page24 ひとまずは信用して
「戻ったぞ」
ちょうど営業時間が終わった頃、クロナはギルドに戻った。
「あ、お帰りなさいです、クロナちゃ……」
ホールの片付けをしていたリリアがまっさきに彼女の帰還に気づき、満面の笑みで振り向き、そして固まった。
「どうした。……とにかく、見ての通り大損壊だ。至急、武装の修理を……」
「ククク、クロナちゃんがボロボロのコゲコゲの下着姿です!?」
言葉を遮り、リリアは大声を上げクロナに駆け寄る。
彼女の言うとおり、クロナの黒衣は爆風でボロボロのコゲコゲ、下着姿も同然の状態になっていた。
「ど、どうしてそんなうれし……、いや、大変な状態になってるですか!? はわ、ディスフィアも血まみれな上に銃口が焼け焦げちゃってるです! ていうか歪んでる……いや、溶けてるです!? もしかしなくてもこれってクロナちゃんの魔力全開放……」
「うるさい。とにかく、銃剣だけでも持って行っておいてくれ。すぐに着替えてくる」
「り、了解です……。はあはあ、クロナちゃんの高密度な魔力がぎっしり詰まったディスフィ……こ、このガキもボロボロです!?」
クロナに促されホルダーの下げられている背中に回り込み、フィアの惨状にも気づいてまた悲鳴を上げる。
「どうしたんですか、リリア。声が二階まで……」
騒ぎを聞きつけて二階から降りてきたレノンが、クロナが戻っていたことに気づく。
そして反射的に手で目を覆い、視線を逸らした。
「……どうしたんです、クロナ?」
「聞くな。まあ、見ての通りの状態だから、報告は後にしてくれ。とりあえず殲滅はしてきた」
「ええ、そうしてください。……さすがに目のやり場に困りますので」
「助かる。……ほら、ついたぞ。起きろ」
クロナは、背中のフィアを揺さぶる。
「んぅ……」
「起きろといっている」
「もうちょっとだけ……ねかせて……」
「…………」
クロナはスカートを吹き飛ばされて露出しているフィアの足を、思いっきりつねった。
「ふにゃあ!?」
奇妙な悲鳴を上げ、飛び起きるフィア。
「ち、ちょっと、痛いじゃないの! 何をいきなり……にゃあ!?」
再びつねられ、再び悲鳴を上げると、フィアは周囲の状況に気付く。
「……え、えへへ、ただいま……」
そして、「ティア」を取り繕い、少々歪な笑顔を浮かべる。
普段より少しだけ乱暴に床に下ろされると、フィアはふらふらとクロナの後をついて彼女の部屋に向かった。
「ふぅ……」
自室に戻り、シャワーで汚れを流して部屋着に着替えたクロナは、ベッドに腰を下ろす。同じく着替えていたフィアもまた、ベッドに倒れ込んだ。
「疲れたわ……」
「ずっとおぶらせておいて、何を言う」
「どうして部屋まで連れてきてくれなかったのよ。あとちょっとくらいいいじゃない」
「甘えたことを抜かすな」
「酷いわね。ティアでなくなった途端にこの扱い?」
「得体のしれない相手にそう簡単に気を許せるか」
「あら、最初に会ったときは、第一印象だけですっかり気を許していたくせに?」
「…………」
クロナはその時の自分のことを思い出すと、無言で顔を手で覆い、拳で強く壁を殴った。
レノン達には隠していたつもりのあの姉としての姿だが、この娘には全て見られていた。そう考えると、後悔の念を禁じ得なかった。
「ねえ、もっと優しくしてくれてもいいんじゃないかしら? お・ね・え・ちゃ・ん?」
「黙れ……」
身を起こしてニヤニヤと笑うフィアに、クロナはダンッ! ダンッ! と壁を殴りまくる。あの時の自分がフィアに見られ、内心でからかわれていたのだと思うと、悔しくて、むず痒くて、……要するに恥ずかしいのである。
「くすくす……。ワタシをティアの代わりに必死に守ろうとして、夜眠る時は優しく頭を撫でてくれて……。あ、そうそう! 一緒にお風呂に入った時は……」
「やめろおおお!!」
頭を抱えて絶叫するクロナ。間違いなく、普段は他の誰にも見せない一面である。
「もうちょっとティアのままでいて、アナタを観察するのも良かったのだけれどね。くすくす……」
「くぅ……。すまない、ティア……。私は……私は……!」
頭を抱えたままベッドに倒れこんで枕に顔を埋める。他人を彼女の代わりにしたというその行為が、例えるならば新しい恋人を別れた恋人の代わりにしてしまった時のような罪悪感も生じさせているようだった。
「ふふ、可愛いわね、クロナ。こんな姿が見られるの、ワタシだけじゃないかしら?」
「うるさいうるさいうるさい黙れ黙れ黙れ!」
ちょっとしたことで深く思いつめてしまう思春期の少女のように、クロナは悶々としていた。赤くなった顔を隠すべく、枕に深く顔を埋める。フィアがくすくすと笑う声が、戦いの中に生きることであまり表に出ることのなかった乙女心をチクチクと刺激した。
自分でも信じられなかった。どうしてこんなどうでもいいことで悩んでいるのか。相手は憎むべきドレッド。ティアを重ねるべき相手ではない。わかったなら、過ちをティアに懺悔した上で、その間違いを正し、無駄な心の迷いを断って、目の前のこの謎のドレッドについても冷静に対処していくべきだ。わかってはいるのに、どうしてこうも頭の中がぐるぐるとしてしまうのか。
「くすくす……。思い悩む少女みたいね、クロナ。見ていて面白いわ、本当に」
「……やっぱり今この場で討つべきか。討つべきだな。討つべきだろう……」
「あら怖い」
ちっとも怖くなさそうな様子で、うずくまるクロナの脇腹をつついてくる。
やはり迷わず討つべきか。フィアの態度に、そんな考えが幾分真剣に浮かんでくる。
「さて、それじゃワタシは寝るわね」
そんなクロナの目の前で、フィアはベッドに横になった。
「……これからも一緒に寝るつもりか?」
「だっていきなり部屋を別にしたりしたら不自然に思われるじゃない? もちろん、床に寝るなんて嫌よ?」
大きな欠伸をすると、無防備に目を閉じる。
……隙だらけだ。それもさっきの戦いで弱っている今なら、簡単に息の根を止められるだろう。
「……お前は」
しかしクロナは、そうしなかった。
「ドレッドであるという正体を晒してなお、私を信用できるのか?」
「どういう意味?」
「無防備な姿を晒していれば、その内寝首をかくかもしれないぞ」
「わざわざそんな忠告する時点で、アナタにそのつもりが無いことなんてわかりきっているもの」
「しかし……」
「あー、もういいでしょ。眠いのよ、ワタシは。殺したければ殺せば? はい、どうぞ」
フィアはめんどくさそうに答え、わざと心臓を晒すように仰向けで大の字になる。
「お前な……」
そんな投げ遣りな態度に、クロナはすっかり呆れ、そして彼女の隣に横になった。
「殺らないの?」
「もういい。どうでも良くなってきた」
「いい加減ね。アナタの方こそそんなに簡単にワタシを信用していいのかしら?」
「忠告恐れ入る。……お互い様だ」
「まあ、そういうことね」
お互い、今は命を取ることはない。根拠はないながらもそう確信し、昨日までのように一人用のベッドで身を寄せ合って眠りにつく。
「……どうしてだろうな」
「何か言った?」
「何でもない」
ただ、どうしてこんなに簡単に彼女を信用できてしまうのか。
それだけが、クロナにも理解できなかった。




