9 村長の家
ゆで卵のようにぴかぴかに磨かれた自分の頬を、シェロは呆然と撫でた。なんだかよくわからないが、あったかいお湯にじっくり入れられた。
双子の兄弟のマーレも、新しくもらった服の裾をぼうっと眺めている。
「なあ、シェロ。僕たち」
「うん……僕たち、たぶんものすごくいけないことをしちゃったんだ。このあととんでもないことになるんだよきっと」
「そうだな。ぶちのめされるんじゃないか」
「いや、金持ちの貴族の飼ってる猛獣とかの餌にされたりするんじゃない」
「やっぱ逃げ出すか」
「でもルーラが人質にされてる。置いていけないよ」
「くそ、フロに入れるなんてわけのわからないこと言って、あの女、どういうつもりだ」
「なんか、すごく気持ちよかったね」
「ああ……あいつ、何を企んでるんだろう。やっぱり獣の餌にでもされるんじゃないか」
「あら。よかった、ちょうどいいわね」
シェロとマーレはぎくっと後ろを振り返った。
あの女、アリーチェだ。
隣にはつやつやになったルーラが満足そうに目を細めている。
ちゃっかり手まで繋いでいる。
「ルーラ、離れろっ」
「僕らは獣の餌にはならないぞっ」
アリーチェは首を傾げた。
「なんの話? それより、あなたたち、ちゃんと髪を拭くのよ。さっきタオルを渡したでしょ。さ、手伝ってもらうからね」
「ルーラ、いっぱいてつだえるよ!」
シェロとマーレは顔を見合わせ、石造りの小さなドアに近付いていくアリーチェとルーラの後ろをそうっと着いていった。
とにかく、ルーラを置いていくわけにはいかない。
*
ラウルの父は少し驚いたようだったけれど、いらっしゃいと言って、昼飯を出してくれた。
「これ、たべてもいいの?」
と、目をきらきらさせながら、ルーラが言った。
「もちろん! ちゃんとあいさつをするのよ」
「いただきます!」
「おい、シェロ、獣のえさにされるかもしれないんだぞ。いいのか」
「でも、でもっ……おいしそうすぎる。一口だけなら」
「うん、ちょっとだけなら」
あーん。
かぼちゃのキッシュにかじりついた双子の少年たちは、同時に目を見開いた。
「おいし……」
「うまっ……」
アリーチェとラウルの父に勧められるがまま、子どもたちはもりもりと食事をした。
食べ終わって、うつらうつらし始めたルーラを、アリーチェは抱えて家に戻る。
「うーん……あったかい……」
幸せそうなルーラは、アリーチェの首にぎゅっと抱きついてくる。
「この子たち、どうするんだい?」
と、ラウルの父がプディングを切り分けながら尋ねた。
ラウルの父のカルロスは、鍛冶屋の跡継ぎと言われても納得するような筋骨隆々とした男性だ。が、基本的には家にいて、家事をしている。小さな革小物などを、家事の合間に作っているらしい。
口端にミートソースをつけたシェロが、思い切ったように口を開いた。
「おい、僕たちはいい。金持ちの変態に売られても」
アリーチェがブッとタンポポコーヒーを吹き出した。
カルロスが眉根を寄せる。
「え、なんだいその話。金持ち? 変態?」
涙の膜をはった目をして、樫の木の椅子からマーレが立ち上がる。
「それか猛獣の餌として、僕らを売るんでしょう? ねえ、お姉さん、僕らは覚悟はできたから、どうかルーラだけは許してやってください」
「アリーチェ、まさか」
カルロスがじっとりとこちらを見る。
「児童虐待反対ッ!!」
アリーチェは叫んだ。
全く、失礼極まる。
犯罪者ではなく、腐っても聖女なのだ。




