3 荷馬車と日焼けした細マッチョ
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晴れ渡った良い朝である。
アリーチェは市場へ売られる子牛のように、コトコトと荷馬車の後ろに乗せられていた。
聖女として移動するときはいつも、貴族が使う立派な馬車に乗せられたというのに、今はわら敷きの荷台にリンゴ箱のついでのように乗せられている。
つくづく、これでは何のために転生したのかよく分からない。
聖女として世界を救う! とかそんな使命があるのかと思っていたのに、待てど暮らせど聖女の力なんてものは発現しなかった。
「生きてりゃいいことあるっていうけど……」
今のところ、何がいいことなのか分からない。
ふうっとため息をついて遠くを見る。
王都がどんどん遠ざかっていく。
前世も今世も、掃除や洗濯ばっかりしてたなあ……。
アリーチェはぼんやり思う。
これで田舎に行って、同じことを繰り返すのだろうか。
運命に流されるってこういうことなんだろうか。
このまま田舎に引っ込んで、山賊にやられるような隠れバッドエンドシナリオだったらどうしよう。
アリーチェがぼうっとしていると、運搬馬車の御者が、話しかけてきた。
「あんた、聖女クビになったやつだろ? 気にすんな、田舎はいいとこだ」
気安くて、明るい。
人好きのする声だった。
張り詰めていた気持ちが少しほっとする。
「そう? ならいいんだけど。田舎に良いイメージが無いのよ」
「はは、そりゃあ、歌劇場や聖堂は無いけどな! まあ、空気もいいし、飯はうまいし」
「へぇ」
「俺は好きだよ」
好きだよ、と言ってのけた御者の声が良い。
ふっと前を見ると彼は振り向いていた。
「わあ! 前、前見てください!」
「大丈夫、これ、俺の馬だから! それよりさ」
「え?」
「やっと顔あげたね、聖女様」
にこっと白い歯を見せる、色黒の青年。
横顔がやけにきらめいて見える。
褐色の肌に優しそうな目。
たくましい腕と人なつっこそうな笑顔。
アリーチェの心臓がむぎゅっと音を立てた。
「生きてりゃいいこと、ある気がしてきた……!!」
「ん? 何か言ったか?」
「いいえ何にも!」
アリーチェはほのかな希望を抱いた。
全く現金なものである。
そんなこんなで馬車はコトコトと順調に走り、しばらくして、山奥の開けた土地で止まった。
「よし、もう着くぞー!」
声をかけられて前を見る。そこはもう、見事な田舎だった。
緑、緑、緑。
ただ、前世の記憶とは違い、絵画に出てくるような景色だった。
「わあ……!」




