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「全隊員集合ぉ!!遅刻者はエリヴァール准男爵家伝統の“自主的訓練”三日分だあああ!!」
広場に響くクレアの怒号に、紅狼騎士団の隊員たちが次々と集まってくる。数こそ少ないが、一人一人の動きに無駄はない。特に先頭の数名は一見して只者ではないと分かる。
「おーい、クレアちゃん。そろそろその喉も疲れるだろ?今日の訓練は俺が指揮しよっか?」
肩に巨大な鉄棍を担ぎ、屈強な男――ゲイルが近づいてきた。身長は二メートルを超え、鍛え抜かれた肉体からは一歩ごとに地面が唸るような圧を感じさせる。
「団長がサボってるせいで隊の指揮が私に回ってきてるんです。たまにはあなたも真面目にやってください!」
「んー?オレ、いつも真面目だぜ?……アル様の言うことはぜんぶ聞いてるし!」
「それがダメなんですっ!!」
クレアが怒鳴るたび、ゲイルはにへらと笑う。団員たちはそのやり取りにすっかり慣れた様子で、自分の武器を点検し始めている。
その光景を見下ろす場所、木陰の下に赤髪の団長――アルが腰を下ろしていた。
「……ふぁぁ、もうちょい休んでからでもよくない?今日は晴れてるし、せっかくなら昼寝でも――」
「団長!!」
「うおっ!? ……わ、ワイズか。驚かすなよ、心臓に悪い」
「お前のサボリ癖の方がよっぽど団の心臓に悪いわ」
ワイズは笑いながらアルの横に腰を下ろす。
「でもよ、アル。最近さすがに領地の治安も良くねえし、クレアの怒りも分かるぜ。お前が少しでも本気出しゃ、もっとマシな暮らしできるのに」
「……それができりゃ苦労しねえよ」
アルは目を細め、遠くの空を見つめた。どこか達観したような、諦めの混ざった表情だった。
“最底辺”の現実。
名誉も金もなく、騎士団の序列は100位。魔獣の扱いすら困難なために訓練中の事故も多く、民衆の支持も得られない。
だが――。
「まあ、それでも団の皆はよくついてきてるぜ。お前が本気出せば……一気に変わるっての、誰より俺が信じてる」
「……ありがとな」
その一言に、ワイズは微笑むと肩を軽く叩いて立ち上がった。
「さて、そろそろクレアの怒鳴り声も限界っぽいし、俺らも真面目にやるかね」
「はいはい……俺も行くよ」
重い腰を上げたアルの瞳の奥に、ほんの一瞬、戦場で見せる野生の光が宿った。