記憶核の修復
洞窟の奥、青白い鉱石の光が揺らめく空間に、彼らは立ち尽くしていた。
石碑のような構造物。その中心には、脈打つように淡い光を放つ「核」が埋め込まれていた。
「……これは、ただの石じゃない。内部に情報が封じられてる」
アオトがセンサーを読み取りながら呟く。波形は複雑で、脳波や言語パターンにも似た規則性を示していた。
「記憶核……そう呼ぶべきだな」ユウマが慎重に言葉を選ぶ。「これが、文明の記録装置かもしれない」
ミカが小さく震えた声で口を開いた。
「でも……動物たちが守ってたのは、偶然じゃないよね。彼らにとっては聖域なんだ」
リクは石碑に手を伸ばしかけて、すぐに引っ込めた。
「触れるべきなのか……それとも、触れちゃいけないのか」
その逡巡の中で、サナが一歩前に出た。
「ねえ。これ……感じるの。声、っていうか……記憶の残響みたいなもの」
皆がサナを見つめた。彼女は両手を胸の前で組み、石碑の脈動に同調するように目を閉じた。
「……『つなげよ、護れ、記憶を紡げ』……そんな声が、頭に響くの」
息を呑む沈黙が広がる。
リクはその言葉を受け止め、静かに言った。
「つまり、俺たちが――修復を任されたってことか」
光はわずかに強まり、彼らの決意を待つかのように石碑を照らした。
拠点の中央モジュールに設けられた研究区画には、低い機械音と緑色のランプが明滅していた。記憶核を覆うように設置された透明のシールドの中では、淡い光が脈打つたびに、空気全体がわずかに震える。
アオトがディスプレイにかじりつき、指を忙しなく走らせていた。数列の数値が上下し、グラフが波打つように乱れている。
「……やっぱり断片化してるな。信号パターンがバラバラで、繋ぎ直すには相当な演算が必要だ」
額に浮かんだ汗を拭いもせず、アオトは低く吐き出した。
リクが後ろから覗き込み、険しい表情で眉を寄せる。
「完全に壊れてるのか?」
「壊れてる、というより……ノイズで埋まってる感じだな。けどな――」
アオトは一つの波形を指差した。
「見ろ。ここ。妙に整った干渉パターンがある。自然にできるもんじゃない」
ユウマが腕を組み、画面に目を凝らした。
「……何かの修復システムか」
アオトは首を横に振り、しかし口元にわずかな笑みを浮かべた。
「違う。これ、国家サチで作った“多層干渉バリア”とほとんど同じ数列だ」
「バリア?」とミカが目を見開いた。
「つまり、あの都市を覆ってた防御壁と同じ……?」
リクは思わず口を開いた。
「あの壁は……カイト夫妻の発明した技術を展開し、仲間の血と涙で作り上げた新たなバリア技術だった。仲間たちが死に物狂いで、俺たちの未来を守ったんだ」
彼の声に、研究区画は静まり返った。
しばし誰も言葉を発しない。
サナがゆっくりと前に歩み出る。
「ねえ、じゃあ……この記憶核も“守ろうとしている”んじゃない? 自分の中にある記憶を、干渉から護るために」
ユウマが小さく頷いた。
「その可能性は高いな。 “多層干渉バリア”とほとんど同じ数列であるならば、、、――俺たちがやるべきは、カイト夫妻が発明したバリアの初期原理を理解し直し、記憶核に合わせて調整することだと思う。」
ミカはタブレットを操作しながら、躊躇いがちに言った。
「でも、それって……危険じゃない? 下手に触れれば、核そのものを壊してしまうかもしれない」
「わかってる」リクが真剣な眼差しで答えた。
「けど、失われた記憶を繋げられるのは俺たちだけだ。もしこの信号が呼びかけなら、応えなきゃならない」
アオトは椅子から勢いよく立ち上がった。
「だったら試してみよう! あのバリアは、敵AIの猛攻にすら耐えた技術だ。文明の記憶を繋ぎ止めるくらい、きっとできる!」
彼の声に、一瞬空気が弾けたように感じられた。だがすぐに沈黙が戻る。皆が胸に不安を抱えているのは明らかだった。
サナが小さく笑って、皆を見回した。
「ねえ、思い出して。サチが地球を救ったときも、最初は『無理だ』って言われてた。でも……諦めなかったから、あの夜を越えられたんだよ」
その言葉に、リクの胸にじんわりと温かさが広がった。
彼女の声は、恐怖に縛られていた仲間の心を少しずつ解きほぐす。
ユウマが腕を組んで考え込み、やがて口を開いた。
「よし。方針は決まった。サチのバリア技術を基盤にして、記憶核の信号に干渉を合わせる。まずは小規模なシミュレーションからだ」
「異論なし」リクが頷く。
「もし危険が迫ったら、すぐに中断する。命より大事な記憶なんてないからな」
ミカが安堵したように微笑んだ。
「そう言ってくれると安心するわ。私、制御のモニタリングを担当する。絶対に暴走はさせない」
アオトが両手を叩いた。
「なら俺は演算系をやる! この数列を噛み砕くのは俺の得意分野だ」
サナは胸に手を当て、静かに呟いた。
「……ありがとう。私たちの技術で、誰かの声を守れるなんて……すごく誇らしい」
リクは彼女を見やり、わずかに笑った。
「サナ。お前がそう言うなら、間違いないな」
その瞬間、記憶核の光が一段と強くなり、彼らの顔を照らした。まるで応答するかのように。
人類が築いた技術と、未知の文明の記憶が交わる。
ここから始まるのは、ただの修復作業ではない。
未来を紡ぐ、新たな挑戦だった。




