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帝都――ラディエル・グランディア。
それはラディール帝国の心臓部であり、世界でも指折りの繁栄を誇る都。
石造りの広い街路に美しく舗装された石畳。貴族たちが集う邸宅街、各地方の特産が並ぶ市街。荘厳な帝国大聖堂と、その奥にそびえるのは、帝国の象徴たるラディエル城。
その華やかな都市に、紅狼騎士団の赤い行軍が入った瞬間、ざわめきが走った。
「おい、見ろ。あれが紅狼だってよ」
「噂には聞いたことある。序列最下位の“落ちこぼれ”だってな」
「けど、妙に威圧感があるぞ……なんか空気が違わねえか?」
紅狼騎士団の騎士たちは一言も口にせず、ただ堂々と行進していく。視線を浴びながらも、誰一人として気に留める様子はなかった。
「気にするな。どうせやる気もない奴らの遠吠えだ」
その中で、明らかに紅狼騎士団をあざ笑うような目を向けていた騎士団がいた。騎獣は漆黒の大型犬。鎧には黒銀の紋章――黒鋭犬騎士団、序列28位。帝都近郊の名門貴族が率いる中堅の騎士団だ。
その団長、ギルバート・ハイゼンは長身で目つきが鋭く、冷ややかな笑みを浮かべながら口を開いた。
「よう、最底辺の赤狼さんよ。帝都見物か? 場違いにもほどがあるぜ」
その言葉に、ゲイルが眉をひそめ一歩前に出ようとしたが、アルが手を上げて制した。
「いや、いい。犬の鳴き声に耳を貸しても仕方ねえ。……吠えたいなら、模擬戦で相手してやるさ」
淡々とした口調。だがその言葉には棘があった。
「貴様……!」
ギルバートの顔に怒りが走ったが、周囲の視線を感じてその場を引いた。
「フン。試合でその舌を噛みちぎってやるよ、最底辺風情が」
「ご自由に。……噛みつく前に、骨を折られないようにな」
そう言って、アルはそのまま歩き去る。背後で笑い声が上がったが、誰も気に留めなかった。
その夜、騎士団は帝都南部の来賓用騎士団宿営地に案内された。
広々とした屋敷に、清潔な寝室と食堂が完備されているものの、各騎士団ごとに格差があり、紅狼騎士団が与えられたのはもっとも端の古びた宿舎だった。
「……見事な扱いね」
クレアが皮肉めいて呟く。だがアルは気にした様子もなく、椅子に腰掛けて食事をかき込んでいた。
「慣れたもんさ。オレら、いつもこの扱いだろ?」
「けど、あのギルバートとかいうやつ……見逃していいんですか、アル?」
ゲイルが眉をしかめる。
「むしろ放っとけ。……ああいう奴の方が、勝手に自滅するもんだ」
「ほんとだな、アル。お前、けっこうそういうとこ冷静だよな」
ワイズがにやりと笑って言う。するとアルは言った。
「……ただし、本気で来るなら、こっちも“吠える”だけじゃ済まさねえ」
その目は鋭かった。いつものやる気のない彼とは違う、戦場に立つ者の目。
するとその時、扉がノックされた。
「エリヴァール准男爵殿。第三皇女陛下より、謁見のご招待です」
静かな声。だがその言葉に、室内の空気が凍りついた。
「……は?」
最初に声を上げたのはクレアだった。
「え、え、アル? なにかしたの?」
「なにもしてねえけど……俺、なんかヤバいことに巻き込まれてない?」
アルの顔が微妙に引きつる。だが、騎士として皇族の招待を無下にすることはできない。
「──ああもう。行くしかねえか」
長槍を持たず、礼装に着替えたアルは、騎士団全員の視線を背に、エリスティアの待つ謁見の間へと足を踏み出した――。