女がどうして?」
「……それは」
わからないのは、どうしてこんなことを言われるまで気づかなかったのかということ。納得しているのではない。何か、納得"させられている"ような、それでいて、然るべき理由があって納得"している"ような……。
「クロナちゃあああああん!!」
と、思考は突然の声に切り裂かれた。
いつものようにひょいと身をかわす。部屋の外からまっしぐらに突進してきたリリアが、いつものように壁に激突した。
「どうした人形娘。騒がしいな」
「クロナ、あまり資料室で騒がないでください……」
「私は悪くない。で、どうした?」
レノンの小言を軽くいなして床に倒れたリリアに声をかける。リリアはむくりと起き上がると、鬼気迫った表情で答えた。
「それが大変なのです! ディスフィアを整備していたら、とんでもないものを見つけたのです!」
「だからそれが何かと訊いている。整備はすぐ終わるのか?」
「あ、えっと、あともう少しです……。そ、そんなことより、大変なのは外じゃなくて中身です!」
そう言ってリリアが取り出したのは、何やらグラフや表が所狭しと敷き詰められている紙切れだった。
「ここ! 残留魔力に奇妙なものが紛れ込んでいるのですよ! お陰でちょこっとだけクロナちゃんの魔力を堪能しようとしたら何かおぞましいものが流れ込んできて危うくショートするところだった……じゃなくて、魔力結晶の中身がわけわかんなくなって修理にかかる時間を長引かせているのです!」
「ああ……」
「ここ」と言われても、クロナにはグラフの意味はわからない。しかし混入している魔力については見当がつく。
「気にしないでいい。ドレッドにやられただけだ」
「それにしたっておかしいです。だってドレッドの攻撃にしてはこの魔力は……」
「とにかく直ればそれでいい。早い内に修復してくれ」
「……分析、させてもらうです。いいですよね」
「勝手にしてくれ」
これ以上誰かにフィアの正体を知られては困るが、変に隠せば逆効果だろう。クロナは勝手にやらせることにした。
「クロナ」
「他言無用で頼むぞ。……私だってまだ良くわからないんだ」
呼び止めるレノンにそれだけ返すと、クロナは資料室を後にする。
どうしてフィアのことを受け入れているのか、それはクロナ自身が一番わかっていないのだった。