第11話「迫りくる影」
セレン村長とリーフさんが彼女の事を話し、自分は返事をした後暫しの沈黙が流れる。
二人が顔を見合わせてから一息のみ、セレン村長が話を続ける。
「…実は、今日君を呼んだのは雪音さんのことだけではない」
セレン村長が机の上の書類に目を向けた。
「今朝、隣村から使者が来た。緊急の報告を携えてな」
リーフさんが地図を広げながら続ける。
「機械の集団が各地で襲撃を開始しているとのことだ。恐らくAI軍だろう」
仁の血の気が引いた。AI軍。あの日、部隊を壊滅させた敵。
「まさか…」
「君の反応を見ると、やはり仁君の部隊が全滅したのは本当のようだな。疑っている訳ではなかったが」
セレン村長が鋭く見つめた。
仁は拳を握りしめながら答えた。
「…はい。僕の部隊の任務はあくまでも偵察でした。予想外のところにAI軍がいて、皆…殺されました……」
重い沈黙が部屋を包んだ。
「そうか…」
セレン村長が深刻な表情になった。
「では仁君は、奴らの強さは身をもって知っているという事だな…」
「はい…奴らは効率的に殺戮を行います。人間の動きを予測し、確実に止めを刺してきます。12名の部隊でしたが…先鋭揃いの先輩方を数分で……」
仁の声が震えた。あの時の記憶が蘇ってくる。
先輩達は軍の中でも特に成績優秀な粒ぞろいだった。
模擬戦でも負け知らずと言われた部隊で、自分がその中に入れたのはAI軍に家族を殺され、次は自分だという時に救助してくれたのが田村隊長だった。
家族を失い行く当てのない自分が、軍に入りたいと田村隊長に懇願した。
頑なに断られたが、諦めきれない自分を見かねて出された無理難題の課題を自分がクリアしたからだ。
隊長たちとの思い出が蘇る。「お前はまだ子供だ。無理をするな」
部隊の皆が自分を気に掛けてくれており、新たな居場所はここだと確信していたのだ。
それがものの数分で砕け散った。
戦闘と言うよりもただの虐殺であった。
「………仁君、知っている事を教えてくれないか?」
はっと我に返る。
セレン村長もリーフさんも最初の真剣さは失ってはいないが、心配そうな顔をしている。
よっぽど自分の顔色が悪かったのだろう。
「使者の話では、今のところ数は多くないと聞くが正確な数は不明だそうだ。だが襲撃を受けた所はどうなっているか分からん」
嫌な汗が流れる。恐らくそこはもう………
セレン村長が地図上の複数の点を指差す。
「この村周辺でも、不審な機械が目撃されているという」
仁の心臓が激しく鼓動した。
「それは…いつ頃の話ですか?」
「昨夜から今朝にかけてだ」
セレン村長が仁の顔を見つめた。
「仁君、君はAI軍と実際に交戦したこの村の唯一の存在だ。村を守るために協力してくれないか」
仁は部隊が全滅した日のことを必死に思い出した。田村隊長の最期、佐藤先輩の笑顔、そして…
「…通常の戦術では勝けません。奴らは人間の何倍も正確で、感情の類がありません。性別、年齢かかわらず確実に排除しようとしてきます」
「魔法は効果があるのか?」
「正直分かりません。僕の時は魔法を使う人がいなかったので…。ただテクノスの技術…と言うと変ですが…通常の実弾で倒すのは難しく、特殊な弾丸を使うことで撃破していました。着弾してから爆発が起こる弾頭で確実に破壊していました」
リーフが腕を組んで考え込んだ。
「…中々に厄介だな。銃の知識は多少あるが…あれはこの村に存在しないものだ。実弾で倒すのが難しいという事は通常の弓で倒せるとは思えん…。この村には魔法使いが何名かいるが…、弓に応用するとなると…」
「だからこそ…」
セレン村長が静かに言った。
「雪音さんの申し出も、真剣に検討すべきなのかもしれん」
仁が慌てて立ち上がった。
「それは絶対に止めてください!彼女を危険に巻き込むわけには…!」
「仁君」
セレン村長が静かに制した。
「気持ちは分かる。だが、状況を理解してくれ」
リーフが地図を指しながら説明する。
「この村の戦力は限られている。戦える魔法を使える者は少ない、武器を扱える者もそう多くはない。もしAI軍が本格的に攻めてきたらどうなるか…。君の話を聞くまでは何とかなると思っていた節があったが…正直考えたくないな……」
「でも…」
「雪音さんは特殊な魔法を使える。これは大きな力になる」
セレン村長が続けた。
「そして何より、防衛が失敗したらどうなる?雪音さんだけじゃない。皆殺されてしまうのだろう?」
心の中で、様々な感情が渦巻いた。彼女を守りたい気持ち、村を守らなければならない責任感、そして…
「仁君一人で抱えられる問題ではない。誰かを犠牲にしない為にも全力で戦おうではないか」
セレン村長は優しく諭すように言った。
「君と雪音さん、お互いの気持ちをきちんと伝え合うことが必要だ」
「……分かり…ました」
彼女に戦ってほしくない…。
ただ自分があの時のように殺された場合、自分が死んだとしても防衛が成功すればまだ良い…。
もし村が防衛に失敗したら、それはもう皆殺される……。
「まぁ、君のような子供に頼らないといけないのは正直恥ずかしいんだがな」
セレン村長の雰囲気が急に柔らかくなり、リーフさんが困惑しているように見える
「その、あれだ。本当は我々だけで解決したかったんだがな。如何せん情報が無さ過ぎて対応に困っていたのだ。本当は噂程度の段階で君に相談しておけば良かったのだが…すまない」
リーフさんが慌てて補足するように付け足す。
「正直君に戦えと言いたくはないんだ。君はまだ子供だ。この村で子供らしく過ごしてほしかったんだ。雪音さんもそうだ。君も彼女も色々と苦労していたのは分かっているからな…。だがこの状況ではそうも言ってられなくなった」
「……僕は元々戦うつもりでしたよ」
リーフさんの表情が沈むのは不思議だった。
元々テクノス側とは言え自分は軍人だ。戦うのは当然であり、そこに年齢は関係ない。
この村に来れた事、村のみんなとても良くしてくれている。自分の命を天秤にかける必要もない。
ただこの村を…彼女を守りたい。
「そうだろうな。だから余計に言えなかったんだ。力を貸してほしい…だがその前に君の迷いは断ち切る必要がある。私は誰も死んでほしくない」
「……そう…ですね」
迷っているつもりは全くないが、リーフさんの言う迷いはきっと彼女の事だ。
自分の中で答えが決まっている事に迷うというのがわからない…。
「本当は君の悩みの相談に乗りたいが、時間がない。早速ですまないが、君の知っているAI軍の情報を教えてくれ」
「…分かりました。僕の知っている情報はそこまで多い訳ではありませんが、分かる範囲でお伝えします」
「すまない。頼りにさせてもらう」
セレン村長とリーフさんに自分の知っている情報を思い出せる限り話し尽くした。
その後、最低限の見張りを残し招集をかけ見張り番にも情報共有を行った。新しい疑問にも分かる範囲で答えていく。
銃火器を使用することはやはり一番の脅威であり、火急の対応を行うことになった。
途中から現れたハーモニアが防御魔法の強化を伝授していく。
皆真剣だった。
いつかのあのゴリマッチョエルフは謎の魔法を教えてもらい喜びの咆哮をあげていた。
ハーモニアも『ええで!!それでこそナイスバルクや!!』と別のやる気を見せている。……怖いので近づかないでおこう。
顔は少し筋肉質なイケメンエルフなのだが、首から下は軍用車両のようなあの体は何というか…いや今は考えるのはやめよう……。
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一通りの話合いと早急に出来る魔法の訓練…と言っても防御魔法は自分には適性がないのか全く使えなかったのが悔しいが。それを終えて帰路に着く。
正直足取りは重く、頭の中では、AI軍のことと彼女のことがぐるぐると回っている。
家に近づくと、彼女の姿が見えた。
やはり今は話す気になれない。
この一週間、避け続けてきた理由も変わらない。
何を言われても、彼女を危険にさらすわけにはいかない。
軽く頭を下げ扉に近づこうとすると呼び止められた。
「…仁君」
振り返らずとも分かる、あの優しい声。
「お話が…あります…」
振り返れない、今顔を見たら自分はどうなるのか……。
でも足を進めることも出来なかった。
「……お願い…します!」
彼女の声に、いつもとは違う強さがあった。
「私の力を…見て…ください!」
力…!?どういう事だ!?
思わず振り返ってしまった。そこには真剣な表情で立っている美しい彼女がいた。
やっぱり綺麗だ……。
「力って…何の話ですか…!」
「もし…私が…!足手まとい…なら…!もう…何も…言い…ません…!」
彼女が手を前に向けた。青い光が集まり始める。
光が形を成していく。美しい氷の花が、宙に浮かんだ。
「これは…」
仁は驚いて目を見開いた。氷魔法が、以前より格段に上達している。
「ハーモニアさんに…教えて…もらいました…」
氷の花がゆっくりと回転しながら、日が暮れているというのに僅かな村の光を拡散させながら反射させ輝いている。
「…毎日…練習…しました…」
氷の花は宙に留まってゆっくりとまだ回っている。
つまり彼女は今も魔法を使い、物を浮かせる程に精密にコントロールしている。
魔法の修練をしたものなら、一瞬で卓越した技術だと判断できる。
力強い彼女の目がまっすぐ見つめてくる。
そんな目で見ないでほしい。彼女のつり目と美しい瞳から覚悟が嫌でも伝わってくる。
いつもの気弱な彼女ではなく、ハッキリと自分の意思を強く持っている。曲げない覚悟があるとその瞳から伝わってくる。
「…お願いが…あります!」
『雪音ちゃん…』
ハーモニアが心配そうに現れた。しかし彼女の決意が変わらないのはもうわかってしまっていた。
「…私と…模擬戦を…してください!」
「……模擬戦」
魔法の力が上がったのは間違いない。
だが模擬戦とはまた違う技術だ。まさか戦闘も訓練していたというのか?
「条件が…あります…!」
振り絞るように話す彼女は見ていて痛々しい。
本当はそんな事をしなくても話がしたい。
ただこんな戦争に関する事ではなく、ただ笑いあえる話を……。
「…もし…私が…仁君に…勝てたら!!話を…ちゃんと…聞いて…ください!!」
セレン村長にもリーフさんにも話し合うように言われた。
模擬戦は彼女に諦めてもらう良いきっかけになるかもしれない。
そう思った時、彼女の口から出た言葉は自分の胸を刺されるような痛みが走る言葉だった。
「……私…が…負け…た…ら……。もう…仁君……に…は……話し……かけ…ま…せん………」
声が震えて枷れていくように小さくなっていた。
「いや…!それは…!!」
「この…条件…で…お願い…しま…す……」
迷いとはこんな事なのか…?
彼女が諦めてくれるのは喜ばしいことだ、でも…そうなると話をする事が出来なくなる……それは嫌だと思ってしまう。
嫌われてでもあの戦場に立ってほしくないと思う自分と、話せない事を酷く恐れている自分。
頭では分かっているはずなのにどうして苦しいのか…。
『雪音ちゃん、そこまでせんでも…』
ハーモニアも慌てるが、彼女は首を横に振った。
靡く短い髪が彼女の決意に満ちた瞳を際立たせる。
「…お願い…します……」
「………わかり…ました」
もっと別の道は無かったのか……。
そう思ってしまう……。
「ハーモニアさん…審判…お願い…できますか…?」
『……わかった。二人とも…ええんやね……?』
コクリと頷いた時、自分たちの息はピッタリだった。
彼女を戦場に立たせるのか、話せなくなるかこの二択でなければきっと笑いあえていたのだろう。
あの日のあの夜のあの場所。
三人で向かい合った。
彼女は大柄な大剣を模した木刀を自分は薙刀を模した棒を。
小柄で華奢な彼女にはとてもアンバランスに見える。
だが負けに来ている訳ではないのは目の奥に光る真剣さから伝わってくる。
ルールはリーフさんの時と同様、一撃を入れた方の勝ち。
その他のルールは無用。魔法を使ってもよし、卑怯な手を使ってもよし。
ハーモニアの掛け声と共に数手打ち合った。
結論はというと彼女の魔法と剣に全く敵わなかった。
打てば防がれ、攻撃も移動も目で追えない速さだった。
彼女の大剣の捌きも、魔法もどれも達人と言っても遜色ない程であった。
剣で間に合わない攻撃を打てばそこに光の壁が一瞬で現れ、大振りの振りかと思えば先に氷の礫が飛んでくる。
体勢を立て直す余裕もなく続く連撃。
言うまでもなく、数秒の打ち合いであっけなく決着がついた。
リーフさんの言う迷いなど関係ないぐらいに圧倒的な力を見せつけられた。
最後は剣でも魔法でもなく、左手で額をコツンと小突かれて音もなく、とても優しい一撃でこの模擬戦は終わったのであった。




