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恋の種は寂しく褪せる

作者: 猫丸鳥太

短編を書く練習。短編は難しいですね…。

 丸い月と星々が煌めく湖のほとり。

 キラキラと輝く湖面を視界に入れたのち私は空を眺める。


「……」


 いつまでそうしていただろう。

 気が付けば私の隣に黒い大きな影が降り立っていた。


「久しぶり」


 私は隣に立つ大きな影を見上げ口を開く。


「……あぁ」


 暗くても一際輝く赤い星が私を見つめてくる。私はこの赤い星に見つめられるのが好きだ。


「ふふっ」

「どうした?」


 闇夜に溶けるような黒い髪がサラリと流れる。

 大きな身体なのに小さく首を傾げるその姿が可愛いと言ったら彼はどんな顔をするのだろうか。


「なんでもない」

「そうか」


 沈黙が夜を支配する。

 私達はどちらからともなく湖のほとりに腰を下ろした。


「……言わなければいけないことがある」


 しばらく二人でぼうっと湖面に映る星空を眺めていれば、彼が小さく呟いた。

 返事はできなかった。彼が何を言いたいのか理解していたから。


「……」


 私は答えを口にする代わりに彼との距離を詰め、そっと手を取る。彼の手はごつごつしていて大きい。爪も鋭くて、私の皮膚なんか触れただけで裂けてしまいそう。

 でもそんなこと構わずに私は彼と手を繋ぐ。抵抗もなくするりと指を絡めれば、彼からも握り返すように力が入った。


 そんな小さなことが嬉しくて、つい口元が綻びそうになる。

 だけど私はそれを誤魔化すように口を開いた。


「……私も。言わなきゃいけないことがあるの」


 彼の肩に頭を乗せ目を閉じる。

 瞼の裏に浮かんできたのはこれまでの思い出。


 彼と初めて出会ったのはまだ私が子供だった頃。同じく幼かった彼が傷だらけでこの湖のほとりに倒れていたのを見つけたのが始まり。


 側頭部には山羊のような角が生えていて、背中には悪魔のような翼。一目見て人間じゃないことはわかった。彼が魔族と言われる存在だということもわかっていた。

 人間は魔族と敵対している。本格的な戦争とはなっていないが、小競り合いは多発していた。


 だから、いくら相手が大怪我をしていようとも普通なら魔族を助けない。


 だけど私は彼を放っておけなかった。

 幸い私は治癒魔法が使えたから彼を癒すことができた。

 癒し終わったあとに殺されても不思議ではなかった。

 だって魔族とは凶暴な存在で人間を憎んでいるのだから。


 お互い幼かったとはいえ、それくらいはわかっていた。それでも助けた。助けたかったから。


 傷が癒えた彼はしばらく私を無言のまま睨みつけていたけれど、そのまま空を飛んで去っていった。


 長い黒髪と赤い瞳が印象的な少年だった。


 しばらく後。私は同じ場所で彼と出会った。

 今度は傷一つない姿で湖のほとりに立っていた彼を見つけたのだ。


 私は声をかけるでもなく、その背中を静かに見つめていた。

 よく見ると彼の手には小さな青い花。花と彼がどうにも似合わない。などと心の中で思っていたら彼が振り向き、赤い瞳が私を捉えた。


 一言も発さずに近付いてくる彼に恐怖はなかった。

 目の前まで来た彼が差し出してきた花を条件反射のように受け取った。

 どこにでも咲いているようなありふれた花だった。


 そして私が花を受け取ったのを確認した彼は小さく言葉を発すると、すぐさま飛び去っていった。

 聞き間違いでなかったのなら「感謝する」と言っていたと思う。


 つまりこの花はあの時のお礼だったのだろう。


 これが出会い。


 それから私達は人目を忍ぶように逢うようになった。

 約束しているわけではない。それでも辛くなったらあの湖に行った。行けば彼が来てくれたから。もちろん毎回というわけではなかったけれど。


 私達はお互いの名前を知らない。

 言葉を交わすことも少なかった。

 ただ、隣にいてくれるだけで満足だった。


 人間と魔族という間柄だったけれど。それでも私達の間には確かに絆があったと思う。


 私は閉じていた瞳を開け、小さく言葉を発する。


「あのね。私、もうあなたと逢えなくなるの……」


 彼の肩に顔を埋めるようにして私は呟いた。


「あぁ。……俺ももうここへ来ることはない」

「……うん」


 それが私と彼の最後の会話。

 別れを惜しむように彼へと触れる。温かい。彼は確かに生きている。ここにいる。

 不器用で義理堅くも優しい魔族がいたことを私は忘れない。


 それから月日は経ち、私は聖女として戦場に立っていた。

 人間と魔族の戦いは激化していた。だけどそれももう終わる。

 人間側が有利で魔族を追い込んでいた。


 だから油断していたんだろう。

 最後の猛攻と言わんばかりに魔族が巻き返しを図った。

 聖女である私を狙って放たれた確かな一撃。私はその攻撃を避けきれず死ぬはずだった。


 そう。死ぬはずだった。


 なのに私は生きていた。私をかばってくれた人がいたから。

 私の目の前には黒い悪魔。彼が赤い瞳で私を見つめ――笑った。


 初めて見る彼の笑顔に驚いたのも束の間。倒れこむ彼に現実へと引き戻された。

 咄嗟に支えようと手を出したけれど、重さに耐えきれず取りこぼしてしまう。

 もうあなたと私は敵同士なのに、それでも助けてくれた。何故、と彼に理由を問いたかったけれど、それはできなかった。


 私が好きな赤い瞳は閉じられていて二度と開くことはない。

 いつも真一文字に結ばれていた口元だけが小さく綻んでいた。


「……どうして?」


 私がこぼした疑問は戦場の音に掻き消される。


 いつの間にか私を狙っていた魔物も倒されていた。


 そこから先は覚えていない。

 気が付けば戦争は人間側の勝利で終わっていた。


 私も聖女の任を解かれ、以前のような生活に戻った。


 雲もない晴れた夜空に浮かぶ満月を眺める。

 湖面がキラキラと輝いてとても綺麗なのに、私の隣でそれを一緒に見てくれる人はもういない。

 それだけでこの綺麗な景色が色褪せて見えた。


 人間ではない彼。悪魔のような容貌を持つ彼。

 恐怖はなかった。彼は不器用だけど、とても優しいことを知っていたから。


 そんな彼はもういない。遠い所へいってしまった。

 手を伸ばしても触れられない。あの日感じた体温もゆっくりと記憶の波に削られていく。

 彼という存在が少しずつ私の中から消えていく。


「随分……色褪せちゃったわね」


 丁寧に取り出した押し花を眺める。

 私の大切な宝物。彼から貰った唯一の品。


「また、逢いたいなんて言ったら……あなたは迎えに来てくれるかしら」


 押し花を胸に私は静かに目を閉じた。

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