第4話「森泉の村」
イメージ通りの編集が出来ず四苦八苦して遅くなってしまいました
車体に響く金属音が突然止んだ。エンジンの最後の息遣いが静寂に溶けていく。
『あーもうあかんかぁ~』
ハーモニアの声に諦めが滲んでいた。
仁は車から降り、周囲を警戒しながら見渡した。木々の間から木造の城壁が見える。まだ距離はあるが、徒歩でも到達は可能だろう。
しかし問題は時間だった。西日が木々の間から差し込み、長い影を作っている。夜になれば魔獣の縄張りとなる。
「俺一人なら、とうにここで行き倒れていた」
仁はハーモニアに向き直る。
「君がいなければ、ここまで来ることはできなかった」
ハーモニアの表情が一瞬和らいだが、すぐに真剣な顔に戻った。
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獣道とも呼べない森の中を、二人は慎重に進んだ。足音を殺し、時折立ち止まって周囲の気配を探る。
やがて村の城壁が見えてきた。深い堀と高い塀に囲まれた要塞のような造り。しかし炊事の煙が立ち上っているのを見て、仁は少し安堵した。
『うん、ここやね。でも……』
ハーモニアの声が曇った。
「どうした?」
『人間に対する恐怖心が強いみたいや。かなり警戒されるかもしれん』
仁の胸に嫌な予感が走った。これまでエルフとの関係で良い思い出はない。蔑みの視線、心ない言葉。そして今度は恐怖。
「大丈夫なのか?」
『……正直、分からん。でも他に選択肢はないやろ?』
跳ね橋の前で立ち止まる。見張り台から視線を感じた瞬間——
「きゃあああああ!!!」
女性エルフの恐怖に満ちた悲鳴が夕暮れの空に響く。手にしていた物を落とし、慌てふためいて城壁内へと駆け込んでいく。
「人間よ! 人間が現れた!!」
警鐘が鳴り響く。城壁の上に次々と弓を持ったエルフたちが現れた。矢じりが夕日に光る。
仁は両手を上げ、敵意がないことを示した。
「落ち着け!」
威厳のある声が響いた。白髪の老エルフが現れ、混乱する村人たちを制止する。
「確かに人間のようだが……一人のようだ。武器も見当たらない」
「村長、危険です! 人間など信用できません!」
「いえ、村長様。あれは子供のように見えます」
エルフたちがざわめく中、仁は毅然とした態度で答えた。
「この付近でAI軍との戦闘に敗れました。私は唯一の生存者です」
『それで死にかけてたこの子を、ウチが助けたんや』
ハーモニアが現れると、エルフたちの表情が変わった。
「……精霊様ですか?」
『いや、ウチもエルフや。ただ、魂だけの存在になってしまっとる』
老エルフの目が鋭くなった。
「同胞であると? では、なぜ人の子を?」
『この子が死にかけとったからや。それ以外に理由が必要か?』
緊迫した空気が流れる中、老エルフが村人たちと相談を始めた。
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そして跳ね橋が降ろされ、村に招かれた時——
「ぐすっ……こんな子供が!!! そんな悲しい目に……!!!!」
突如として始まった、エルフたちの大号泣大会であった。
互いに自己紹介は済み、戦災孤児になった経緯、今回の任務での悲惨な結末を語った。するとどうだろうか。受け入れてもらえた事は素直にありがたいが……どうしてこうなった。
『ちょ……! もうやめぇや!!』
ハーモニアもこの空気には耐えきれないようだ。
ハーモニアも自身を封印し魂だけになった経緯を簡単に話していたが、そこでも号泣していた。さっきまでの威勢はどこへ行ったのやら……。
「ぐすっ……いつまでもここに居なさい……その様な境遇に種族など関係ない……」
先程の老エルフ——もとい村長エルダー・セレンは涙を流しながら仁を受け入れてくれた。
「あ……ありがとう……ございます……」
「そうよ!! こんな子供を見捨てるなんて!! 私たちにはできないわ!!」
最初に悲鳴をあげていたミラベルが鼻をズピズピ鳴らしながら仁を抱きしめる。さっきとは大違いだ。そして苦しい。
「我々は君を歓迎する……! まずはしっかりと身体を休めたまえ……!」
リーフと名乗った、セレン村長の護衛についていた女性は涙こそ流していないが、目元を赤くしながら鼻をすすっている。
「ただ、長居をすると……迷惑をかけるかもしれません……」
「何を言っているの」
ミラベルが優しく微笑んだ。
「あなたはまだ子供じゃない。大人が子供を助けるのは当然のことよ」
そうだそうだと野次が聞こえる。
『ほんま優しい人たちやなぁ』
ハーモニアが嬉しそうに言った。
こうして仁は『森泉の村』で、暫し過ごす事になるのであった。
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村の外れにある小さな家の一室を貸してもらい、ミラベルに温かい食事をもらい、清潔なベッドで眠ることができた。
しかし完全に安心できるわけではなかった。直接話していた村人たちは親切だったが、そうでない者たちはまだどこか警戒している様子だった。特に子供たちは、仁を見ると親の後ろに隠れてしまう。
「仕方ないか……」
夜、ベッドに横になりながら仁が呟いた。
『大丈夫やよ。時間が経てば、きっと分かってもらえる』
ハーモニアが励ますように言った。
「そうだといいけど……」
仁は天井を見つめた。
「なぜあの人達は……あそこまで人間を恐れていたのだろうか……」
ハーモニアが複雑な表情を浮かべた。
『……色々あるんやろうね。どんな時代でも場所が変わると、知ってる事と違うなんてよぉある事や……』
「本当に今日は知らない事だらけで頭が追い付かないよ」
『人生はこれからや、しっかり休みや?』
ハーモニアともこの集落のエルフとも、さっき知り合ったばかりであるが、自分を拾ってくれた部隊のような暖かさを感じていた。
心配そうに顔を覗き込むハーモニアにお礼を言い、寝ることにする。
「そういえば、どこで寝るって話だけど……」
「まさか同じベッドとか言わないよね?」
『え〜! バレてもうた〜!!』
ハーモニアがわざとらしくがっかりした。
「バレるも何も……」
『冗談や冗談〜! おやすみ〜』
光の粒になってペンダントに入っていく。
たった一日で、人生が大きく変わった気がする。そんなことを思いながら、仁の意識は遠のいていった。
ハーモニアは静かに仁に眠りの魔法をかけ、そっと見守っていた。
『ゆっくり休んでな……』
ハーモニアは寝息を立て始めた仁の横に座り、そっと頭を撫でる。ただその手は髪を揺らすこともなく、白い半透明の手が通り過ぎるだけであった。
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外は月明かりが村を照らしていた。美しい満月の夜。
ハーモニアはふと外を見ると、そこに一人の影があるのに気付くのだった。