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2話「対峙と名乗りと困惑と」

「鏡から…偽物?おいおい。本の読みすぎかよ。そんなことあるわけ……」


リディオは、ただただ呆然としていた。驚き、というよりも、信じられない、といった感情のほうが近かった。一方で、ミカルは冷静に物事を考え始める。

 

「国に不満を持つものが、鏡の世界の住人を勝手に名乗っているのか。はたまた本物か……どういうこと……??」


先輩騎士が、足に傷を負っている女性に肩を貸しながら、話を続けた。


「どちらにせよ、被害が尋常じゃない。今、街の人を隣町への避難誘導をしている」


「そんな………」


信じられないが、目の前で起こっていることは紛れもない事実だ。現に、今傷を負っている女性。小刻みに震えながら、それでも恐怖と闘っている。


「団長が、広場で指揮をとっている。リディオそこへ。魔道士は、怪我人の治療と救助と、魔道士団団長のヨーナス様から聞いています。我々騎士団は、ヒールを使えませんから」


鏡があったのは街の広場だ。広場は街の真ん中に位置しており、周りには家がたくさん建っているし、人もたくさんいる。そんな所で争いが起きたら被害が大きくなるに決まっている。それに、街に住んでいるのは家族やお年寄りが多い。戦おうにも戦えないのはリディオも知っている。怪我人が増えるだけだ。


「分かりました」


リディオは頷き、広場へと走り出す。


「リディオ!」


ミカルの声に反応し、目線を向けるリディオ。


「リディオ!!……気をつけてね!!」


 ミカルの応援が風にのって微かに聞こえる。しかし、リディオは一切振り向かず、カミーユの元へと走った。


         *

広場の中心部。騎士数人に囲まれながら、指示を出している者が1人。


「団長!!」


「……リディオか。今、街は混乱状態にある」


カミーユ・モーリー。この騎士団の団長である。二十三歳と少し若いけれど、剣の腕は確かだ。この前は、突然出た一匹の龍をいとも簡単に倒していた。スタイルさ良いし、性格も良い。すごく頼れる先輩だ。紺色の髪に、色素の薄い灰色の目。その姿は若いのに貫禄がある。リディオから見れば、嫉妬すらしそうな存在。しかし、リディオにそれはない。尊敬の方が遥かに勝つからだ。


「俺達騎士団、魔道士団が希望にならなくてはならない。護らなくてはならない」


その憧れる姿は、あまりにも真っ直ぐで。眩しい。


「リディオは鏡から離れた周辺の避難を優先してくれ。鏡に近い街の中心部は、もう…」


「……っ…」


リディオが周りに目を向けると、もう、息をしない人々のみが数人、視界に映った。騎士団が駆けたであろう布が顔には掛かっているが、それでも悲惨さが直に伝わってくる。鏡から敵が来たのだとしたら、逃げられなかったのだろう。


風なびく髪を耳にかけ、ここではないどこか遠くを見るカミーユ。そして、ぽつりと一言。


「……忙しくなるな」


それは、勘と言うものなのだろうか。カミーユから出された言葉は、戦いが長引く………ということを指していると、リディオは思わずに要られない。


「……周辺の避難を行ってきます」


「敵は複数居る…らしい。見た人々は殺られた可能性が高く、ちゃんとした情報は入っていないが。…気をつけろ」


「……はい」


正直なところ、逃げたいというのが本音だった。しかし、そういうわけにも行かない。何故ならば、騎士は希望でなくてはいけないから。と、カミーユの言葉を思い出す。重い足を動かして、リディオは鏡から少し離れた場所へと向かった。


          *

        

「いや……え?……まじかよ」


周辺に到着し、初めて放った言葉がそれだった。先ほどまでは、団長と合流することだけを考えており、気にしていなかった周りの事が。足を止めて目を向けると、映ったのは地獄そのものだった。争いはない。が、地面は血で赤く塗りつぶされ、もう息のない人々が無造作に寝転んでいる。そこら中から子供達のけたたましい泣き声が耳に入り、頭に響く。ただひたすらに走る人はまだ良い方で、恐怖に支配され壁によりかかり身を縮ませる人も居た。


「可笑しいのかよこの現実は…」


鏡の近くの静かな雰囲気とは真逆。パニックになっている大量の人々。騎士団、魔道士団が声を掛けて、避難を進めているとはいえ、混乱というものは収まらない。耳に入る音の量が処理しきれないほどに多い。

 

「……………」 

 

そんな中、目の中心に映り込んだ少女の元へ、リディオはおぼつかない足で向かう。身を屈め、手の甲で頬に触れる。


「── ─!」


少女の頬には、暖かさが少しもなかった。五歳くらいだろうか。これからたくさんの楽しいことが待っていたであろう少女は、ただの死体と化していた。


「こんな…小さな子まで………。巻き込まれるなんて」


声が震える。どうしよもない悔しさと悲しさと怒りが、体の奥底で入り交じる。


怖がっているつもりはないが、どうしても手が震えるリディオ。それを抑えるかのように拳を握りしめた。リディオが入団してから三年間、平和すぎるくらい平和だった。人と人との抗争はなく、せいぜい少し危険な魔獣を倒すのが役割だった。また、騎士の中で命が消えるものは居ても、こんなにたくさんの人……。しかも何の力もない人々が何もできず、ただただ命の炎が消えて行くところを見るのは、リディオにとって初めてだった。


「お助けくださいっ!せめて!せめてっ!この子だけはっ………!」  


少し離れた角の方から。余裕が一ミリもないような、他の人の不安すら湧き出たせるような声にリディオは己を取り戻す。小さな子供を、母親と見られる女性全身を使って守っている。真っ黒な上着を羽織った人が、二人の前を見下ろしている。親子はその場に座り込んでいて、とても逃げられそうな状況ではない。


「──危ない!」


上着の人が腰から抜き出した剣を高く振り上げる。リディオは咄嗟に後ろ足を踏み込み、その力で一気に走り抜ける。次の瞬間、金属と金属がぶつかり合う、耳障りな音が響いた。


「危機一髪………。──っ!」


リディオは眉を寄せ、顔を顰める。剣から手、胸、腹、足を伝わって、全身が冷たくなるのを感じる。段々と、剣がリディオの方へと押されていく。


「今のうちに……!逃げてくださいッ!」


目線だけ後ろを向き、親子に向かって叫ぶ。


「………ぁ……」


母親は涙ぐみ、その場を動けないでいる。安心と恐怖でも入り混じっているのだろうか。いや……感情の全てが恐怖に支配されていて動けないのだろうと、リディオは結論付ける。


「早くッ!」


念を押して強く言うリディオ。その言葉がきっかけになったのか、子供の手を引きながら地獄の中を走り始めた。


「おーけー。とりあえず後はどうにかなるだろう。いや、どうにかなってくれ。でないと困る……」


その姿を少し見届けたあと、目の前の戦いに集中する。いや、リディオはどうやって戦い、勝つかよりも別のことを考えていた。上着の中の顔をまじまじと見つめる。


「やっぱりな……俺だ………」


息が上がっているリディオ。吐息混じりにぼそりと呟く。


「…………」


その瞬間、相手が剣を引いた。


「まぁ………。バレるよね。全く。上はどうして上着を羽織って戦えと言ったんだろう。顔を見られないようにするにも、今みたいに正面から戦ったら見られちゃうのに。それにひらひらしていて邪魔だし。はぁ……。理解できないなぁ」  


自分と全く同じ声。唯一違うのは口調くらいだ。こんなに丁寧な言い方出来ないし、したくもない。


「君と同じ名前は少々気が引くから、僕はリディオという名前を少し変えてリオと名乗らせてもらうよ」 


名前はリオ。そう言いながら、頭のフードを外す。


「俺の偽物……か」


鏡が、そこに立っていた。

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