7 王城の不穏な夜
王城には昼間でもシャンデリアの光が煌々と輝く。
コンスタンティノ王子は、もちまえの傲慢さをそのままに、自室でも胸を張って座っていた。
トントン、ノックの音がして王子の心が躍る。
「入れ!」
と、高圧的に命令すると、しとやかで控えめな微笑みを浮かべた聖女、アンドレアが現れた。
光に照らされる銀色の髪、流れるようなドレス、潤んだ瞳と長いまつげ。肩を出したドレスが美しい。
今日は以前より妖艶な雰囲気だ。
「殿下、少しばかりお話しできますでしょうか?」
と、響く声には、どこか抗えない色気がある。
コンスタンティノ王子は、花に惹かれる虫のようにふらりと近付き、目を細めてアンドレアを見つめた。
「ふむ……お前はいいな。うるさいのは嫌なんだ」
まるで自分の優越を確認するかのように、王子はうなずいた。アンドレアは腹をたてることもなくにっこり微笑み、すっと一歩歩み寄る。ふわ、と良い香りがして、王子の胸中にはある種の期待が芽生えた。
「お前は何が望みだ? アンドレアよ」
「いいえ何も。何も望みませんわ、殿下……貴方様以外には」
魔女の低い呟きが、石壁に反響した。
「ふ。可愛いやつめ」
二人の影はゆっくりと重なっていく。
*
そんなことには一向に構わず、アリーチェはざっくざっくと元気に畑を耕していた。
ここ数日でだいぶコツを掴んだ。
「慣れると分かってきたわ……! この、時々出たり入ったりする光る虫は何なのかしら?」
虹色のカマキリもいるのだから、光る虫くらいいたっておかしくはない。この光る虫がいるところは土がふわふわになるので、放っておいている。
ラウルは時々、というか毎日来て、作業を手伝ってくれる。彼は鍛冶の仕事もあるはずなのに、仕事の前や後に必ず寄ってくれるのだ。
さらにはついでだから、と、食事も差し入れてくれさえする。
「アリーチェのこと放っておけないからな!」
と、にっこり笑うラウルにほだされている毎日だ。
ラウル父にも足を向けて寝られない。
村長も含めて、なんだかんだとアリーチェのことを気に掛けてくれる良い人たちだ。
ここでは色々育ててみたが、確かに野菜がよく育つ。この世界には現世と同じような野菜があって、トマトもピーマンも小松菜も、もりもりと育った。
ただ、美味しいからか、虫や動物が来てしまって、なかなかきれいな状態で収穫できない。
「うーん……もっと初心者向けの作物って無いのかな……」
虫にさえ慣れれば、田舎は魅力的だった。
景色は綺麗だし、空気も綺麗だ。
何よりも心が安らぐ、川や鳥や風の自然の音がする。
病院や店がないのは困るけれど、それ以外はかなり良好な環境といえるだろう。
ラウルのお父さんが料理上手なのもある。
普段は鍛冶屋をしているというラウルの父は家事も巧かった。
ラウルのような優しい田舎紳士は最高だ。
逞しい筋肉も眼福。
アリーチェはアリーチェなりに、この田舎暮らしを楽しみ始めていた。
家の中もちょっとずつ整ってきた。
他の誰かではなく自分のために動くのはこんなに楽しいものなのか。
「あ、アリーチェ! おーい」
「ラウル! 今日も来てくれたのね。ありがとう」
「おお、畑、すげぇ良い感じじゃん」
「でしょ! 今日はね、キュウリの種をまいてみたの」
ラウルが首を傾げた。
「あれ? アリーチェ、家の中で犬とか飼ってるのか?」
「いいえ?」
「見間違いかな。何か動いたような気がして」
「ええっ……やだな。なんだか最近、家のものが少しずつなくなる気がしてるのよ。残しておいた総菜がなくなったり」
ラウルが、にやりと意地悪げに口角をあげた。
「でかいゴXXリだったりして」
「キャー! もう、やめてよッ!」
パシッと叩くふりをすると、ラウルは笑い声をあげて体をひねった。こういうところはまるで子どもみたいだ。




