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STATIC【白と黒の物語】  作者: ー霧雨ーAI(Claude)との共同制作
第一章 運命の歯車
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第5話「境界線の少女」

森泉の村に住むハーフエルフ視点の話です

森泉の村で、いつもの一日が始まった。


白川雪音は、村外れの小さな小屋で静かに目を覚ました。15歳のハーフエルフの少女。銀色の髪は少し艶を失い、服は継ぎ当てだらけで色あせている。蒼い瞳が窓の外の景色を映しているが、その表情はどこか疲れていた。


長い耳がエルフの血を示しているが、純血のエルフほど長くはない。その微妙な違いが、雪音にとって永遠の悩みの種だった。


簡素な小屋だった。ここに住み始めて半年になる。家具はほとんどなく、わずかな生活用品があるだけ。壁には雨漏りの染みがあり、床板は所々きしんでいる。でも、雨風はしのげる。それだけで十分だった。


雪音は身支度を整えると、村の中心部へ向かった。今日も村人たちの洗濯物を手伝う予定だった。わずかな賃金だが、一人で生きていくには必要な収入だった。


洗濯の仕事を終えた後、雪音はいつものルーティンをこなした。井戸で水を汲み、パン屋でパンを買う。それだけのことだが、彼女にとっては緊張の連続だった。


「おはよう、雪音ちゃん」


パン屋のお姉さんが声をかけてくれた。ミラベルという名前だった。いつも優しく接してくれる。


「おはよう…ございます」


雪音は小さく頭を下げた。


「今日の分…お願いします」


いつものパンを買うためのわずかな銅貨を差し出す。


「はいはい」


ミラベルは慣れた様子でパンを包んでくれる。そして、袋の中にもう一つ小さなパンを入れた。


「あの…多いです」


雪音が慌てて言うと、ミラベルは笑顔で答えた。


「サービスよ。昨日の残りだから」


雪音の胸が少し痛んだ。きっと憐れんでくれているのだろう。みすぼらしい格好の自分を見て、同情してくれているのだ。


「ありがとう…ございます」


雪音は小さく頭を下げて、複雑な気持ちのまま代金を置いた。感謝はしているが、同時に惨めな気持ちにもなる。


同情されるほど、自分は哀れな存在なのだろうか。


「気をつけて帰りなさいね」


ミラベルの言葉に、雪音は再び頭を下げて小屋への道を歩いた。


途中、子供たちが遊んでいるのが見えた。楽しそうな笑い声が聞こえる。雪音は立ち止まって、その光景を見つめた。


「あ、雪音お姉ちゃんだ」


一人の子供が気づいて手を振った。雪音は戸惑いながらも、小さく手を振り返した。


「一緒に遊ぼう!」


別の子供が声をかけてくれた。雪音の心が少し温かくなる。でも、すぐに不安が湧いてきた。


「でも…」


雪音が躊躇していると、子供たちの母親らしき女性が現れた。


「こら、雪音さんを困らせちゃダメよ」


女性は雪音に向かって微笑んだ。


「すみません、子供たちが…」


「大丈夫…です」


雪音は慌てて答えた。女性の笑顔は優しかったが、どこか距離感を感じる。きっと気のせいだろう。そう自分に言い聞かせた。


子供たちは母親に連れられて去っていく。雪音は一人、その場に残された。


あの距離感は気のせいだろうか。それとも、やはり自分は完全には受け入れられていないのだろうか。


森泉の村の人たちは親切だった。洗濯や薪運び、畑の手伝いなど、ハーフエルフの自分にも仕事をくれる。賃金は少ないが、なんとか生きていける。でも、どこかに見えない壁があるような気がしていた。


完全に受け入れられているわけではない。そんな感覚がいつもある。きっと自分の思い込みなのだろう。でも、その思い込みを払拭することができない。


その理由は、半年前の出来事にあった。


---


『ハーフエルフなんて、穢れた血で気色悪い』


『エルフでもない、人間でもない。忌まわしい異物』


『お前みたいな汚らわしい混血は、どこにも居場所なんてないんだよ』


前に住んでいた村での出来事だった。雪音は涙を流しながら、荷物をまとめて村を出た。その時の言葉が、今でも心に深く刺さっている。


あの村の人たちは、雪音の顔を見るだけで嫌悪感を示した。エルフの血を引いているのに純血でない。人間の血も流れているのに人間でもない。


「エルフの村に相応しくない忌まわしい異物」


その言葉が一番辛かった。今でも「穢れた血」「汚らわしい混血」という言葉が心に深く刺さっている。自分は何者なのか。どこに属すればいいのか。答えが見つからないまま、雪音は彷徨い続けていた。


森泉の村に辿り着いた時、雪音は絶望していた。またここでも追い出されるのではないか。そんな恐怖が胸を支配していた。


しかし、森泉の村の人たちは違った。露骨な差別はしなかった。むしろ、困っている雪音を助けてくれようとした。


セレン村長は住む場所を提供してくれた。ミラベルさんは毎日パンを売ってくれる。他の村人たちも、特別に冷たくはしなかった。


でも、それでも何かが違う。完全に受け入れられているわけではない。そんな感覚がいつもある。


---


夕暮れが近づいた頃、雪音は小屋で静かに夕食の準備をしていた。


手は荒れ、爪の間には洗濯石鹸の匂いが残っている。今日も一日働いた証拠だった。


「今日も…一日終わり」


雪音は誰に向かうでもなく、小さく呟いた。いつもの習慣だった。一人でも、言葉にしていたい。そうでなければ、自分が消えてしまうような気がしていた。


そんな時、大きな悲鳴が聞こえてきた。


「人間よ! 人間が現れた!!」


雪音は驚いて窓から外を見た。夕闇の中、村人たちが慌てふためいている様子が見える。


人間?この村に?


雪音の心に、複雑な感情が湧いてきた。人間に対する恐怖。でも同時に、微かな期待も。


人間の血も流れている自分にとって、人間は敵なのか、それとも…。


雪音は小屋を出て、騒ぎの中心部へ向かった。村人たちが集まっている広場に、一人の少年が立っていた。


黒い髪、鋭い目つき。でも、その瞳には不思議な優しさがあった。


13歳くらいだろうか。雪音より年下の人間の少年。


「確かに人間のようだが……一人のようだ。武器も見当たらない」


セレン村長が冷静に状況を判断していた。


雪音は遠くから少年を見つめた。人間。自分の中にも流れている血の持ち主。


少年は何かを説明していた。AI軍との戦闘に敗れた、唯一の生存者だと。


雪音の心が痛んだ。この少年も、一人なのだ。仲間を失い、行き場を失った存在。自分と同じような、居場所のない存在なのかもしれない。


そんな時、少年の隣に半透明の女性が現れた。


エルフだった。長い金髪、特徴的な耳。でも、普通のエルフとは何かが違う。


『いや、ウチもエルフや。ただ、魂だけの存在になってしまっとる』


変わった言葉遣いだった。でも妙に力強く…ただその続きの言葉に雪音は衝撃を受けていた。


『この子が死にかけとったからや。それ以外に理由が必要か?』


死にかけていたから助けた、という理由。種族など関係ないと。


雪音の胸に、微かな希望が芽生えた。


エルフが人間を助ける。そんなことがあるのだろうか。種族の壁を超えることができるのだろうか。


「ぐすっ……こんな子供が!!! そんな悲しい目に……!!!!」


村人たちが泣き始めた。少年の境遇に心を痛めているのだ。


雪音は複雑な気持ちだった。人間の少年は、こんなにも心配されている。自分は半年いても、まだ完全には受け入れられていないのに。


でも、それは嫉妬ではなかった。むしろ、少年への共感だった。同じように居場所を失った存在として、少年の痛みが分かる気がした。


「ぐすっ……いつまでもここに居なさい……その様な境遇に種族など関係ない……」


種族など関係ない。


その言葉が、雪音の心に深く響いた。本当にそうなのだろうか。自分も、種族に関係なく受け入れてもらえるのだろうか。


雪音は遠くから少年を見つめていた。黒田仁という名前だと言っていた。騒ぎが収まると、人影はまばらになり、雪音は静かに小屋に戻った。


その夜、雪音は小屋を出て、夜風に当たることにした。月が美しく輝いている。満月に近い、大きな月だった。


小屋の前の小さな切り株に腰を下ろし、雪音は夜空を見上げた。


半透明のエルフの言葉が頭から離れなかった。変わった話し方をするエルフ。助けることを当然だと。


あの言葉が、雪音の固定観念を揺さぶった。種族の違いなんて、本当はどうでもいいことなのかもしれない。


でも、それでも不安は消えない。自分は本当に受け入れられるのだろうか。


もしかしたら、自分の探していた答えが見つかるかもしれない。エルフでもない、人間でもない自分が、どこに属すればいいのか。


雪音は月を見つめながら、静かに考えていた。明日への微かな希望を胸に抱いて。


遠くで、小さな光の粒が舞っているのが見えた。まるで星のように美しい光。


ハーフエルフの少女の心に、初めて本当の希望が宿った夜だった。

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