page1 暗夜の森にて
闇の中を、闇が駆ける。
夜の闇に溶ける黒衣に、夜の闇すら呑み込む黒髪。黒の瞳は、静かに、しかし鋭く殺気を放ち、獲物を追っていた。
その細腕の先には、女の持ち物としては不釣り合いな、やはり闇にまぎれる黒の物体。長剣のようであり長銃のようでもあるそれは、科学の技術で生み出された銃剣だった。
無機質な黒の鉄塊。その刀身には、よく見ると黒い光の文字が浮かんでおり、まるで呼吸をしているかのように、静かに点滅している。それが、科学の技術で生み出された武器に、魔法の技術で生み出された力が込められていることを示していた。
闇の中で存在を悟られぬよう、全身を闇で塗りつぶした女戦士。リリーフの一人である彼女は、今まさに、世界の秩序を狂わす魔物……ドレッドを追っている。
街と街を繋ぐ街道。その脇に広がる樹林。その中を駆ける影の数は五つ。一つは彼女のものであり、残りの四つは、狼のような姿をしたドレッドのものであった。
今宵の餌を求めて駆けるドレッドを、リリーフは音も立てずに追跡する。
やがて彼らは、樹林に横たわる野生動物の死体と出会った。体の小さな三頭が周囲を警戒し始め、リーダーと思われるひときわ大きな個体が、死体に近づく。ドレッドは腐った死肉ですら構わずに糧とするのだ。
やがて、リーダーのドレッドが死肉に喰らいつく。その無防備な背中は三頭の僕に守られているが、彼女にとってはやはり隙でしかなかった。
大木の枝の上。冷静に照準を合わせる彼女の位置は、すべてのドレッドの死角であり、リーダーの急所を確実に撃ちぬくことのできる場所。彼女の"予定通り"の配置が出来上がっていた。
狼型ドレッド、シャドウハウンド。彼らの特性は、本物の犬や狼同様、優れた嗅覚。野生動物の死体は、それを利用した彼女の罠だった。
魔力の照準が、シャドウハウンドの急所を捉え、科学の機構に魔力の弾丸が充填される。
引き金を引くと、音もなく魔弾が発射され、リーダーの体を貫通した。
リーダーが悲鳴を上げるとほぼ同時。大木の根元にいた僕が、わずかな魔力の流れから曲者の存在を察知する。が、それより先に、女は大木から飛び降り、根元の僕を切り倒していた。
残された二頭も異変に気付く。リーダーも息の根までは止められなかったようであり、動けそうにはないものの、殺気を振りまき彼女を威圧していた。
もはや闇との同化は不要。彼女は正面から二頭の僕と対峙する。
二頭の僕が地を蹴るより先、水平に薙ぐように銃剣を振るう。銃口から連射された紫色の魔弾は、空中で分裂し、弾幕を形成する。魔法技術だからこそできる、低反動の連射だった。
威力は殆どない。目的は牽制だ。
彼女の目論み通り、突然目の前に広がった無数の物体と、突然鳴り響いた銃声に、ドレッド達は一瞬怯んでしまう。その隙を突き、後ろに向かって飛びながら、本命の魔弾を放つ。魔弾は二つに分裂し、Yの字を描きながら二頭の僕を狙った。
右側の一頭はその攻撃に足を撃ちぬかれる。しかし左の一頭は素早く横に跳び、魔弾を躱した。
飛び退いた彼女は先ほどまで登っていた大木の幹を蹴り、空へと跳躍する。木の枝に飛び移ると、地面に向かって幾つか魔弾を放ちながら、さらに別の木へと飛び移る。その動きは風のように鮮やかで、素早い。
一瞬で残りの僕の視界から消えた彼女は、死角から魔弾を放つ。銃声が鳴り響き、弾速と密度に魔力を集中させた魔弾が標的を狙う。
死角から放たれた、先ほどとは比べ物にならない速度で放たれた魔弾。それすらドレッドは躱して見せた。
しかし、飛び退いた先に待っていたのは、先ほど彼女がばら撒き、空中にとどまっていた無色の魔弾。
ドレッドという「物体の衝突」に反応し、魔弾は炸裂。その爆発に反応し、ほかの魔弾も一斉に魔力の爆発を起こした。
魔力の爆風に巻き込まれ、シャドウハウンドは絶命する。
木の枝から飛び降りる。そこに、先ほど足を射抜かれたもう一頭の僕が飛びかかってきた。
ドレッドの特性の一つは、回復力の速さ。致命傷を負わせない限り、多少の傷はすぐに回復してしまう。彼もまた、先ほど撃ちぬかれた右足を再生させていた。
眼前に迫る異様なまでに鋭い爪を、女は右足を軸にして身をひねり、躱す。そしてそのまま一回転し、勢いを乗せた刀身を背面に叩きつけた。それとほぼ同時に、引き金を引く。
斬りつけられ吹き飛ばされるドレッドを追い抜くように飛んで行った魔弾は、前方の木に反射し、正面からドレッドを撃ちぬいた。
残るは、もはや虫の息であるリーダーのみ。