page19 少女の本性
「ハッ……ハッ……!」
群れを殲滅し、クロナは上がった呼吸を整えようとする。
「ハァ……ハァ……!」
力が入らない。ここまで消耗したのは久しぶりのことだった。
魔力の全消耗を強いられるような激戦。それも、全開放による一掃ではなく、激戦の中で、あくまで通常通りに使用しての結果だ。
さらに黒衣はボロボロになり、銃剣は蝙蝠の肉片や体液でグチャグチャに汚れている。
「ハァ、ハァ……、……ッ!」
ガクリと足の力が抜け、膝をついてしまう。
屈辱だった。勝利したとはいえ、ドレッドとの戦いで膝をつくことなど。
「フ、フィ……ア……。無事……か……?」
それでも彼女は、第一にフィアの身を案じる。不本意ながら、守ってなどいられないようなほど苦戦していたのだ。
数もさる事ながら、一体一体の強さ、そして群れ全体の連携能力、どれをとっても今までにないほどの強さであった。ガウスの言っていた急激な変異が、本当にこの数日で起きたかのように。
「フィア……?」
「わたしはここだよ、お姉ちゃん」
声と共に足音が聞こえた。クロナはひとまず安堵する。
「大丈夫、お姉ちゃん?」
「ああ、大丈夫だ……。少し……、苦戦したがな」
実際には少しなんてものではない。自分でも驚くほど押されていた。
彼女には自信はあったが、決しておごり高ぶっていたわけではない。それを差し引いてなお、予想を上回る強さの相手だった。
「本当に大丈夫かなぁ、このくらいで膝をついちゃうなんて」
「フィ……ア……?」
膝をつくクロナと視線を合わせるように、フィアが隣にしゃがみ込んできた。
「ちゃんと、わたしを守れるの?」
「心配……するな。これくらい、どうということは……」
「そんなこと言って、もうボロボロじゃない。たかが小型の群れ相手に」
フィアにぐっと顔を覗き込まれる。
「っ!?」
その真紅の瞳に射止められ、クロナはゾクリと背筋を凍らせた。
「あれ、どうしたの、クロナお姉ちゃん?」
ニィっと不気味に笑む少女。
それは確かに"フィア"の形をしていた。更に言えば、ティアとも見まごうような形をしていた。
しかし、それをフィアだと思うことができない。彼女の笑みは、それだけの不気味な違和感を放っていた。……ただそれ一つで、彼女を全く別のモノに見せてしまうほどに。
「……お前は、誰だ」
「わたしはフィアだよ? 疲れすぎて忘れちゃった?」
「……違う」
よろめきながらも立ち上がる。そして、ふらふらと距離をとった。
「違う……。お前は…………」
「あはは、何言ってるの、お姉ちゃん?」
「お前は、"何"だ……!」
残り火のような気力を奮い立たせ、銃剣の切っ先を少女に向ける。もはやクロナには目の前の少女が、今まで実の妹の代わりのように愛してきた少女と同じ存在とは思えなくなっていた。
「お姉ちゃん、わたしはフィアだよ? どうしてわたしに武器を向けるの?」
「黙れ……。下手な演技は、もうやめろ……!」
「下手な演技だなんて、傷ついちゃうなぁ……。だから言ってるでしょ? わたしはフィア。紛れも無く、フィアっていう名前の女の子だよ」
コツコツとヒールの音を立てながら、少女はクロナに近づいてくる。
「まあ、"ティア"では無いかもしれないけどね」
「っ!」
少女の放った言葉が、まるで冷たい刃物で心臓を直接撫でるように、クロナの心を刺激する。
「びっくりしてるんじゃない? ずっと"ティア"だと思っていた女の子が、いきなり別人みたいになっちゃって」
「あ…………」
少女にその手でそっと頬を撫でられると、再び足から力が抜けてしまう。
なめらかな手袋の感触とそれを通してわずかに伝わる温もりが、得も言われぬ甘美な快楽のように感じられ、全身の筋肉が弛緩してしまうような錯覚に陥った。
「ねえ、クロナ? ワタシをティアと重ねてたんでしょう? そうよね、だってこんなにそっくりなんだもの」
喋り方まですっかり変えて、「ティアの形をした何か」は、クロナの耳元で妖艶に囁く。
「ふふ、ワタシはそれでいいのよ? だって、"ティア"は『お姉ちゃんに守ってほしい』んだもの」
艶めかしく動く手のひらが、頬を撫で、顎をくすぐる。神経を直接撫でられているような感覚に、今度は全身が強張っていく。