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10話「いつもの日常と新たな日常と幸せと」

「ここが僕………俺の部屋だよ。狭いのは百も承知だけど、くつろいでくれると嬉しいな」

 

靴を脱ぎ、上がると、一人なら十分な小さい丸テーブル、そしてベッドが置いてあるだけの部屋がある。そこが部屋の中心であり、リビングのようなところだ。この部屋にドアが三つあり、一つは脱衣場、一つはトイレ、一つは台所に繋がっている。一人では十分な部屋だが、二人となると少し狭い。が、なんともならないので少女に我慢してもらうしかない。


「あちゃー。そっか。布団も買わなきゃなんだ。あと、テーブルもこれじゃぁ小さいからな……」


額に手を当て、どうしようかと悩む。なんとか布団とテーブルを買えるくらいの貯金は持っていたはずだが、お金は常にギリギリ状態。本当なら、給料日まで待ちたいところだが……。


「今日から住むんだもんなー……」


部屋の角でうずくまっている少女を見ると、心が揺らぐ。テーブルは何とかなるだろう。リディオが床で食べたり、食べる時間をずらすことで解決だ。


しかし、ベッドは……。


知らない男の人と狭いベッドで窮屈に寝るなんて耐えられないだろう。いや、耐えられないというよりは、恐怖以外の何にでもないだろう。リディオ自身も、疲れているのに固い床で寝るのはごめんだ。全身が痛くなって騎士の責務に支障はでるし、疲れも取れず集中力も続かないしで悪いことだらけ。


「よし!買いに行くか!」


少女を預かるのだ。こんなことでケチケチしてられない。お金が無くなろうと、死ぬわけでもないのだから。もっと懐の広い男にならなければ。


「最悪、団長に布団代も出していただければ…。いやいや、それは駄目だ。食費に加えて生活用品まで出してくれるんだから。頼ってばかりは良くないぞ!俺!」


頭を振り回し、良くない考えを放り出す。


「じゃ、じゃぁ行こうか。次いでに色々必要な物も買いに行こう」


気が変わらない内に部屋から出なければ。そう思い、すぐ玄関へと向かう。そうしないとまた心の悪魔が顔を出すからだ。今、この瞬間だって出てきそうなのに。その瞬間


「リディオー!いるー?!」


少し雑に叩かれる扉。板一枚隔ててはいるが、扉の僅かな隙間から風にのって声が運ばれる。


「なんだよ……。ミカルか?」


空気が読めないミカルに呆れ、全身を脱力させながら立ち上がる。


「ちょっと待っててね」


話しかける時は、頬の筋肉を柔らかくする。少女はこくりと首を縦に振り、床に座った。 


「何?俺、今ちょーーーー忙しいんだけど?」


一気にドアを開け、ノブに手を掛けたまま話し始める。何の前触れもなしにドアが開き驚いたのか、ミカルは眉を上げ、一歩後ろに下がる。


「はぁ?なんかリディオが女の子預かることになったって聞いたから、様子見に来てあげたのに」


「へいへい。余計なお世話ですよ〜。って言うか、誰から聞いたの!今さっきだよ!預かるって決まったの!」


「ひっど!カミーユ様から聞いたのよ」


「え!団長!?」


ミカルの口から、カミーユの名前が出てくるのは意外だった。こんなことをするのはヨーナスくらいだと思っていたからだ。


「カミーユ様が、きっとリディオだけじゃ大変だろうから手伝ってあげてくれ〜って。ちょうど今日休みだったし」


「そうか」


カミーユはいつだって、相手のことを考えることができる。今回だってそうだ。きっと、一人では大変なこともあるだろう。そのことを見通した上で、ミカルに伝えてくれたのだ。


「団長の優しさでミカルが来たっていうなら仕方ないか」


「ちょっと。さっきと態度違いすぎない?」


「いや。団長の優しさを踏みにじるわけにはいかないでしょ」


「いや、まぁ。そうだけども……」


「でも今のところ困ってることはないよ」


「あ。そうなの?」


「まぁな。ただ、生活するには足りないものばっかだから、いろいろ買いに行こうとしてたんだ」


「買い物……。あ」


ミカルは何か思いついたように、手のひらを叩く。


「私もついてこうかな」


「はぁ?」


断る理由は全く無かったが、一緒に行くことになるとは思っていなかったので思わず声が漏れる。


「絶対私がついてったほうが良いって。うん。絶対」


「えっと」


「ぜったいのぜったいのぜっーたい!」


「い、いや。別にいいけど……。何でそんなに食い気味なんだよ」


「え。だってそれは……」


頬を赤くし、髪をいじるミカル。


「分かった。仲良くなりたいんだろ」


「まぁ。それもあるけど……っていうか、本当に何も気づかないの?」


「何を言いたいのかさっぱりわからん」


「いや。女の子だけで買い物したほうがいいやつとかあるじゃん」


あぁ。と、左の手のひらに右の拳をぽんと置くリディオ。


「確かに服は女の子同士のほうがいいな。ぜひ!少女ちゃんに似合う服を選んでやってくれ!俺、そーゆーのさっぱり分からないし」


「あぁ。そーゆー考え方もできるわね」


「何だ?違うのか?」


目を見開き、キョトンとするリディオ。そんな中、ミカルは長く、大きなため息をつく。


「もういいや。気にしてた私がバカみたい」


「え!気になるんだけど!教えろよ!」


「嫌よ!わざわざいうほどのことでもないし」


「こっちが嫌だね。気になりすぎて今日のご飯食べれなかったらどう責任取ってくれるんだよ!」


「そっ……。そんなのッ!勝手に野垂れ死んでなさいなッ!」


「ミカル……。お前はそんなに冷たいやつだったのか……いつからそんなに悲しい人間になってしまったんだ……?」


オーバーに言葉を発するリディオ。体全身を使って、劇的に表現する。が、ミカルは眉毛をピクリとも動かさず


「いや。そんな劇的に言っても変わらないから」


リディオを、淡々と受け流す。


「………」


「………」


二人の間に静寂が走る。両者の目には、それぞれ変に強い意志を持った顔が映っている。


「そんなこと言うなら、連れて行かないぞ」


「いやいやいや!それは駄目だと思う!」


手を一生懸命顔の前で振るミカル。尋常じゃないくらい真剣な顔だった。


「はぁ…。じゃぁ、さっさと教えてくれよ。俺だって早く出掛けたいし」


「───」


ミカルは俯いたあと、何かを決心したかのようにリディオを真っ直ぐと見つめる。


「ちょっとこっち来て」


ミカルはリディオを手招きする。リディオは素直に従い、ミカルの方へと足を運ぶ。リディオの耳に口を近づける。


「────」


「ん?聞こえない」


「だから────」


「だから……なんだよ?」


「──────!」


「へ?下着!?」


リディオは廊下に響くくらいの声量を出す。


「もう!何大声だしてるの!」


頭から湯気が出そうなほど、顔は真っ赤になっている。


「そ、そんな怒るなって。でも。そうか……。そうだな。言われてみれば確かに。ごめんな」


「別にいいけど……。ほら、早く行くよ。隣町まで行かなくちゃいけないんだから。布団も買うから、馬車も借りるでしょ?」


「あぁ。そうだけど……」



「よっし!そうと決まったら、私その子に挨拶しよーっと!」


リディオの許可も取らずに部屋へと押し入るミカル。少女はリビング(のようなところ)でぽつんと座っていた。


「こんにちはー。ミカルって言います。これからちょくちょく来るかもしれないんだ。よろしくね」


手を差し出すが、その手を取りそうな気配はない。しかし、それはミカルにとって問題ではなかったらしい。少女をじっと見ると


「──ねぇ、リディオ。もしかして、このまま行くつもりだった?」


「──あぁ」


「まじかー。ありえない」


「何がだよ」


肩を下ろし、リディオを蔑んだ目で見つめる。


「身だしなみって、女の子にとって重要なんだよ?それは子供でもおんなじことが言えるの!」



「は、はぁ……」


リディオ、紳士になるために努力している。些細な変化も褒めてあげるとか、道路を歩くときは馬車が通る側に立つとか。さり気ない気遣いをできる男を目指している。その一環として、女性のことを理解しようともしているのだが……。まだまだ理解できないことが多すぎる。今回も、身だしなみはそんなに大事なのか?と思っていた。


「……。お風呂借ります!おいで!!」


「え──」


突然の呼びかけに、少女は声を絞り出すので精一杯な感じがした。


「あの、あたし。お風呂は、一人で入れます」

 

「あ。そうなの?でも、せっかくだし、二人で入っちゃお!お姉さんが洗ってあげよ〜う!」


「えぇ!」


ミカルの多少強引な性格が、少女を振り回す。ミカルは自分の部屋から、昔の服を引っ張り出してきたあと、少女を連れて脱衣場へ向かった。


「こら〜逃げな〜い!」


「……………!い、嫌………で………っ」


風呂場の方から、賑やかな声が聞こえてくる。


二人がいる方をちらりと見て、頬を緩ますリディオ。その後、コップを手に取り喉を潤す。


「楽しそうでなにより」


リディオは一人寂しく、二人が出てくるのを待っていた。

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