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試練の扉

 国家サチの中央広場に集められ班が決定したさらに数日後、候補生たちは国家サチの宇宙開発拠点ーー「オーロラ・ドーム」へと集められた。


 半透明の天蓋に包まれたその巨大なホールは、まるで星空そのものを抱き込んだように輝いている。

 リクは思わず息を呑んだ。


 「……すげぇ。まるで宇宙船の中にいるみたいだ」

 「ほんと……星空に飲み込まれちゃいそう」


 サナの瞳も、ドームいっぱいに広がる光を映して震えていた。


 壇上に立ったのは、評議会代表とシグマのホログラムだった。

 《諸君。今日から始まる選抜試験は、単なる能力測定ではない。――仲間と力を合わせ、恐怖と不安を越えて未来を選ぶ力を示す場である》

 シグマの声がホールに響き渡り、候補生たちは息を飲む。


 「未来を選ぶ力……か」

 リクは小さくつぶやき、胸の奥に熱を覚えた。

 候補生たちは、班ごとに訓練棟へと案内された。


 第7班が立ったのは、全長50メートルほどの模擬宇宙船の前。

 外壁は金属ではなく、青白いバリア素材で覆われ、うっすらと脈動していた。


 「これ……全部、訓練用に作ったのか?」

 ユウマが口笛を鳴らす。


 「う、宇宙船ってこんなに大きいんだ……」

 ミカは不安そうに目を泳がせる。


 「大きさだけじゃない。バリアの安定度や内部環境の管理が試されるんだろうな」

 アオトはタブレットを叩きながら冷静に答えた。


 やがて試験官の声が響いた。

 「第7班。これより模擬船内での“共同作業試験”を開始する。課題は三つ。生命維持装置の復旧、バリアの調整、そして小惑星回避シミュレーション。制限時間は一時間だ」


 「……いきなり本格的だな」

 リクは喉を鳴らした。


 「大丈夫。ここに全員がいるから」

 サナの言葉に、リクは心強さを覚える。


 模擬船に足を踏み入れた瞬間、第7班の五人は一斉に顔を見合わせた。


 金属とバリア素材が交錯する船内は、無機質でありながらどこか息苦しい。壁には配線や計器がぎっしり詰め込まれ、緑と赤のランプが不規則に点滅している。


 「わぁ……本当に宇宙船の中みたい……」

 サナが感嘆の声を漏らしたその直後だった。


 ――ウゥゥゥゥンッ!

 サイレンが鳴り響き、赤色の警報灯が回転する。


 《警告。酸素濃度低下。生命維持装置に異常を検出》


 「なっ……! いきなりかよ!」

 ユウマが目を剥いた。

 息苦しさはまだ感じられない。だが警報は確かに、彼らの命を脅かす事態を告げていた。


 「みんな、落ち着いて! まずは生命維持装置の場所を確認しよう!」

 リクが声を張り上げる。


 だがすぐに、アオトが冷静な声で遮った。

 「リク、焦らない方がいい。システムは複雑なんだ。素人判断で触れば余計に悪化する」

 「じゃあ、どうするんだよ! 酸素がなくなったら終わりだろ!」

 ユウマが怒鳴る。


 「計器を見て。残りの酸素量はまだ数十分は持つ。その間に原因を特定すればいい」

 アオトはタブレットを操作し、淡々と数値を読み上げる。


 「で、でも……私たち、まだ実習も全部受けてないのに……」

 ミカが不安そうに声を震わせる。彼女の細い指は、無意識に制服の袖をぎゅっと握っていた。


 リクは歯を食いしばった。

 「アオトの言うことも一理ある。でも俺たちに残された時間は少ないんだ。ここで迷ってたら……」


 サナが間に割って入る。

 「待って。誰が正しいとかじゃなくて、今は全員で意見を出し合わなきゃ。私たち自身がバラバラになったら危ないよ」


 しかし緊張の糸は容易に解けなかった。

 「俺は行動派だ。計器なんか見てても状況は変わらねぇ!」

 ユウマが生命維持装置のパネルに手を伸ばす。


 「やめろ、それはメインバルブだ! 触れば船内全体が停止する!」

 アオトが鋭く制止する。


 「何もしないで見てる方が危ねぇだろ!」

 「論理を無視するな!」

 ユウマとアオトが睨み合う。


 互いの意地と不安がぶつかり、空気はさらに張り詰めていく。


 ミカは両手を胸に当て、泣き出しそうな顔で見つめていた。

 「やめて……お願いだからケンカしないで……」


 リクは二人の間に割って入り、声を荒げた。

 「いい加減にしろ! これは模擬演習だろ? 本当に仲間を傷つけたいのか!」


 沈黙が落ちた。


 赤い警報灯だけが、彼らの鼓動を急かすように回り続けていた。


 ようやくユウマが目をそらし、拳を握った。

 「……悪い。俺、焦ってた。昔、潜水ドローンの事故で仲間を失ったことがあってさ。待ってたら手遅れになるんじゃないかって……」


 アオトも小さく息を吐く。

 「俺も言い過ぎた。冷静に見えたかもしれないけど……実は怖かった。数字だけを見てれば、自分の恐怖をごまかせると思ってた」


 ミカも小さな声で続ける。

 「わ、私は……植物のことなら自信があるけど、機械は苦手で……みんなの足を引っ張るんじゃないかって、そればかり考えてた」


 サナは三人を見回し、柔らかく笑った。

 「……弱さを隠さなくていいんだよ。だって、私たちは一人じゃないんだから」

 リクは仲間の顔を見つめ、胸にこみ上げるものを抑えきれなかった。


 そうだ。これは単なる機械操作じゃない。俺たちが“本当に仲間になれるか”を試しているんだ。


 「よし、もう一度整理しよう」

 リクは深呼吸をして言った。


 「アオトは数値を監視してくれ。ユウマは操作盤を、でも必ずアオトの確認を取ってから。ミカは補助電源の植物ユニットを安定させて。サナは全体をサポートしてくれ」


 「……わかった」

 ユウマとアオトが同時に頷いた。


 数分後、計器の警告音が徐々に収まり、酸素濃度が安定に戻る。

 「……止まった!」

 サナが歓声を上げた。


 「やった……ほんとに……!」

 ミカの頬に涙が伝う。


 その瞬間、船体が激しく揺れた。


 《接近する小惑星を確認。衝突まで残り三十秒》


 「まだ終わりじゃねぇってことか……!」

 ユウマが操縦席に飛び込む。

 「推進力が足りない! ミカ、ユニットの出力を!」


 「や、やってみる!」

 ミカが必死に植物ユニットを操作し、緑の光が広がる。


 「進路計算は僕がやる!」

 アオトの指がタブレットを走る。


 「リク、舵を右三度だ!」

 「了解!」

 全員の声が交錯し、模擬船はぎりぎりで小惑星を回避した。


 静寂が訪れる。赤い警報は消え、船内は青い光に包まれた。

 「……生き延びた、のか」

 ユウマが椅子にもたれ、笑った。


 「みんなで、ね」

 ミカの声は震えていたが、笑顔がこぼれていた。


 「数字だけじゃなく、仲間を信じるのも大事だってわかったよ」

 アオトが珍しく柔らかく言う。

 リクは胸の奥から湧き上がるものを感じた。


 サナは頷き、全員を見渡した。

 「怖さも、不安も、みんなで分け合えば乗り越えられる。そういう仲間になれるんだよ」

 誰も反論しなかった。 

 試験終了の合図が鳴り響く。

 候補生たちは息を切らしながらも互いの顔を見合わせた。


 「ふぅ……死ぬかと思った」

 ユウマが額の汗を拭う。


 「でも……全員で力を合わせれば、なんとかなるんだね」

 ミカの声は震えていたが、その表情は明るかった。


 「協力がなければ失敗していた」

 アオトは冷静に言いながらも、口元にかすかな笑みを浮かべていた。


 そして――シグマのホログラムが現れ、静かに告げた。

 《第7班、第一次試験を合格と認定する。君たちは“仲間と共に未来を選ぶ力”を示した》


 リクは胸に手を当て、深く息をついた。

 これが、俺たちの第一歩なんだ。


 サナは隣でそっと彼の手を握る。

 「まだ始まったばかりだよ。でも、きっと行ける。みんなで」


 「……ああ、必ず」

 リクの瞳には、もう恐れよりも強い光が宿っていた。


 こうして第7班は、一つ目の扉を突破した。


 だが、待ち受ける試練はまだ序章にすぎなかった。




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