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昼下がりの砦に、一羽の伝令鷹が舞い降りた。翼には金と黒で塗られたラディール帝国の紋章。そしてその脚には赤い封蝋で封じられた書簡。
「……またこの色か」
クレアは眉をひそめながら書簡を受け取り、慎重に封を解いた。目を走らせると、ため息をついて振り返る。
「アル、帝都からの招集状よ。年に一度の“御前試合”が迫っているらしいわ」
「またあれか……面倒くせえ」
アルはぼりぼりと頭を掻きながら、岩の上で寝転がっていた。まったく緊張感のない姿に、ゲイルが鉄棍を肩に乗せたまま苦笑する。
「団長ぉ、さすがに今回は真面目に行きましょうよ。帝都でおいしい肉とか食えるんでしょ?」
「お前はそればっかりだな……」
「おいアル、今回はいつもと違うぞ」
低い声で口を開いたのは、相談役のサージ・ベルだった。白髪に無骨な顔、鋭い目が書簡の文面をじっと睨みつけている。
「“今年の御前試合は、次期皇帝候補による視察がある”……つまり、ただの模擬戦じゃねえってことだ」
「……あいつら、もう動き出してんのか」
アルの声に、珍しく重みが宿った。
アストリアス皇太子。ヴェルガス第二皇子。そして、エリスティア第三皇女――。
権力争いが本格化する中、各騎士団に目を光らせる者がいる。つまりこの模擬戦、単なる年中行事ではなく、“次代の皇帝の目に止まる可能性”を孕んでいる。
「……紅蓮弾は封印、紅幻狼もほぼ禁止。こちとらいつも通り、隅っこで適当に負けてりゃええってのが、毎年の紅狼騎士団ってわけだが……」
ワイズが口を挟む。
「でも今回は違うな、アル。俺ら、どこで誰に目をつけられてもおかしくねえぞ」
沈黙が落ちる。
その中で、クレアが凛とした声で告げた。
「……行きましょう。最底辺と笑われても、私たちには誇りがあります」
「ふん、誇りねぇ。だが――」
アルはゆっくりと立ち上がった。その目に、いつもの気だるさはない。
「紅狼騎士団団長、アルフレッド・エリヴァール。御前試合、出場を受諾する。……ただし」
不敵に笑い、周囲を見回す。
「真面目にやるかは、気分次第だ」
団員たちが笑った。張り詰めていた空気が、どこか晴れる。
「ったく、まったく……ほんとにあんたって人は……」
クレアが呆れ顔で呟きながらも、どこか安心したように微笑んだ。