第7話「穏やかな日常」
水浴びを順番に終え、ミラベルが用意してくれた食事を三人で…と言ってもハーモニアは実体がないので二人で頂いた。
雪音が水浴びをしている時に、ハーモニアがニヤニヤしながら仁に覗きの提案をしてきたが断固拒否した。そんな事をしてこの村から追い出される訳にはいかない。
食事を取り終えると、村を夕日が赤く染め始めていた。
「今日は色々とありがとうございました」
雪音さんに礼を言うと、澄んだ瞳がこちらをじっと見つめてきた。不思議とやはり目線は外せなかった。
「あの…」
何か覚悟を決めたように雪音さんが一息つく。
「私…白川雪音…と…申し…ます。改めて…よろしく…お願いします……」
深々と頭を下げ、ようやくフルネームを知った。不思議とよく似合っている思ってしまう。
「白川さん。改めて、よろしくお願いします」
『え!?雪音ちゃん名乗ってなかったん!?』
ハーモニアがまさかと驚いている。
「えと…その…緊張…して…しまって…」
『そーいえば仁君、雪音ちゃんの事名前で呼んでなかったな……』
そう言われればハーモニアから名前を聞いた後も呼んで無かった事に気づく。
「雪音…で、大丈夫…です…」
「僕のことは好きに呼んでください」
『じゃあ雪ちゃんと仁ち~で!』
「却下」
『え~!!二人とも可愛いのに~!!』
ハーモニアが頬をぷっくりさせてギャーギャー文句を言っている。視界の中に見えた雪音さんの頬が少し緩んだように見えた。本当に小さな…でも確かな笑顔に見えた。
「仁ち~…さん…また…よろしく…お願い…します……」
「あの、無理に呼ばなくて大丈夫ですよ…というか俺が恥ずかしいです」
『え~雪ちゃんに名前呼ばれて嬉しいだけちゃうの~?』
「恥ずかしいものは恥ずかしいだけだっ!」
ニヤニヤしながらハーモニアが茶化してくる。自分の耳まで真っ赤になっているのがわかる。
「仁…さん…で、いい…ですか…?」
「雪音さんの方が年上でしょうし呼捨てで大丈夫ですよ」
気恥ずかしくなり、無意識のうちに頭をポリポリと搔いてしまう。
『え~!オモロないなぁ~!』
まだハーモニアが何か言っている。
「えと…なら…仁…君で……」
「ありがとうございます。ではまたこちらこそ、よろしくお願いします」
ハーモニアが何か雪音さんに耳打ちしている。一体何を吹き込んでいるのやら。
「また…ね…仁…君……」
深々と頭を下げて、雪音さんは自分の家の方へ向かっていった。
かく言う俺は何故か放心状態となってしまっていた。一度雪音さんが振り返り、また何か言った後お辞儀をして帰っていくのが見える。
ハーモニアが隣で騒いでいるが、全く耳に入らなかった。一体俺はどうしてしまったのだろうか。
……ふと我に返り自分も部屋に戻ろうとすると、隣でハーモニアが怒ったような悲しいような……明らかに拗ねていた。三角座りをしていじいじしている。
何かぶつくさ言っているが、これは構った方が良いのだろうか。
「ハーモニア…?」
『な~!仁君~!雪ちゃんひどない~!?』
何の話だろうか。
「雪音さんをいじりすぎたからじゃないか?」
『ん~…一理ある……』
明らかに食事中もうざ絡みしていたし。距離感を明らかに間違えていた気がする。
『だってぇ雪ちゃん可愛いし~…』
確かにそうだが…
『なんて言うんかなぁ~守ってあげたい的な~?』
「それとうざ絡みは関係ないだろ…」
『うざ…!?』
ハーモニアに追い打ちをかけてしまったようだ。どうしよう。
「いやでも嫌われてはないんじゃないか…。嫌なら避けるだろ…?」
自分の中で思いつく精一杯のフォローを入れると、ハーモニアの雰囲気がまた変わった。
「確かに!!良かったぁ~!」
元気に立上り、さっきまでの拗ねようは何処に行ったのやら。
「切り替え早いな…」
思わず苦笑してしまう。
もう日が落ちて暗くなり始めている。そろそろ部屋に戻ろうか。ハーモニアの機嫌も直ったみたいだし。
戻る途中で、ハーモニアがにやにやと仁を見つめる。
『なぁ~仁君~』
「どうした?」
『雪ちゃんのこと、どう思う?』
「どうって…いい人だと思うけど」
『ほうほう~、'いい人'か~』
ハーモニアの口調は明らかに何かを含んでいた。
『雪ちゃんめっっちゃ可愛いもんなぁ~』
「それがうざ絡みってやつだぞ~」
軽口で返すが、帰り際の雪音さんの顔を思い出していた。夕日のせいか少し照れたように見えた笑顔は、とても可愛く…とても綺麗だった……。
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それから数週間後。
仁はかなり村に馴染んでいた。遠巻きに見ていたエルフ達も挨拶をしたり、気にかけてくれるように話しかけてくれるようになった。
仕事を色々と真面目に取り組んできたおかげだろう。
雪音さんとも一緒になる事も多々あり、それもまた楽しみにもなっていた。
仕事も終わり、数日前から気持ち的にも身体的にも余裕が出て来たので、ハーモニアから魔法を教わることにした。
『さあ、魔法の基礎から教えたるで~』
ハーモニアが物凄く張り切っている。
『まずは簡単な火魔法からや!覚えると色々と便利やで!』
「火魔法…」
仁が手を見つめた。
『イメージが大事なんや。まずは小さい炎から!どんな火が欲しいかって強く思って。どんな色か、どんな大きさか、どのくらい熱いか』
仁は目を閉じて集中した。温かい炎。小さくて、優しい光…。
手のひらに、ぼんやりとした光が宿った。
「あっ…」
しかし一秒もしないうちに消えてしまう。
『ええやん!初回でここまでできるのは、やっぱり才能あるで~』
「でもすぐに…」
『魔力の持続は練習やよ。毎日続ければドンドン上手なる』
隣にいる雪音さんも同じように挑戦する。
最近は三人で行動する事が多くなった。互いに言葉数は多くないが、ハーモニアとは違う安心感があり、何故か心地良い距離感だった。
彼女の手には、小さな光が宿り小さな火が灯った。
「…出来た…?」
『お!さっすが雪ちゃん!!』
ハーモニアと雪音さんも仲良くやっている。というよりもハーモニアが一方的に話しかけて雪音さんが聞いている構図が多いが、雪音さんも嫌がる様子もなく二人とも楽しそうだ。
雪音さんも全く魔法が使えない訳ではないようだが、あまり使わないようだ。
誰でも魔法は使えるとハーモニアは言っていたが、やはり個人差があるようで、得意な魔法や苦手な魔法、全く使えない魔法もあるそうだ。
また仕方ない事ではあるが、やはりエルフやダークエルフの方が魔法の才能は高いらしく、その次にハーフエルフ、その次に人間や獣人などの亜人になるそうだ。
ただ個人の才能や努力でひっくり返る事はよくあることだそうだ。例外は魔族だそうで、使える魔法が生まれつき決まっている事があるそうだ。
『あ!雪ちゃんの得意な魔法一回見せてくれへん?』
「…得意な…魔法…」
雪音さんがふと目を閉じると、手の周りが青く光り、瞬く間に氷の欠片ができた。
「氷…?」
『おお~!雪ちゃんは氷魔法が得意なんや!』
名前通りだなぁとまたも思うのであった。
『雪ちゃんも仁君も分かってると思うけど、魔法は魔力を大量に消費するんや』
「だから普段はあまり使わないって事だったよな」
『そう!火を起こすまでなら魔法でもええと思う!ただ火をつけ続けるってなると魔力の消費が激しいから、薪に着火した方が楽ってことや』
ん?そう言われると疑問に思うことがあった。
「雪音さんの氷はどうなっているんだ?」
雪音さんの手にはまだ先程の氷が残っている。
「えと…溶けるまで…残る……」
「なるほど…」
どういう事だ?魔法によって色々と違うらしいが…。
『要は現象として起こっている事は魔力が切れると止まる!魔法を使った結果で生み出された物は残るって事や!』
なるほど、分かりやすい。
『ただ氷魔法って結構特殊やから扱えん人が多いのに凄いなぁ~!』
「いや…その…偶然…」
表情は大きく変わっていないが、これは照れている。微妙な表情の差が分かるようにはなってきた。
「戦闘に応用できたりとか?」
『戦闘は全くの別物や。命がけやからこんな悠長になんて出来ん。今はしっかり基礎を覚えてな』
ハーモニアの表情が一気に真剣になった。
「分かった。まずは俺は火が出せるように頑張るよ」
この村にいると忘れそうになるが、いつAI軍が攻めてくるが分からない。基礎が出来ていないのに応用が出来るはずもない。
「仁君…頑張って……」
「ありがとうございます。頑張ります」
雪音さんとも少しずつだが色々と話せるようになったような気がする。思い込みかもしれないが、自分を鼓舞するには十二分に効果があった。
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後日、余裕ができた際に見張り所の方に相談に向かった。
銃とナイフの扱いは軍にて鍛えられたが、弓や剣等は扱った事がなかった。この村には銃はなく弓と剣、槍と薙刀とどれも使った事がないものばかりであった。
正直この村がAI軍に襲われたら、ひとたまりもないだろう。
魔法があるとはいえ、ハーモニアから教えてもらった内容では魔法も万能という訳ではなかった。攻撃魔法もどれぐらい通用するのか未知数であった。
使える手は増やすに越したことはない。
見張り所の皆も歓迎してくれたが、誰が教えるかでひと悶着あった。
結局はセレン村長の護衛についていたリーフさんが担当してくれる事になった。ゴリマッチョエルフが一番残念そうにしていたが、筋肉量と体格差があるので、女性であるが体格が一番近いリーフさんがという事になった。
そしてそのリーフさんは、木でできた薙刀を模した棒を構えている。
木刀の素振り等を一通り行った所で言われた。
「君の基礎はしっかりしている。実戦形式で実力が見たい」
という事で、一撃を食らった方の負け。それ以外はルール無用の模擬戦を行うことになった。剣など使った事がないはずなのに何故だ。
「あの、リーチが違いすぎませんか…?」
「君が望んだのは理不尽な暴力に対しての対応だ。私相手にどこまでできるか見せてもらう!」
審判の合図と同時に、リーフさんが飛び掛かってくる。
剣の間合いではないが、薙刀であれば十分に一太刀入る距離。本物の薙刀は刃先は片方にあるが、柄の部分も十分な鈍器となる。
また力が無くとも先端が音速を超えるであろう一振りは、分かっていても防ぐのは難しいだろう。
首元を狙ったであろう大振りの一筋を間一髪で木刀で滑らせる。その刹那、反対側の先端がそのまま突き出され脳天を狙ってくる。
既の所で躱し、一気に近づくも下からの一振りが飛んでくる。
だが勢いは無い。木刀で受け流し、木刀の柄の部分で思いっきり全体重を乗せて突きにいく。構え直す余裕などない―――――
「そこまで!!」
審判の声で止まろうとするも止まり切れず、リーフさんの上に思いっきりのしかかってしまう形になってしまった。
「…リーフさんすみません。怪我はありませんか?」
「あ、ああ。大丈夫だ…。」
急いで立上り、リーフさんに謝罪する。周りも少しざわついている。
「よくあの連撃を避けれたな」
「…軍にいたからでしょうか」
「正直子供だからと見くびっていた。すまない」
「いえ、あの一撃は食らっていたらヤバかったかなと…」
「いや、あそこで突っ込んで来るとは思わなかった。私の完敗だ」
握手を求められ、自然と手を返していた。
「でも実戦はまた違う。相手を倒すことに迷いがあるうちは、本当の強さは身につかない…と言いたいところだったんだがな」
「迷い…」
「君にはその覚悟ができるようだ」
自分自身でもその覚悟というのは分からなかった。ただもう誰かを失うのは懲り懲りだった。その為には強くならないといけない。
「完敗してしまったが、私の訓練を受けてくれるだろうか?」
「もちろんです。よろしくお願いします」
こうして仁は魔法と武術両方の訓練を受けるのであった。




