第6話「運命の出会い」
森泉の村に穏やかな朝が訪れた。
昨夜の出来事が夢ではないかと思ってしまうほど、気持ちは不思議と穏やかだった。久しぶりにしっかりと眠ることができたおかげか、頭の中は驚くほどにすっきりとしている。
『おはよう仁君!よ~眠れた?』
ハーモニアが光の粒となって現れる。相変わらず元気な声だった。
「おはよう、ハーモニア。よく眠れた」
仁は身支度を整えながら答えた。部屋から出ると、家主のミラベルが朝の開店準備をしており、パンの美味しそうな香りが漂ってくる。
「昨日は本当にありがとうございました」
仁はミラベルに頭を下げた。
「気にしないで。元気そうで良かったわ」
ミラベルが優しく微笑んだ。
「それより、もしよろしければお手伝いをさせてください。何か僕にできることがあれば」
仁の申し出に、ミラベルさんは少し考えた。
「そうね…実は今日、他の子に頼んでいる仕事があるの。力仕事でいつも来てくれる子が今日お休みになっちゃって、一人だと大変だから。よかったら手伝ってくれるかしら?」
「分かりました。手伝います」
何もせずに過ごすのも悪いので、できることがあるのはありがたかった。
「ハーフエルフの女の子なの。真面目でいい子なのだけど、いつも一人だから…。良かったら仲良くしてあげて」
ミラベルの表情に少し心配そうな色が浮かんだ。
「もちろんです」
「でもその前にご飯を食べていってね?」
ミラベルは手際よくパンとスープをトレーに乗せ、仁に渡す。スープにはたっぷりの野菜が入っており、香りだけでも食欲が湧いてくる。
「ありがとうございます」
仁はトレーを受け取り、ミラベルが案内した席で食事を取った。スープは優しい味でとても美味しく、パンは少し硬く味わいの薄い物だったが、スープに合わせると絶品であった。
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食事後、仁はミラベルに礼を言い、指示通り村の外れにある倉庫に向かった。そこで食べ物を運ぶ作業があるという。重い小麦粉の袋などもあり、体力が結構必要とのことだった。
倉庫の前に着くと、銀髪の少女が重そうな袋と格闘していた。
「あの、すみません」
少女はこちらを振り返った。人間よりは少し長い耳がちらりと見える。
気の強そうなつり目の中から覗く蒼い瞳が、こちらをじっと見つめた。普段なら気まずくて目を逸らしてしまうのだが、なぜか目を逸らすことはできなかった。透き通るような瞳に新雪のような白い肌。エルフたちは美形揃いであるが、また別の美しさがあった。
「あの…手伝いを、とミラベルさんから…」
沈黙に耐えきれず、仁から再度声をかける。よく見ると服は質素で継ぎ当てがあり、あまり良い生活はできていないのだろうか。
「ありがとう…ございます…」
困惑しているような表情をしており、また沈黙が流れる。
「…僕は黒田仁です。ミラベルさんの所で今お世話になっています」
「…昨日の?」
頷いて答えると、そのまま少女は動かなかった。またも沈黙。警戒されているようには見えないが、緊張しているのだろうか。表情からは何も読み取れなかった。
自分も緊張しているのか、何を話せばよいのか分からない。
「…えっと、重い荷物は僕が運びますね」
沈黙に耐えきれず、仁はその少女が運ぼうとしていた小麦粉の袋を持ち上げた。少女が申し訳なさそうな表情をする。
「…あそこに運び…ます」
「わかりました。軽いものがあればそちらをお願いできますか?」
少女はコクリと頷くと、近くにあった木箱を持ち上げて一緒に目的地に向かい、少女の指示通りに作業を進めていった。仁は重い荷物を次々と運び、少女は比較的軽い荷物や整理を担当する。
作業がひと段落ついたところで、仁が作業の内容以外で話しかけた。
「…えっと…いつもこんな仕事を?」
「…洗濯や…薪運び…とか色々…」
少女は途切れ途切れであるが、しっかりと答えてくれる。ただし、顔はこちらを向くことはない。
「…大変ですね」
仁の言葉に、少女は少し顔を上げた。
「慣れて…ますから…」
「手伝えることがあったら言ってくださいね」
何気なく言った言葉に、少女はピタリと動きを止め、仁を見つめた。何かまずいことを言ってしまっただろうか…。
『二人とも~、お疲れさん~』
ふと現れたハーモニアが声をかけた。作業も一段落したのを見て声をかけてくれたのだろう。
「あ…」
少女がハーモニアを見上げた。
『ウチはハーモニアや!よろしくな、雪音ちゃん!』
「ハーモニア…さん。よろしく…お願いします」
少女は丁寧に頭を下げた。この女性の名前は雪音さんだったのか。とても似合っていると自然に思えた。
『んな硬い挨拶なんかいらんで~!仁君共々仲よ~してな~!』
ハーモニアの気さくな態度に、雪音は少し表情を変えた。
「……私で…良いの…ですか…?」
不思議な質問だった。
『当ったり前やん~!な!仁君!』
ハーモニアは軽やかに答え、仁も頷く。
「…私…半端者だし……人間でも…エルフでも…ないし……」
『種族とかそんなん関係あれへんよ~』
ハーモニアが当然のように答える。仁もこの言葉に救われたのだ。
『種族も何も、みんな同じやん?困ってたら助ける!嬉しかったら笑う!悲しかったら泣く!ウチの時代はそういうもんやったんやで!』
ハーモニアはにかっと笑い、雪音さんはハーモニアの方を不思議そうに見つめる。
確かにそうだ。昨日から見ている限り、エルフの人たちも人間も、基本的には変わらない。優しい人もいれば、厳しい人もいる。子供は無邪気で、大人は責任感がある。
「……ハーモニアさんの…時代…?」
『あ!ごめん!言ってなかったな!ウチは1000年前のエルフや!』
「…1000年」
雪音さんはハーモニアを見つめながら、また固まっていた。ミラベルさんが心配していたのは、こういうところなのだろうと何となく思った。
「……おばあちゃん?」
『んな!?』
ハーモニアからは効果音が聞こえそうなほど、ショックを受けた顔をしている。雪音さんはキョトンとしたまま固まっている。そんな二人の様子が面白くて、思わず笑いがこみ上げてくる。
『ちょ!仁君!ウチそんな事ないやろ!?な!?』
「…えと…その…見た目は…私と同じ…ぐらい…?」
雪音さんが訂正しようと入るが…
『'見た目は'って!その'は'はウチの見た目以外おばあちゃんって事やんかぁ!』
もう爆笑するしかなかった。
『も~!仁君!』
「えと……その……ごめんなさい……」
オロオロとし始める雪音は可哀想でもあるが、面白くて仕方なかった。
『ごめんなさいって!認めてるって事やんかぁ~!』
ハーモニアの涙声の悲痛な叫びは、森泉の村全体にこだまするのであった。
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荷運びの後に昼食を取り、今日の作業も終わった。
午後の作業では、仁は薪割りを、雪音は洗濯を担当していた。薪割りは力仕事でもあり、洗濯は女性用の肌着もあるので、この分担ということで落ち着いた。洗濯も力仕事ではあるが、女性用の肌着を触る勇気はない。
「…あの…」
雪音の方から初めて話しかけられた。なぜか少し緊張してしまう。
「…ありがとう…ございました……とても…助かり…ました」
「いやいや、お役に立てたなら良かったです」
『こき使ったってな~!仁君、雪音ちゃんの為なら頑張ると思うで!』
「…わかり…ました…?」
ちょっと不思議そうにハーモニアに同調する雪音さん。なぜだ。
ミラベルさんの所に戻ると、笑顔で迎え入れてくれた。
「二人ともお疲れ様!とても早くて助かったわ!はい!これが今日のお給金!」
ミラベルさんからお金を手渡されるが、一日の給金としては多い気がする。
「……あの…多く…ないですか…?」
雪音さんがお金を受け取る前に確認する。やばい、受け取ってしまった。
「いいのよ!今日は本当はもう一人必要だったんだから!それでもこの時間に終わったのだから、その分多くしてるだけよ!」
「…あ…ありがとう…ございます…」
雪音さんは丁寧にお辞儀して給金を受け取った。
「あの、泊めていただいている代金とご飯の代金を…」
「大丈夫よ。あなたも苦労してるでしょ?」
「いえ…いつここを出るかも分からないので…」
「ん~…それもそうねぇ…。ならこれぐらいで大丈夫よ!残りはあなたのお金よ」
ミラベルさんは相場と思える金額の半分以下の金額を提示してくれた。恥ずかしい話だが、ただ施しを受けるよりは気が楽になるので、ありがたく提案に乗せていただく。
「ありがとうございます」
仁も雪音に習ってお辞儀をする。
「いいのよいいのよ!私はこれから見張り番があるから、水浴びでもして休むといいわ」
ミラベルは水浴び場を指差す。
「雪音ちゃんも遠慮しなくていいからね!」
「…はい…ありがとう…ございます…」
『仁君、雪音ちゃんが可愛いからって覗いたらあかんよ~!』
「そんな事する訳ないだろ!」
ハーモニアがケラケラと笑いながらからかってくる。自分でも不思議なぐらい顔が真っ赤になっているのが分かる。まるで自分が覗きをしようとしているように思われるのではないかと、気が気でなかった。




