わたしのものを奪っていく義妹を、塔の頂上から突き落とした話
屋敷の敷地内の最も陽光が降り注ぐ場所に築かれた、白磁の塔。それは愛しい彼がわたしのために築いてくれた、わたしだけの聖域。わたしだけの静寂。
天まで貫く象牙色の円柱は、神殿のような威容を誇っている。
塔の中層には、深紅のビロードを敷き詰めた瞑想の間が存在する。そこで外界の喧騒を断ち、半月の形の瞳を閉じて、彼が仕事から帰ってくるのを待つのがわたしの日課だ。彼には内緒だけれど、古くなった彼のお召しものを敷いて、その香りに顔を埋めながら微睡むのが大好きだ。
中層から螺旋の回廊は上に続く。一歩、また一歩と高みへ登るたび、わたしの心は弾む。彼に何度も「軽やかな足取りで登るんだね」と微笑まれたのを思い出す。
そして最上階。塔の頂には、円座が一つ、設えられている。そこに身を沈めれば、まるで雲に抱かれているような浮遊感に包まれる。眼下には、彼の領土が広がっている。
「ルナ、そこから見る景色は最高だろう?」
いつも彼が、顔を覗き込んで、そう囁く。わたしは恥ずかしくて、いつも顔をプイと背けて、横を向く。だけど彼には、わたしの気持ちは筒抜けだ。だって、そうするたびに、彼は決まって嬉しそうにニコニコと目尻を下げて、わたしの頭を撫でるのだから。
だけど、そのわたしの聖域に、土足で踏み込んできた女がいた。それは、人懐っこく活発な性格をした、ソマリ。一月前に、彼が新しく雇った侍女の、娘。
わたしはこの塔が、わたしだけの聖域であって欲しかった。
そんなわたしの気持ちを、ソマリが慮ることはない。思えば彼女が屋敷に来た最初から、そうだった。
「ずるい! ずるい! わたしも欲しい!」
ソマリがそう言うたびに、わたしのものは奪われていった。装飾品も、食べ物も、居場所も。そして彼の心も、もはやわたしだけのものではないことを理解している。
白磁の塔の最上階。ここだけは、わたしの場所。最後の砦。絶対に、泥棒猫に奪わせない。
わたしはソマリを、じっと静かに見据えた。
「お姉様、お義父様が、『ソマリも最上階に登ってごらん』って勧めてくれたのよ?
だから私にも、ここでくつろぐ権利があるよ。ごめんあそばせ」
ソマリはすました足取りで、わたしの真横にやってきた。そしてクスクスと、楽しそうに笑った。
「お姉様だけのものが残っているなんて、ずるいわよ? お義父様が、お優しい方で良かったわ」
ソマリはとうとう、わたしの逆鱗に触れた。気がつけば、わたしはソマリの左頬をぴしゃりと全力で叩いていた。
その直後。
「あっ……」
という声とともに、ソマリがたたらを踏んた。彼女は塔の端で虚空を掴む。けれど努力空しく、彼女は真っ逆さまに落下していった。
地上に激突する鈍い音。
塔の端に駆け寄り下を見てみれば、彼とソマリの母である侍女が、目を丸くして、塔の上を見ていた。
見られていた!
言い逃れは、できない。彼も、あの侍女も、決してわたしを許さないだろう。
でも、そんなのは、わたしは我慢できない――。
わたしは大きな声で、彼の名を叫んだ。彼があわてて塔へ駆け寄って来るのが視界に入る。それだけでわたしは満足だ。
大好きな彼の胸の中へ。
わたしは躊躇うことなく、塔の真下からわたしを見上げる彼の元へ、飛び降りた。
※
暗い檻の中が、わたしの記憶の始まりだ。
わたしは由緒正しき『シンガープラ家』の血を受け継いでいた。しかし、誘拐されたのか、没落した家が売ったのか。気づけばわたしは、冷たい鉄格子の中に捕らわれていた。
王国の発行する家系証明書が、わたしの身を守った。わたしは高額で取引される商品だった。おかげで衣食住に困ることはなかったし、虐げられることも、労働を強いられることもなかった。それでもやはり、怖いものは怖かった。母や父はどこに行ったのか、ここは何処なのか。
当時、わたしはまだ幼子だったのだ。
わたしはただただ高値のつく商品として、売られるのを待つ身であった。そこへ現れたのが、彼だった。
「君の目は美しいね。どうか、僕の傍に居て欲しい」
怯える私の前にひざまづき、小さなわたしに目線を合わせた彼は、わたしの手をそっと優しく包み込んでそう言ったのだ。春のお陽様のような温かな声。それが彼の出会いだった。
屋敷に連れて帰られると、彼はわたしの瞳を覗き込んだ。
「今日から君は『ルナ』だ。君のアーモンド型の目が、美しい半月のように見えるから」
ルナ。
新しい名前が、わたしの孤独だった魂に刻み込まれた。彼は、わたしの小さくて華奢な身体を「まるで小さな妖精のようだ」と比喩し、壊れ物を扱うように大切に扱ってくれた。
「ルナ、君は本当に可愛いね。その小さな体で、僕の人生を魔法のように彩ってくれよ」
これが彼との生活の始まった。
朝、カーテンの隙間から差し込む光がわたしの睫毛を揺らす頃、彼はわたしの枕元へやってきた。彼はその手でわたしの頭を優しく撫でると、耳元で愛を囁いた。
「おはよう、ルナ。今日も世界で一番可愛いね」
その言葉は、どんな宝石よりも私の心を潤した。
朝食の時間には、彼は自らキッチンへ立ち、最高級の肉を細かく刻み、ミルクを温めた。そして食卓に皿を並べると、わたしの名を呼んだ。
「ルナ、ご飯が出来たよ。美味しく食べてくれると良いけれど」
甘えるように彼を見上げると、ご飯を銀のスプーンで口元まで運んでくれる。彼の視線は常にわたしだけを追い、その独占欲にも似た愛情に、わたしは深い安らぎを感じた。
朝食を終えた後の時間は、彼がお仕事か、あるいは休日かによって、過ごし方は変わった。
彼が仕事に出かけた日の昼は――。
高い書棚や食器棚の最上段へとよじ登る。彼が隠しているつもりのお菓子の箱を見つけ出し、ふふん、と鼻を鳴らす。彼がいない時間はやりたい放題。彼の目を気にしなくも良いのだから。
誰もいない長い廊下を、端から端まで全力で駆け抜けたりもした。曲がり角で絨毯に足を取られて派手に転び、笑いながら空を仰いだ。
窓から差し込む光の粒をバックライトに、一人でくるくるとダンスを踊り、そのまま床に寝転んで、お昼寝タイムに突入したことも。
そうしてひとしきり屋敷の冒険を楽しんだ後は、見つけたおやつを摘み食いし、窓辺の特等席で優雅に外を観察したりして彼の帰りを待った。
淑女の仮面すら知らなかった子どものわたしは、とてつもないお転婆だったのだ。
彼が休日で屋敷に居るときは――。
彼の目を気にして、お淑やかに過ごす努力はした。だけれどせっかく彼がいるのだ、彼と遊びたい気持ちは押さえ切れない。結局、決まって彼の膝に飛び乗った。注意を自分に向けさせれば、こっちのもの。
「おっと、ルナ。また僕を驚かせようとしたのかい?」
そう言って笑う彼の首に腕を回し、わたしは無邪気にはしゃいでみせる。
彼が頭をなでようとすれば、わたしはわざと身をかわして逃げてみる。広いサロンの端から端まで、ドレスの裾を翻して駆け回る。机の下に潜り、調度品の影に潜んで彼を待ち伏せし、彼の手がわたしの肩に触れた瞬間に歓声を上げて彼の腕にしがみつく。
そんな風にひとしきり遊び疲れると、一転して静かな時間が訪れる。
彼はわたしを抱いて、黄金色に輝く櫛で、丁寧に、丁寧にわたしの乱れた髪を整えてくれる。「絹のように滑らかだね」と髪を梳きながら、彼はうっとりと言葉を漏らす。
「ルナ、君の瞳の色に合わせてみたんだ」
そう言っていつの日か、彼がプレゼントしてくれたのは、繊細なレースと大粒のサファイアがあしらわれたチョーカー。その青い輝きは、わたしと彼の間の揺るぎない愛の象徴。わたしは彼の首筋に頭をこすりつけ、喉の奥で悦びの吐息を漏らした。
「これで君がどこへ行っても僕のものだと分かるね、ルナ」
そのチョーカーには、彼とわたしの名が縫い付けられていた。
夜中になれば。
わたしは人目を忍ぶように私の寝室へ忍び込み、彼の毛布の中に潜り込む。彼は大きな腕でわたしを抱き寄せ、朝までその温もりをわたしに与えてくれる。
広いベッド。高い天井。
すべて彼と私の二人だけのものだった。
振り返れば、彼との関係は歪だった。
彼はわたしを、世俗の汚れから遠ざけるようにこの屋敷へ閉じ込めた。
「外は危ないからね。僕の目の届くところで、美しいまま育っておくれ」
そう言って、わたしの外出を厳しく禁じた。わたしが外の世界に触れたのは、病気になって、馬車で病院に連れて行ってもらったときくらいだ。
屋敷を訪れる客もほとんどなく、彼と屋敷の中だけが、わたしの世界の全てだった。
季節が何度か過ぎて、わたしは大人になった。
華奢だった身体はすらりと引き締まり、シンガープラ家の血統を現すように、瞳の色も透き通った青から緑玉色へと変化した。
その頃には、わたしの中に芽生えた感情は、もはや純粋な親愛と呼ぶにはあまりに熱を帯び過ぎていた。狭い鳥籠の中で、彼だけを見つめ、彼だけの色に染められて育ったわたしにとって、彼は世界のすべてであり、同時に、心から寄り添いたい唯一無二の恋人になっていた。
彼がわたしの小さな手をとり、愛の言葉を囁くたび、わたしの胸の奥は甘く疼いた。わたしたちは、世間の道徳など届かない鳥籠の中で、二人だけの関係を築き上げてきたのだ。
「ルナ、君も大人になったんだね。お祝いに、プレゼントするよ」
成人のお祝いとして、彼がわたしに贈ってくれたもの。それが敷地内の最も陽光が降り注ぐ場所に築かれた、白磁の塔。
それは単なる建造物ではない。彼がわたしだけのために築いた、わたしだけの聖域。この世で最も贅沢な檻であり、誰からも邪魔されることのない、二人の愛の証。
『君はそこで、僕のことだけを考えて、僕だけを待っていればいいんだよ』
完成した塔を見上げて、わたしは彼から求婚を受けたような気持ちになった。
だからこそ、わたしの聖域に土足で踏み込んできたソマリに、激しい怒りを覚えたのだ。
※
白磁の塔が完成して間もなくのことだった。二人だけの世界に、無遠慮な足音が響き始めたのは。
新しく屋敷に雇われた侍女マリナ。そしてその影に隠れるようにしてやってきたその娘、ソマリ。
最初、わたしは彼女たちを、わたしや彼の身の回りの世話や調度品の管理をするだけの存在だと思っていた。けれど、ソマリは違った。彼女は、わたしが長い月日をかけて築き上げてきた彼との距離を、ものの数日で踏みにじった。
「旦那様! これ見て、庭で摘んできたの!」
ソマリの鈴を転がしたような可愛らしい、けれど私にとっては耳障りなほど活発な声が屋敷に響く。彼女は彼が仕事から帰るなり、わたしの特等席であるはずの彼の膝元へ駆け寄り、屈託のない笑顔を彼に向けて頭を押しつける。
シンガープラ家の淑女として、おとなしく控えめであれと成長したわたしには、そんなはしたない真似はできない。大人になったわたしはただ、少し離れた場所から、彼がソマリの頭を嬉しそうに撫でるのを、半月の形の瞳を鋭く細めて見つめることしかできなかった。
それからというもの、ソマリの欲しがりは止まらなかった。
彼女は私が大切にしていた銀のスプーンを「可愛いから」と指差し、わたしのために彼が選んだ最高級のスープを「一口だけ」とねだった。彼が優しすぎるのがいけないのだ。彼は困ったように笑いながら、わたしの取り分の一部を彼女に分け与えてしまう。
「お姉様、これ、とっても美味しいわね!」
ソマリがわたしを「お姉様」と呼ぶたびに、胸の奥がどろりと濁る。彼がソマリを、わたしと同じように、この家の子として引き取ったことを知った。彼はわたしに「義妹が出来て、嬉しいだろう?」と、ソマリを抱きながらわたしに微笑んだのだ。
ソマリは、自分に欠けているものをわたしから奪おうとしている。食べ物をねだり、居場所をねだり、彼との時間を奪い、ついにわたしの装飾品にまで及んだ。
ある日の夕食時、わたしの隣の席のソマリの首元に、見覚えのある輝きを見つけた。
わたしがいつの日か彼からもらったものと寸分違わぬデザインの――繊細なレースに、大粒のサファイアがはめ込まれたチョーカーだった。
「見て見て、お姉様! お義父様が『ルナとお揃いだよ』ってプレゼントしてくださったの! ソマリに似合うかしら?」
ソマリは見せつけるように首を傾げ、サファイアを光にかざして自慢げに笑った。その石には、わたしに向けられていたはずの、彼からの執着が刻まれているはずだったのに。
彼を見ると、彼は困ったような、けれどどこか満足げな笑みを浮かべて、わたしたちのお揃いを眺めていた。
「二人とも、僕の大切な家族だからね。仲良く分かち合ってほしいんだ」
二人とも? 家族? 分かち合う?
彼との絆を、愛の証を、大切な装飾品を、あんな新参者の泥棒猫と?
それまで、彼とわたしの二人だけの楽しみの時間だった食事は、今やソマリだけでなく、その母である侍女まで加わった四人の時間へと成り下がっていた。
最高級の肉が並び、スープが温められる。けれど、わたしの銀のスプーンは、もう私だけの特権ではない。ソマリもまた、わたしと同じスプーンで、彼から慈しみを与えられている。
「ずるい! お姉様のそっちのお肉の方が美味しそう!」
ソマリが私の皿を覗き込み、わたしの食事が奪われるたび、喉を通る肉は美味しく感じなくなっていく。
彼の視線がわたしだけを追うことも、彼がわたしのためだけにキッチンに立つ静寂も、ソマリが来てから奪われた。
そしてついには、わたしが最も神聖視していた場所へと、ソマリは興味を向けた。
「あの白い塔、ソマリも登ってみたい! とっても高くて素敵なんですもの!」
ソマリのその一言に、彼が「ルナが良いと言えばね」と答えた瞬間、わたしの中の何かが音を立てて崩れた。彼はもう、あの塔がわたしだけの聖域であることを忘れてしまったのだろうか。
その数日後。
ソマリは、彼に許可を得たと嘘をついたのか、あるいは本当に彼がそう言ったのか、ついに螺旋の回廊を駆け上がってきた。そうして深紅のビロードの間を通り過ぎ、わたしと彼の愛の結晶である最上階へ。
そこでわたしと向き合った彼女の瞳には、わたしに対する嘲りと、この場所を自分のものにしたいという欲望が渦巻いていた。
「お姉様だけなんて、ずるいわよ? お義父様が、お優しい方で良かったわ」
だからわたしは、許せなかった。
そして。
塔の頂上から落とすつもりで、ソマリの左頬を全力で張った。
わたしは後悔していない。
絶対にしない。
だって、わたしは悪くない――。
※
※
※
《――『彼』視点――》
白磁の塔の頂上で、ルナの小さな右前足が鋭く動いた。乾いた音が響き、ソマリの左頬に鋭い衝撃が炸裂する。
「ソマリ!」
麻里奈が声を上げ、僕は目を丸くした。
落下したソマリは空中で見事な一回転を決めると、四肢をしなやかに伸ばしてスタッと床に着地した。素早い動きで麻里奈の胸元へよじ登ると「ニャー!ニャー!」と凄まじい勢いで、ルナのねこパンチを告げ口するように喚き散らし始めた。
「すごい! 麻里奈、見たかい? ソマリはなんて運動神経なんだ! あんなに見事な着地、オリンピックの体操選手でも無理だよ。満点、金メダルだ!」
一方、塔の上のルナは、半月の瞳を潤ませて僕を見つめている。そして彼女は、僕をめがけて、最上階からダイブした。
「おっと、ルナ! 君まで飛び降りるのかい?」
僕は慌てて駆け寄り、空から降ってきたセピアアグーティの小さな毛玉を、胸で優しく抱きとめた。ルナは僕のシャツを爪で掴み、喉を「ニャーニャー!」と鳴らして何かを必死に訴えている。
「よしよし、ルナ。じゃれ合いがエスカレートしちゃったんだね。あんな高いところで、ボクシングを始めるなんて思わなかったよ。君は本当に、僕を驚かせるのが好きだね」
僕は彼女の温かな体を抱きしめ、その愛くるしい甘えのポーズに目尻を下げた。
そこへ、不満げに鳴き続けるソマリを抱いた麻里奈が、少し呆れたような顔で近づいてきた。
「ねえ、俊明。これ、本当にただのじゃれ合いだと思ってるの? ソマリ、本気でびっくりして鼻を膨らませてるわよ。
ルナちゃん、最近ちょっと独占欲が強すぎないかしら。あなたのことを飼い主じゃなくて、本気で自分の『男』だと思い込んでるわよ、あれ」
僕は笑って、最愛の恋人である麻里奈の肩に手を置いた。
「ははは、考えすぎだよ麻里奈。ちょっと遊んでいたのが行き過ぎただけだよ。
大丈夫、ルナもソマリもとても良い子だから。ほら、見てごらん」
僕の腕の中でルナはソマリから視線を外し――ルナにとっては、ソマリの母親である麻里奈を――冷徹な眼差しで、じっと睨みつけていた。
「違うわよ。ルナちゃん、俊明がソマリに構いすぎて嫉妬してるのよ。
ほら見て、あの目。私を『この泥棒猫の飼い主が!』って顔でわたしを睨んでるわ。彼女にとって、俊明は唯一のご主人様なんですもの」
「ははは、麻里奈。君は想像力が豊かだね」
僕は麻里奈の頬に軽くキスをした。
「猫っていうのは、もっと単純な生き物だよ。きっと追いかけっこがヒートアップし過ぎただけさ。ルナが僕を独占したいなんてそんな可愛らしい執着、本当だったらとても嬉しいんだけれど。
彼女たちはただ、本当の姉妹みたく『じゃれ合って』いるだけだよ」
僕の腕の中で、ルナが僕の顎をザリリと激しく舐める。その舌の感触は、僕には心地よい親愛の情にしか思えなかった。まさか彼女が聖域と『恋人』を守り抜いた勝利の味を噛み締めているとは、夢にも思わずに。
「ほら、見て! 愛情表現が激しいねぇ。ルナは本当に愛くるしい子だ」
「それ、絶対『裏切ったら次はお前だ』って警告されてるだけだと思うわよ。……まあいいわ」
麻里奈は肩をすくめると、ソマリの頭を撫でて宥めた。
「さあ、ソマリ。おバカな飼い主は放っておいて、美味しいパウチでも食べましょうか?
ルナちゃんも仲良く食べようね?」
「そうこなくっちゃ! さあ、みんなでご飯にしよう。麻里奈、今夜は君の好きなワインを開けるよ。ルナとソマリには、とっておきのささみを付けよう! 仲直りのパーティーだよ」
リビングにルナを下ろすと、僕は意気揚々とキッチンへ向かった。
「さあ、お疲れさま会だ! はい、これは『塔から華麗にダイブしたで賞』の最高級カツオパウチ。そしてこっちは『見事な着地を決めたで賞』のささみジュレだよ」
並べられた二つの皿。
ルナは「塔に登ってきたら、また落としてやるんだからね」と勝ち誇った顔でカツオを食み、ソマリはその横で「次はルナを塔から落としてやる……」と低い声で唸りながらささみを咀嚼する。
そんな猫たちの内心など知らず、僕は麻里奈の腰を引き寄せ、上機嫌でワイングラスを傾けた。
「見てくれよ麻里奈。じゃれ合った後に仲良く並んで食事をするなんて。やっぱりあれは、ただのじゃれ合いだったんだよ」
「……ちょっと俊明、ルナちゃんが今、お皿をのぞき込んだソマリを嫌がって右フックの構えに入ったわよ?」
「ははは! ポーズだけだよ。
おっと、ルナ、突然どうしたんだい? 君は本当に僕のことが好きなんだなぁ。僕の口元に付いたソースを狙うなんて、熱烈なキスのおねだりかい?」
実際には、ルナは彼の胸元に移った麻里奈の香りが気に入らず、不満を伝えようと膝に飛び乗ったのだが、彼にはそれがルナの愛情表現に見えていた。
「ああ、麻里奈。君という恋人がいて、こんなに仲良しな二匹の愛娘がいる。僕の人生は幸せだ。これこそが夢にまで見た『穏やかで幸せな生活』だよ」
僕が、目を細めた瞬間。
ソマリにささみを奪われたことに気がついたルナが、慌てて膝から飛び降りた。ソマリは一言「ニャー」と鳴くや否や、体勢の整わないルナにねこパンチを一発浴びせてから、後ろに飛び退いて距離をとった。
その様子を見ていた麻里奈は「あ、これダメだわ。もう、知らない……」とワインを一気に煽った。
「ニャー!!(死ね、泥棒猫!)」
「フシャー!!(あんたこそ、さっさと全部よこしなさいよ!)」
「本当に賑やかで、楽しいなあ!」
食卓が戦場になるまで、あと数分。
飼い主の脳内お花畑は、今日も満開である。
お読みいただきありがとうござました。リアクションを頂けると、とても嬉しいのにゃー!ฅ^•ω•^ฅニャー
マリナ視点のショートショートです
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