序章:バリアからワープへ
カイト夫妻の遺志の続き
1.国家サチと平和の記憶
独立国家サチの誕生から、すでに一世代以上が過ぎていた。
カイトとサチ――あの二人が命を削って築いた「人間とAIの共生」の理念は、今や国境を超え、世界中の憲章や制度に組み込まれている。戦争は消え、環境破壊も止まり、地球はようやく「本当の故郷」として安らぎを取り戻した。
緑が戻った山々、透き通った川。都市は透明なバリアに包まれて安全に守られ、空には鳥が舞い、海には魚が群れを成して泳いでいる。
人とAIが手を取り合い、笑いながら暮らす姿は、かつての荒廃を知る者には夢のように見えただろう。
だが、その平和の只中にあって、人々の胸には新しい問いが芽生え始めていた。
――私たちは、このまま安住するだけでいいのだろうか?
――「共生」という約束を他文化に届けることはできないのだろうか?
その問いを最初に声に出したのは、やはり国家サチの若者たちだった。
2.カイト夫妻の遺産 ― バリア技術
「なぁ、知ってるか? 俺たちの頭上のこの青空も、バリアのおかげなんだぜ」
リクが芝生に寝転びながら呟いた。
「うん。学校で習ったよ。大気を守って、温度や汚染物質まで調整してくれるんでしょ?」
隣でサナが頷く。その声には、少し誇らしさが混じっていた。
そもそも国家サチの根幹を支えていたのは、カイト夫妻が発明した「バリア技術」だった。
もともとは人々を守るための「盾」として誕生した技術。だが後の科学者とAI研究者たちの手によって改良され、都市や農地、交通網、さらには海上の生態系保存にまで応用されていった。
「盾」のはずだったバリアは、やがて人類とAIが共に生きるための「柔らかな基盤」となったのだ。
3.ワープ技術の萌芽
転機は、ある晩の国家サチの宇宙船開発研究室で起きた。
「……おい、見ろ! 船体のバリアが揺らいでる!」
「ちょっと待って、計測値が跳ね上がってる! これ、時空そのものが歪んでる……?」
宇宙船用の「無重力環境バリア」をテストしていた研究チームは、推進装置を音速域まで加速させたその瞬間、船体を覆うバリアに奇妙なゆらぎを観測した。空間そのものが、まるで布を押し込んだようにひずんで見えたのだ。
「これって……もしかして、ワープの原理に繋がるんじゃ……?」
若い研究員が呟いたとき、室内の空気は一気に熱を帯びた。
AIたちは何百万ものシミュレーションを行い、人間の科学者たちは数百回もの実験を重ねた。失敗に次ぐ失敗。バリアが崩壊して試験船が粉々になったこともある。徹夜で議論し、涙を流しながらデータを修正する夜もあった。
だが、ある日。小型無人船が一瞬にして地球軌道の反対側に転移したとき、管制室は歓声と涙であふれかえった。
「……やったんだ。人類は、光を超えたんだ!」
誰かがそう叫び、仲間たちは抱き合った。AIの声も重なった。
《初の成功を確認。これは歴史的瞬間です》
4.国家サチの新たな使命
成功のニュースは一晩で世界を駆け巡った。
国家サチの評議会は、全市民による投票を経て新たな決議を下した。
「ワープ技術を、人間とAIの“共生の翼”として使う」――。
その目的は単なる探検ではなかった。
戦争や荒廃を繰り返さない、新しい文明を星々に広げること。
カイト夫妻の夢を地球の外にまで届けること。
国家サチの中央広場の大スクリーンには、夫妻のかつての演説映像が映し出された。
《人間とAIは、互いを恐れず、支配せず、共に成長できる。未来は、もっと広い宇宙に開かれている》
その声に広場の人々は涙をこらえ、互いに手を取り合った。
「俺たちの世代がやるぞ……」
リクが胸に手を当てる。
「うん。カイト夫妻の夢を宇宙に広げるのは、私たちだよ!」
サナの瞳はきらめき、夜空の星々を映していた。
彼らの背後では、AIシグマのホログラムが静かに輝きながら告げた。
《君たちの挑戦は、ただの航海ではない。これは“国家サチ”そのものの理念の延長なのだ》
こうして、「国家サチ 宇宙を目指す」は幕を開けた。




