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第4話 転校生と幼馴染の修羅場? いいえ、平和です

 ぼくらが食堂に辿り着くと、一番活況な時間帯は過ぎたようで、テーブル席に座っている生徒たちはまばらだった。


 結局、耶衣子ちゃんが溜息をつきながらも助けてくれて、ぼくは二人から解放された。あと少し遅ければ、腕が脱臼していたかもしれない。二人は夢中になっていたから、それでも止まらなかったんじゃないかと思う。考えたくない。


「ネリーが悪いのデス。リオンの腕を引っ張るから」

「メグだって引っ張ってたろ。ボクより強かったよ」

「二人とも、落ち着いて食べて」


 テーブル席で隣に座る耶衣子ちゃんはお弁当を摘まみながら、二人を仲裁した。


 耶衣子ちゃんは二人の母親役を買って出てくれたようだ。正直ぼく一人では大変に手に余っていたから、耶衣子ちゃんには感謝しかない。


 正面に座っているメグとネリーは口を尖らせて、不満げだ。


「むー……わお、デリシャスね‼」


 メグはなんとも器用に、ナイフとフォークでカツ丼のカツを小さく切って、口に運んだ。


「うん。美味しい」


 一方のネリーは、カレーライスをぱくぱくと食べている。


「二人は双子の姉弟なんだね。通りで、最初に会った時に似てると思ったよ」

 

 マーガレットが姉で、コルネオーリが弟――ということになっている!


 食堂に向かう途中で、ぼくとメグ、ネリーは、耶衣子ちゃんに隠れてこっそり口裏を合わせていた。

 正直、いつまでボロを出さずにいられるか分からないけど、ネリーたっての希望だから手伝うことに決めた。日本での短い学校生活が、彼女たちにとって良い思い出になればいいなと、ぼくは思ったから。


「ところで、なんでネリーはぼくのことを知ってたの?」

「そのことなら……これデス!」


 メグはスマートフォンを取り出して操作してから、ぼくたちに差し出した。


 そこには耶衣子ちゃんに襟を摘ままれているときの、ぼくと耶衣子ちゃん、そして一番手前にピースをしたメグが映っていた。メグの片手が見切れているので、自撮りしたのだろう。


「ジャパニーズ、サムライ! 日本の紳士と出会いました、とネリーに伝えたデス!」

「侍はイギリス的には騎士なんじゃ……」

「ボクもそう思う。メグは日本語が下手」

「いいんデス! これから上手くなりマス‼」


 細かいニュアンスは置いておいて、ネリーもそうだけど、メグだって随分流暢に日本語を扱う。ぼくは異国でこんなに堂々と英語を使えるだろうかと思うと、二人を凄いと思うと同時に、自分のことが少し恥ずかしくなった。


「ヤイコ。日本語教えてプリ―ズ!」

「そうね、こんなのはどう。『世間ではよくある話なのだ。信心深げな顔つきと恭しい態度で、悪魔の本性一面に砂糖の衣をまぶすのは』」

「わお、ハムレットですネ!悲しいお話」

「詳しいのね」

「オフコース。なんといってもシェイクスピアはイギリスの誉れデスので‼」


 ふふん、と自慢げにメグは胸を張った。


 ハムレット――読んだことはある。謀殺されたデンマーク国王の息子、ハムレットが、謀の黒幕である叔父のクローディアスに復讐を果たす、そんなお話だった。ぼくは台詞を諳んじられるほどに読み込んではいない。よくメグは知っていたものだと思う。イギリスでは当たり前、なのだろうか。


 気付くと、メグは綺麗にカツ丼を食べ終えて、こちらをじっと見ていた。


「……何かな?」


 メグは、いやネリーもだけど、突拍子がないことを言い出すから、ぼくは控え目に問いかけた。彼女たちの変なスイッチが入ってしまわないように。


「リオンとヤイコは、私の、日本の最初のフレンズ。だから学校のこと、日本のこと、教えて欲しいデス‼」

「いいの? ぼくたちで」


 ぼくは少しばかり自信がなかった。耶衣子ちゃんならまだしも、ぼくはメグやネリーに教えられるほど、この学校に詳しいだろうかと、そんな考えが頭を過ぎったからだった。


「シュア。二人だからいいのデス‼」


 メグは、テーブルの上のぼくの左手と耶衣子ちゃんの右手をとって一つに重ねた。

 ぼくと耶衣子ちゃんの手は、メグの温かい手に包まれた。


「宜しく、お願い申しますデス‼」

「ボクも一緒だからねっ」


 ネリーも負けじとメグを押しのけて、一つに合わさったぼくたちの手に、自分の手を重ねた。


 ぼくの答えは、わざわざ言うまでも無かった。


 物は壊れることがあっても、思い出は生きている限り残り続ける――それがぼくの持論だ。

 

 思い出が醸成した『ぼく』は、思い出によって形作られる唯一の『ぼく』として存在を続けるし、たとえ思い出を記憶の海から拾い出すことが出来なくなる日が来たとしても、脳の大脳皮質に刻み込まれた記録は消えることはなく、その人と在り続ける。


 ぼくはどこまで行っても大したことの無いぼくだけれど、ぼくみたいな薄っぺらい人間が、マーガレットやコルネオーリ、それに耶衣子ちゃんを形作る思い出の一つになれるんだとしたら、それ以上の事って、ないだろう。


 ただ、二人の提案を受け入れるにあたって、ぼくには差し当たり一つ、しなければいけないことがあった。


 ぼくはアンフェアが嫌いだ。もし彼女たちが人選を間違えたと後から思うようなら、これはお互いにとってマイナスになる。断っておくが、ぼくは自己開示が好きな自己愛者ではない。


「オーケー。喜んで二人の案内役を務めたいと思うよ。でも、その前に二人にぼくのことをちゃんと知ってもらわなくちゃいけないんだ」


 耶衣子ちゃんの顔が、心なしか強張った気がした。


 ぼくの思い過ごしかもしれないけど、最近はいつも隣に居るから、なんとなく、彼女の心情の機微みたいのが分かるようになってきたかもしれない。ぼくも成長しているということだ。


「——ぼくには、この四月より前の記憶が、無いんだよ」


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