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疲れた令嬢は婚約を解消したい 

作者: おかき
掲載日:2026/08/11

ラフィーナは王太子妃教育を終え王城の中を侍女のナリーと歩いていた。


通りすがる者達は未来の王太子妃であるラフィーナに丁寧に頭を下げる。

ラフィーナは優雅な微笑みを浮かべ礼を返す。


暫く歩くと婚約者である王太子殿下の執務室の前に差し掛かった。

殿下にご挨拶をしてから下城しようと思い、執務室の扉の前に身体を向けた瞬間……。


先に執務室の扉が開き、一人の令嬢が姿を見せた。


「あら、ラフィーナ様。殿下にご用でしたか?私の用件は終わりましたのでお気になさらず、どうぞ」


イザベル侯爵令嬢は不敵な笑みを浮かべ、ラフィーナに伝えた。


「帰る前に殿下にご挨拶をと」


ラフィーナは感情を揺らすことなく返事をする。

フンッと鼻息が聞こえそうな態度でイザベルはラフィーナから離れて行った。


「ラフィーナか?」


執務室からの声かけにラフィーナは返事をし、執務室の中を覗いた。


(今日も二人きりでしたか……)


フェルン王太子殿下がラフィーナの立つ側に来ると、少し不思議そうに問いかけた。


「ここに来るとは珍しいね」


「予定の教育を終えましたので、挨拶に寄らせて頂きました」


「そうか、疲れたであろう。お茶でも出そう」


フェルン殿下が部屋のテーブルの方に手を向け、中に入るように促す。

ラフィーナはテーブルのカップをチラリと確認した。


「申し訳ありません。母との約束がありますので」


軽く礼をとると、ラフィーナはフェルン殿下に背を向け帰って行った。


フェルン殿下は執務室の扉の前で立ち尽くしていた。

いつもなら笑顔でお茶の誘いを受けるラフィーナなのに……。

ラフィーナから断られた事に疑問を抱えながら、小さくなるラフィーナの後ろ姿を見送っていた。


「殿下、扉の前で何をしているのです?」


側近の一人、エリンが声をかけた。


殿下はラフィーナの姿が見えなくなったのを視界に入れ、エリンと執務室に入りながら先程のラフィーナの様子を口にした。


エリンは大きな溜め息を態と吐き、フェルン殿下へと説明をする。


「ラフィーナ様からお茶を断られたのに、執務室のテーブルには二客のカップがあります。イザベル様と二人きりでの逢瀬の後に誘いを受け、平然とする人はいないと思いますよ?」


「なぜイザベル嬢が来たと解ったのだ?」


イザベルが来た話を伝えていないのに、その名が出た事に驚くフェルン殿下。

そんな殿下に呆れ顔でチクチクと状況を説明する。



「イザベル様が殿下の幼馴染だとは、皆が知っております。ですが、殿下もイザベル様も幼少の時とは状況が違う事を認識されておりません。殿下はラフィーナ公爵令嬢と婚約しております。にも関わらず、他の令嬢と密室に二人きりであれば、噂も立ちます。

幼馴染の二人は昔から想いあっていたのに、公爵家の権力を使いラフィーナ様が横恋慕した。とね……」


フェルン殿下が驚いた顔でエリンを見つめる。


「殿下は学園を卒業し政務に励むなか、ラフィーナ様が通う今の学園でどのような噂が立っているのか知っておりますか?」


エリンの問いかけにフェルン殿下は首を傾げ、

「いや、知らぬが……」


「先程伝えたラフィーナ様が横恋慕し婚約者の座を射止めたと、王太子殿下の婚約者であり公爵令嬢でありながら孤立させられております。

殿下が卒業してから、ずっとです。

その噂に拍車をかけたのが、殿下の幼馴染のイザベル様です。

涙を浮かべ、殿下とは想いを通わせた仲であったのにラフィーナ様が無理やり割って入ったと。涙ながらに訴えれば生徒達の同情心から、ラフィーナ様への攻撃は日に日に強くなるのは当然かと。

しかも、噂を肯定するかのように、殿下はイザベル様と二人きりでの逢瀬をなさりますからね。

真実と受け取られても仕方ない事です」


エリンの長い話を聞きながら、フェルン殿下はどんどん顔を青褪めさせていく。


「イザベル嬢に好意を寄せた事は一度もない!私は、私が望んでラフィーナを婚約者に指名したのだから」


フェルン殿下が強く否定するも、エリンはお構いなしに言葉を言い放つ。


「殿下の気持ちを知る者は殿下の側近である我々と、両陛下と公爵夫妻くらいです。殿下はラフィーナ様と会われると緊張する事を知っている者も少ない。

ですが、イザベル様と二人きりでの逢瀬を目にした者は多くいます。

殿下の言い分は通りません。

傍から見ればラフィーナ様を疎んでいるとしか見えないのですから」


「ラフィーナも……そう思っているのだろうか……」


震える声で、エリンに問いかける。


「妹の話では、王命には逆らえないと。仕方ない事だと、諦めている様子です。

殿下、はっきりと申し上げますが、ラフィーナ様から婚約解消を口にされても仕方がない事をし続けた事は、きちんと理解してくださいね」


「これ以上、ラフィーナ様を慕う妹から嫌われたくありませんから」


エリンはそう告げると、紅茶のカップを片付け執務室から下がった。



「ラフィーナの誤解を解かねば!」



フェルン殿下が急ぎ執務室を出たところで王妃付きの侍女から声をかけられ、ラフィーナの邸に向かう事は叶わず王妃の執務室へと連れて来られた。


「座りなさい」


圧のある口調に驚きながら、フェルン殿下はソファーに腰を下ろす。


「ラフィーナの王太子妃教育は終わりました。王族の暗部教育をそろそろ始める予定でしたが、私の権限で取り下げました。この意味が解らないようなら、ラフィーナとの婚約は白紙にします」


フェルン殿下は反論しようとするも。


「私は貴方に散々イザベルを遠ざけるように言ったはずです。それを無視し、側に置いたフェルンの自業自得。としか言いようがないわね」


話は終わり。と、王妃はソファーから立ち上がり机に戻ると執務を始めた。


フラフラしながらも、馬車乗り場まで辿り着いたフェルン殿下はラフィーナの邸に向かうように指示を出した。


公爵家に到着するも、ラフィーナは母君と街に向かって不在だと告げられる。

帰りを待つと伝えたが、何時になるかも解らないと断られてしまう。


フェルン殿下は馬車から降りて公爵家の門前で頭を下げると、王城へと馬車を向けた。






公爵家の窓からラフィーナはその姿を見ていた。


婚約して三年。

学園に入るまでの二年は、会話も弾むわけではないが、フェルン殿下との穏やかな時間をラフィーナは大切にしてきた。

王命であっても、心を通わせる事は出来るのでは。と、ラフィーナなりに努力してきたのだ。


このまま穏やかな時間が過ぎると信じていた時に、学園での噂や虐めを受け始める。

ラフィーナは公爵令嬢として気丈に振る舞うも、周りはそれすら不愉快だと更に状況は悪化してしまった。


ラフィーナは未来の王太子妃として対処しようと動くも、敵意を向ける生徒の数は多く、既にラフィーナの手に負える状況ではなくなっていた。


ラフィーナは誰にも何も伝えずに一人で過ごす事にした。

ラフィーナを慕う令嬢達からは距離を置き、誹謗中傷を一人背負い続けた。


ラフィーナは疲れていた。

疲労困憊の心と身体は限界だった。


王族の暗部教育を断ったのは、ラフィーナだ。

王妃の判断ではなく、ラフィーナがフェルン殿下との婚約を解消したい旨を王妃にだけ伝えていた。


直ぐに答えは貰えない事はラフィーナも理解している。

王妃から我儘だと叱責されても、全てを受け入れ王都を離れる事も視野に入れていた。


ラフィーナはフェルン殿下の乗る馬車を感情のない瞳で眺めていた。


公爵夫妻は王城から帰って来たラフィーナの変化に気が付き、急ぎ身辺調査を指示した。

ラフィーナは公爵家でも王城でも完璧に振る舞い続けた結果、周りが気が付く事が遅れたのだ。


公爵夫妻は王家に異議を唱え、婚約解消の話を伝えた。

両陛下も急ぎ調べると、驚愕の事実が報告された。

息子の不手際で一人の令嬢が虐げられていた。学園という檻の中で気丈に振る舞うラフィーナの報告に、両陛下は胸を痛めた。


王家はラフィーナ以外を王太子妃にするつもりはない。

必死に学び努力する姿を見てきた。ラフィーナの指導者達からも褒める言葉しか耳にしていない。


公爵夫妻は貴族として王家と繋がる事は家門に利があると納得はしている。してはいるが、愛娘を犠牲にするつもりはさらさらないのだ。





ラフィーナの教育も終わり、学園も長期休暇となる頃。

ラフィーナは学園に通わずに済む安堵感からか倒れてしまう。


フェルン殿下はあの日、執務室の前でラフィーナと別れて以降会うことが許されていない。

両陛下からの命でラフィーナの周囲を安全な状況にしない限り、会う事も手紙も許可しないと命を出された。


フェルン殿下は会う事は叶わないが、毎日花をラフィーナに届けさせた。


そして、ラフィーナを虐げ、傷付けたイザベル達に報復する事を決意する。






フェルン殿下はラフィーナに一目惚れをし、ずっとお茶会や夜会でのラフィーナを見てきた。

所作は美しく、控えめでありながらも優しく人の中心にいつもいるラフィーナ。

公爵令嬢という高位の立場を振りかざす事のない謙虚さに惹かれたのだった。


「その言葉をラフィーナ様に伝えていれば、こんな事にはならなかったはずです。まぁ、イザベル様を遠ざけない限り無理だったかもしれませんがね」


執務室でラフィーナとの馴れ初めを側近達に聞かれ、フェルンが話した内容にそうエリンが返事を返した。


「今日の夜会が勝負です。ラフィーナ様を虐げたイザベル様には報いを受けてもらいましょう。フェルン殿下の幼馴染であろうと、未来の王太子妃に牙を向けたのです。私は容赦しませんからね。殿下」


エリンはフェルン殿下に厳しい視線を向ける。


「解っている。全て私の責任だ。幼馴染だからと気を許した私に非がある」


フェルン殿下の表情は、幼馴染への甘さで心を寄せる婚約者を傷付けた後悔が滲み出ていた。


「これで妹に口をきいてもらえるな」


エリンは溺愛する妹から無視され続けられた原因を断罪する手筈を嬉々として調整していた。


「さあ、いきましょう」


エリンの声かけに頷くと、フェルン殿下は夜会の会場へと向かう。



側近達と会場に入ると、会場中の視線を集めた。


今夜の夜会はフェルン殿下の婚約について何かしらの報告がある事が伝えられていた。


学園に通う生徒達は会場にラフィーナがいない事を確認すると、イザベルとの悲恋がようやく実るのだと、勝手に解釈し話に花を咲かせていた。


とうのイザベルもフェルン殿下の色である水色のドレスを身に纏い、淑やかに人々の輪の中に立っていた。


 ようやく悲恋が実る。

 美しい恋物語の結末を目にする喜び。

 悪女のラフィーナの婚約破棄。


会場中がありもしない話で盛り上がり、王家から発せられる言葉を待った。


会場の隅にラフィーナの両親の公爵夫妻が控えている。

周りは陛下と王太子殿下の側近達の家門が一緒に並んでいた。


その立ち位置に気が付き、自身の行いの間違いに気が付いた貴族達は、中央のイザベルを囲む集団から一歩一歩と後退し距離をとった。


(馬鹿な貴族ばかりではなかったな)


フェルン殿下は心の中で安堵の溜め息を吐く。


「今宵は王太子であるフェルンの婚約について皆に伝える事がある」


陛下の言葉に悲恋の物語に酔いしれた者が高揚感を隠すことない視線を向けた。


「まず、イザベル嬢。こちらに」


フェルン殿下がイザベルに声をかけた。


イザベルの周りの令嬢令息からは祝福の言葉が飛び交う。


頬を染めゆっくりとイザベルがフェルン殿下の目の前に来た。

そして一礼をし、フェルン殿下の隣に立とうと一歩踏み出すも、殿下の手で制された。


「なぜ私の隣に立とうとする?」


フェルン殿下の視線に優しさはない。

いつも優しい眼差しを向けていたその瞳は、今はとても冷たい。


「フェルン様」


イザベルの媚びる甘やかな声に、フェルン殿下の表情は更に冷たくなる。


「イザベル嬢。確かに貴女は私の幼馴染だ。側近達も同様に大切な幼馴染だ。貴女が女性であっても、同じ幼馴染として側近達と同様に大切してきた。ただ、それだけだ」


イザベルは目を見開き、信じられないと動きを止めた。


フェルン殿下の言葉を聞き会場がざわめき始めた。


「私は学園を卒業し王城を中心にしていた。ラフィーナに対し、学園でありもしない噂話と高位貴族に対して考えられない虐めを率先して行っていた生徒達に気が付くのが遅れた。

王太子の幼馴染がありもしない話をし、大切な私の婚約者を攻撃するとは思ってもみなかった」


その言葉で大凡の貴族や生徒達が自身の過ちに気が付いた。

イザベルの話を信じ、罪もない高位の令嬢を虐げていた事実を。



「フェルン様はラフィーナ様とのお茶会では苦痛の表情をされていましたわ!

会話が続かないとか、何を思っているか解らないと話していたではありませんか!王命だからと、我慢していたとしか思えません。私とは会話も弾みますし、お互いの考えも理解出来ているではありませんか」


イザベルの言葉に反論しようとしたフェルン殿下の前にエリンが怒りの表情で出て来た。


「イザベル様。貴女は何を勘違いなさっているのですか?幼馴染として立場を弁えていれば、王太子妃の側付きとして華やかな未来があったのですよ?」


エリンの言葉に激昂したイザベルだが、エリンはイザベルに話をさせるつもりはない。


「貴女が殿下の幼馴染となったのは、王太子妃になる方に仕える為に選ばれたに過ぎないのです。ラフィーナ様に取って代わろうとする浅ましい考えを持つ貴女に未来はありません。

殿下との悲恋?ラフィーナ様が公爵家の権力で横恋慕した?

殿下がラフィーナ様に一目惚れをし、陛下に懇願して叶った婚約です。話が弾まないのは、殿下が美しいラフィーナ様に緊張して頭が真っ白になり言葉を選べないからです。何を思っているか解らないとは、ラフィーナ様が殿下を好いているのか解らないって話なんですよ?

イザベル様が話す内容とは前提が違うのです」


エリンの長い説明で会場にいる者は理解をした。

そして、エリンの後ろで顔を真っ赤にし、口をはくはくさせるフェルン殿下を見るだけで、自分達の過ちを知る事は出来る。


フェルン殿下の初心が上手く婚約者に伝わらなかっただけである。と……。


こほん


小さな咳払いをしたのは陛下だった。


「まぁ、そう言う事だ。フェルンはラフィーナ嬢を好いておる。

ラフィーナ嬢を取り巻く状況は最悪であった。フェルンの初恋が実るかどうかは解らぬ。あまりにもラフィーナ嬢に対する周りの言動は過ぎていた。処罰される者がいる事も理解するがよい」


陛下の言葉が終わると、楽団が演奏を始める。

踊る者は一組もいない。


イザベルは呆然としたまま会場で立ち尽くしていた。

取り巻いていた令嬢令息も少し離れた場所で同じく立ち尽くしている。


「処罰される者」


陛下の言葉に自身のラフィーナに対する行いを振り返る。

生徒達は泣き出す者、呆然とする者、両親の元に向かい懇願する者。


夜会会場は生徒達が騒々しく動いていた。


フェルン殿下はラフィーナの両親の前に来て頭を下げた。

王族が頭を下げるなどあってはならないが、誰も何も口にしない。


「ようやくですか」


公爵の一言に、フェルン殿下は次の言葉を待った。


「娘の意思に任せるつもりです。娘が拒否をするならば、婚約は白紙にして頂く」


公爵は厳しい言葉を伝えたが、裏を返せば娘が拒否しないのであれば婚約を継続する許可を出したのだ。


「ありがとうございます」


「ラフィーナは領地にいます」


公爵は踵を返しながら囁き会場を後にした。


チラリとイザベルや生徒達を見ると、騎士に連れて行かれるイザベルと数人の生徒達が視界に入った。

イザベルは王太子妃に対する誹謗中傷や危害を加える手筈が明らかとなったため捕縛された。


騎士に連れて行かれた生徒達はラフィーナに直接手を出した生徒達だ。


そして、会場のあちこちで捕縛される貴族も視界に入る。

子供を使い、公爵家を貶めようとした家門だ。


それぞれ厳しい尋問を受け、陛下から処罰される事になる。


「終わりましたね。殿下」


エリンの晴れ晴れとした表情に、フェルン殿下は頷き返した。


「明日からの執務は私達が処理致します。陛下の許可は得ておりますので、ラフィーナ様をお迎えに行って下さい。受け入れて貰えるのかは解りませんが」


エリンの言葉に甘え、明日ラフィーナに会いに行こう。

許されないかもしれない。

だが、きちんとラフィーナに気持ちを伝え誠心誠意謝罪をしよう。


フェルン殿下は騒がしい会場から離れると、執事に指示を出し明日の贈り物の準備を始めた。







領地にて療養するラフィーナは、領地の花畑で侍女のナリーとゆったりと過ごしていた。

王太子妃教育に追われ、学園での辛い日々。

それら全てから解放されたラフィーナは気持ちに余裕が出来たからか、よく笑うようになった。


学園に入ってからのラフィーナは笑顔を見せる回数が減っていくのをナリーは気が付いていた。

ナリーの出来る範囲でラフィーナを支え続けていた。


フェルン殿下とイザベル様の関係に悩まれている事も気が付いていた。

勿論、学園でのラフィーナの様子も。

ナリーも動こうとしたが、ラフィーナから手を出す事を許されなかった。 

ラフィーナの侍女で居続けるには、見守る以外の選択を許されなかった。


ナリーはラフィーナの心を乱すフェルン殿下を心底嫌っていた。


ナリーは「許すまじ!」

とよく口にしていた。

使用人達は、何を?とは聞かない。

誰の事かは解っていたからだ。


ラフィーナが辛い学園生活を頑張れたのはナリーや使用人達の献身に応えたかった事もある。


ラフィーナとナリーが花を摘んでいると、馬車の音が聞こえてきた。

丘の中腹に座るラフィーナからは馬車が誰のものか見えない。


丘の上に視線を向けると、そこには居るはずのないフェルン殿下が立っていた。


ラフィーナが立ち上がるとフェルン殿下が走り寄り丘を下るとラフィーナを抱きしめた。


「ごめん。ラフィーナ。私が全て悪い」


肩を震わせながら震える声でフェルン殿下が謝罪の言葉を口にする。


「殿下?どうなさったのですか?」


ラフィーナの優しい声かけにフェルン殿下の腕の力が強まった。


「殿下……苦しいっ」


ラフィーナの言葉に我に返ったフェルン殿下がそっと抱きしめた腕の力を少しだけ緩めた。

だが、抱きしめるのを止める事はないらしい。


「ラフィーナ。学園では辛い日々だったと知った。知るのが遅くなったのは私の責任だ。申し訳なかった」


フェルン殿下の謝罪にラフィーナは苦笑いしか出来ない。

隠していた事実を知り幻滅されたかと落ち込んだのだ。


「イザベル嬢は側近達と同じ幼馴染でしかない。だが、イザベル嬢は女性であった。不貞を疑われても仕方ない事をしたと知った。だが、イザベル嬢を好いた事はない。イザベル嬢は未来の王太子妃の側付きとしてエリン達と同じ幼馴染兼側近としていただけなんだ。

本人にもきちんと説明し、家門にも通達してあったのだが……」


ラフィーナとフェルン殿下は花畑で座り、夜会で起きた話を殿下から全て伝えられた。


「そうなのですね……」


(だから何だと言うのかしら。イザベル様の事は理解しましたが、王命での婚約が解消されない事に変わりはない。また針の筵の学園に戻れと?)


暗い表情で花畑を眺めるラフィーナを見て、フェルン殿下はギュッと拳を握りラフィーナへと気持ちを伝える。


「ラフィーナ。私は貴女を好いている。私が貴女を望み陛下に懇願をし、この婚約が決まったのだ」


え?


とても驚いた顔でラフィーナはフェルン殿下へと顔を向けた。

信じられないと、ラフィーナの表情は語っていた。

気持ちが伝わっていない事実を、驚くラフィーナの表情で改めて痛感する。


「ラフィーナは高位貴族でありながら尊大な態度をする事はなく、周りを立て、中心にいながらも皆へ心を砕いていた。

私は優しく聡明で、でも笑うと可愛らしいラフィーナを好きになったのだ。この婚約は私が強く望んだからなんだ。

ラフィーナを前にすると緊張して会話が浮かばなかった。駄目な婚約者だと自覚していたが、イザベル嬢の事で失態を犯してしまった。

婚約の解消も仕方ない事かもしれない。だが、私は貴女を離したくない。傷付けた私が言ってはならないかもしれない。だが、私は貴女以外を妻に迎えたくはない。

もう一度、ラフィーナと向き合う機会を貰えないだろうか」


今にも泣き出しそうな瞳で真っ直ぐラフィーナを見つめるフェルン殿下。

ラフィーナはゆっくりと話を始めた。


「王命での婚約でしたが、互いを思い遣り信頼し合う婚約者になろうと、私なりに努力してまいりました。

学園に入る前までは、フェルン様とのお茶会も穏やかで私には大切な時間でした……」


学園の事を思い出したのかラフィーナは暫く黙ってしまった。


「王命で決められた婚約より、想い合う者が結ばれる方が良いのでは。そう考えるようになりました。暗部の教育が始まれば婚約の辞退は出来なくなります。

自身の我儘だと言われても受け入れる覚悟はありましたので、王妃様に婚約の解消をお願いしたのです」


ラフィーナを追い詰めたのは自分なのだと、殿下はラフィーナの言葉を一つ一つ聞き漏らさずに聞いている。


「殿下、一つお聞きしても?」


「一つと言わず沢山聞いてくれ」


「フフ…お花を毎日一輪届けられますが、あれは殿下が?」


「ラフィーナに会う事も手紙を書く事も禁止され、花を一輪なら良いのでは?と、考え花を選び届けてもらった。


 濃いピンクの薔薇は 一目惚れ

 黄色のひまわりは あなただけ 


花言葉も選んで毎日ラフィーナに届けてもらった」



毎日交互に一輪だけ花が届いていた。

フェルン殿下が言う通り、濃いピンクの薔薇と黄色いひまわりの花が。

ひまわりの花の季節は過ぎている。

手に入れるには苦労されたはず。


「ありがとうございます」


手間をかけてもらったお礼は伝える。


「殿下は婚約の継続をお望みなのでしょうか」


ラフィーナは気になることを聞いてみた。


「私はラフィーナとの婚約の継続を望んでいる。私の初恋だからな」


少し照れた表情の殿下の顔を初めてラフィーナは見た。


「私はまだ恋が解りません。正直に申し上げますと殿下を尊敬はしておりますし、信頼をしていました。ただ、その信頼も今はあるのか自分でも解らないのです。王太子妃になるべく学びましたが、それだけの私でしかないのです」


ラフィーナは正直に伝えたのだが、その言葉を聞いたフェルン殿下の表情が嬉しそうに綻んだ。


幻滅されるかと思っていたラフィーナは、殿下の笑みをキョトンと眺める。


「私の事が嫌いではないのだと、そう思うと安心したのだ。まだラフィーナが恋を知らないなら、私が恋を教えたいしラフィーナが恋する相手が私なら良いと考えたんだ。嫌われていない。それだけで嬉しいんだ」


フェルン殿下の告白にラフィーナはうっすら頬を染め、俯いた。


「暫くはこちらでゆっくりすると良い。私からラフィーナに会いに来るよ」


ラフィーナの手を掬い上げ指先に口付けを落とす。

真っ赤になったラフィーナを満足気に眺め、手を繋ぎ過去の事、これからの事をポツリポツリと二人は語る。





ラフィーナが学園に通う事はなかった。

学園側もこの事を重く考え、学園内に生徒達を密かに監視する部署を設けた。


フェルン殿下は週に一度、公爵領に愛しい婚約者に会いに行く。

エリン達の協力もあり、ラフィーナとの逢瀬の時間がとれるように差配してくれた。


ラフィーナとの婚約継続を反対する家門もなかったわけではない。

イザベル嬢の生家の侯爵家に属した家門は、最後まで足掻いた。


だが、ラフィーナを襲わせ婚約者から引き摺り降ろす計画を侯爵家が画策していた証拠もあり、イザベル共々鉱山送りとなった。

侯爵家はお取り潰しとなり、領地は王家の直轄領となった。


修道院送りとなった令嬢令息もいたが、個人的な判断とされ家族には厳しい処罰はなかった。

ただ、当主達は呼び出され、教育不足を指摘されたうえで一年間の社交禁止を受けた。


甘い処罰と言われたが、ラフィーナの希望だと伝えると皆黙るしかなかった。


当人が許すのであれば、否は言えない。


あの騒動から三ヶ月が過ぎる頃。

吹き抜ける風がひんやりとし、冬の訪れをしらせている。


今日もラフィーナとフェルン殿下は花畑の丘を訪れる。

花は咲いてはおらず、草原が広がっていた。


フェルン殿下が立ち止まり、ラフィーナの前で膝を突きラフィーナの手をとった。


「ラフィーナ。貴女に辛い日々を送らせた事をずっと後悔してきた。私の至らなさで起きた事だ。だが、私はラフィーナを愛しています。これからの貴女の幸せを私も一緒に見つけていきたい。どうか、私と結婚して欲しい」


フェルン殿下の真っ直ぐな瞳とその言葉を聞いたラフィーナは胸の温かさを感じた。


「はい。宜しくお願いします」


恥ずかしそうに小さな笑みで返事をするラフィーナを引き寄せ、ギュッと抱き込んだ。


草原に座り込み、ラフィーナへ

「ありがとう」と感謝の言葉を伝える。






この三ヶ月。

フェルン殿下は少しずつラフィーナに気持ちを伝え続けた。

ラフィーナの好きな花を好きなお菓子を持ち、何度も公爵領へ足を運ぶ。


ゆっくりではあるが、ラフィーナの心の中にフェルンへの好意も芽生え始めていた。


ラフィーナはフェルン殿下の迎えで半年を過ぎる頃王都へと戻った。


一年間の婚約の後、フェルン殿下とラフィーナは結婚をした。


結婚式の日。


側近であるエリンの横に立っていたのはナリーであった。

ナリーはラフィーナに謙遜するあまり、侍女としてラフィーナの側にいたのだ、


エリンが口をきいて貰えない妹とは、ナリーの事だった。

ラフィーナに負担を強いる兄をナリーはずっと許さなかったのだ。


ラフィーナとフェルン殿下の結婚式の今日、エリンはナリーに許されたようだ。


エリンは溺愛するナリーの希望を叶えるべく、フェルン殿下を支え続けていく。





フェルンとラフィーナの統治する時代は沢山の改革が行われた。

フェルン陛下は政に。

ラフィーナ王妃は子供達のために尽力した。


特に学園の改革は貴族からの反発もあったが、

「自分の子供がラフィーナと同じ目にあってもよいのか?」

フェルン陛下の言葉に、当時を思い出した同じ世代の当主達は反対意見を取り下げた。


学園では身分を出してはならない。

教師は生徒が高位貴族だろうと身分問わず指導出来る。

学園側から問題を起こした生徒を退学させる権限を持つ。


貴族の権力を通じさせないように、学園そのものに独自の決定権を与えた。



そして、王子、王女の側近に異性を置かない事も提案された。

異性を置いたトラブルは、ラフィーナ以外にも過去に幾度かあったのだ。


ナリーのように、真に仕える相手に忠誠を誓う者に出会える事が一番良いのだと、証明されている。


ナリーはラフィーナの側付きとなり忙しいながらも、嬉々としてラフィーナ王妃を影で支え続けた。



イザベルが欲を出さず、自身の立場を履き違えなければナリーと同様の輝かしい未来があったのだ。



王家は側近制度を見直し、異性を側近には置かない事。

王子、王女の伴侶となる者の側付きは、その都度優秀な者を選定する事となった



ラフィーナ王妃は自分の経験した学園生活の日々を子供達に味わわせたくないと、改革に取り組んだ。


学園生活が人生の宝物になるように。


ラフィーナ王妃の願いはフェルン陛下の助力もあり叶う事になった。







〜 ❀ ❀ 〜




ある日の王太子の執務室



エリンの不機嫌がずっと続いている。

イザベルを断罪したのに、妹のナリーがいまだに口をきいてくれないらしいのだ。


「ラフィーナにナリーの事を相談してみるか?」


フェルン殿下は心配してエリンに声をかけたのだが、ギロリと睨まれた。


「妹が口をきいてくれなくなった原因が何を言うのですか?それに、ラフィーナ様がお優しいから許されただけですよ?

ラフィーナ様が殿下を好きでなかったから婚約の継続になったのです。好意があったら、不貞の疑いをするような婚約者を見限りますからね」


フンッ。と、鼻息荒く執務室から出て行った。


「昨日はナリー嬢の誕生日だったらしく、ラフィーナ様に頼んでナリー嬢へ贈り物を渡したらしいのです。ですが、いらないと邸に贈り物が送り返されたらしいのです」


側近の一人が教えてくれた。


(八つ当たりか?)


エリンの八つ当たりに間違いないが、原因であるフェルン殿下は苦笑いするしかなかった。


不敬を連発するエリンだが、気心知れた幼馴染である。

イザベルとの事もはっきりとフェルンを非難してくれた大事な側近。


八つ当たりくらい許そうと、フェルン殿下は執務を再開した。


誤字報告ありがとうございます。

訂正しました❀

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