2 大聖堂からも追放
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「えっ? クビ!?」
王都の豪奢な大聖堂で、こんなに間抜け面をさらしたのは、後にも先にもアリーチェだけだろう。
あごがはずれそうになるくらい、ポカンッと口を開けたアリーチェを見て、大司教は笑いを堪えているように微かに肩を震わせた。
「あの、スミマセン、もういっかい言ってもらえます?」
「ク・ビ・ですじゃ」
大司教は重々しく言った。
「えっと、私、聖女なんですよね……?」
「そのはずじゃったが、残念じゃ。王城から勅命が来てしまっては。聖女アリーチェよ、そなたの浄化の力は不十分。よって、本日づけで聖女ではなく、単なる平民となる。そなたの聖女としての力は、正直なところ、庭のオリーブぐらいしか浄化しておらぬ、と」
確かに、聖堂の裏手の畑でオリーブの実を育てていた。
良く育って、たくさん増えたのだ。
オリーブオイルも作れるほどに。
いや、でも、違う。
あれは別に魔法とかを使ってるわけじゃなくて、いつまでたっても聖女っぽい力が使えないストレスを家庭菜園でまぎらわせていただけで……。
え? 趣味までとやかく言われる感じ?
「王によると、『偽聖女は田舎にひっこみ、畑でキュウリでも作っていろ。王城には未来永劫入るな。追放だ。死刑にしない慈悲をありがたく受け取れ』との勅命なのじゃ」
アリーチェは嘆息した。
せっかく。
せっかく転生して、この『聖女伝説』の世界に来たというのに。
追放宣言だなんて、全くついていない。
*
覚えているのは、農家に嫁いだ過去の自分。
名前も思い出せないが、とにかく前世が酷かったことだけ覚えている。
田舎に嫁いだら、結婚するまで優しかった夫が暴力亭主に変貌した。
嫁は労働力、そして子供を産ませる為に存在すると言ってのける、農村の古い家だった。
男尊女卑の極みのような価値観で、自分の趣味も何ひとつ無かった。
唯一楽しかったのは、スマホでこっそりする無料の乙女ゲーム。
ヒロインの聖女が国を救って王子と結ばれるというよくある話なのだが、シナリオが難しくバッドエンドがすぐに訪れた。
王子に見初められてからも、様々な王城での罠や、大聖堂にやってくる暗殺者にやられてしまって、ヒロインが生き残れないのだ。
乙女ゲームでなく、もはやデスゲームと言った方が良い。だけど、そのあり得なさが面白くて、憂さ晴らしになんとなく進めていた。
だけど、ゲームをクリアする前に、そのうち現実世界でも、バッドエンドが来てしまった。
姑にも夫にも怒鳴り散らされて、決死の思いで逃げ出した。逃げ出した先の山中で、滑落して……。
気付けば乙女ゲームの聖女アリーチェとして、王城の一室でお茶をしばいていた。
大司教の話では、アリーチェは数年前、聖女としてエルフの国から誘拐同然に召喚されたらしい。どこかのお姫様だったようで、来たばかりはショックで寝込み、食事もとらず、口もきけなかったそうだ。
これは、ゲームのシナリオ通り。
その後、聖女アリーチェは王子に出会い、元気を取り戻して、国を災厄から救う。
自分はそのアリーチェの身体になんやかんやで転生してしまったということらしい。
白色に近い金の髪に、きらきらしたオリーブグリーンの瞳。透明感のある白い肌。美人といえる部類だろうが、中身は東洋から来たアラサーの元農家嫁だ。
「あれ? でも、アリーチェが追放されるなんて、そんなシナリオあったっけ?」
「しなりお?」
「あっ! いえ! 何でもありません!」
「すまんなアリーチェ、わしにできるのは裏庭のオリーブをピクルスにして、レシピと一緒に持たせてやることくらいじゃわい……ふがいないのう……うっうっうっ」
「わ、わぁ、大司教様! 泣かないで! ご心配には及びません。私、大丈夫です。むしろ……長い間、ごめんなさい。たいしたこともできなくて」
「いいやアリーチェ。そなたはよくやってくれた。皿洗い、洗濯、料理、掃除、そなたがやってきてから、わしらはずいぶん助かったものだ」
「いやあ、そんな。それほどのことはしてませんよ」
「と、いうわけで、明日の朝には退去していただきますじゃ」
「えっ!? 明日?」
「いや、空いた部屋にポーリーヌ嬢が来るのでなあ。あ、ちゃんと清掃してリネンも替えておいておくれ」
「ポーリーヌ嬢!? 誰ですか!?」
「今回の聖女は、見るに見かねた王が召喚したのじゃ。魔方陣から現れた、新聖女じゃ。まあ、どう見ても、顔形や動作も別物。あれが本物の聖女だろうて、うむ。まあ、そういうことだからの。次の平民としての人生も楽しんで、元気でやるのじゃ。うひ、王都で評判の別嬪、人気ナンバーワン家政婦嬢ポーリーヌちゃんも来るとのことだし、楽しみじゃな……ンッ、ゴフンッ! 話は以上じゃ!」
ひたすら失礼なことを言われた気がする。
嘘泣き狸エロ親父、もとい、大司教様にクビを宣告されたアリーチェは、納得しきれないながらも、荷物をまとめることになったのだった。




