第八十七話 勇者と傷ついた仲間
「リア、ルークも。少し休んだ方がいい。レオンのことは僕がみているから――」
ロイドは、リアの肩に手を置いた。オフィーリアは、背中を丸めたまま首を横に振った。
オフィーリアたちは、リチャードの診療所にいる。
オフィーリアがノエルとデートをした数日後、レオンは、血まみれでギルドに駆け込んできた。『ノエルと町の巡回中に魔物に襲われた、ノエルが攫われた』と、何とか絞り出したレオンは、そのまま気を失って倒れた。
彼はそれ以降目を覚まさず、ノエルの安否も判らないままオフィーリアたちは、二日目の朝を迎えてた。
オフィーリアの隣では、ルークがベッドに横たわっているレオンの腹に手を当てていた。
ルークの手からは柔らかな光が溢れている。
「僕も、まだ、ここにいる。まだ――、いる。」
ルークは、まだこんなんじゃ足りないと両手をかざしながら涙を流している。オフィーリアがレオンの額に手を置いた。
震えるながら大きく息を吸って手に力をいれる。彼女の手からも淡い光が発せられた。
「こんなに瘴気にあてられて。レオン――、頑張って」
オフィーリアは、呟きながら悔しそうに顔を歪めた。彼女の頬には幾筋もの涙のあとが残っている。泣き腫らした重たい瞼でそれでもレオンをしっかりと見据えてオフィーリアは、自身から浄化の能力を絞り出していた。
ロイドは、彼らの様子を見ながらそれ以上は何も言わなかった。ロイドは、レオンを挟んでオフィーリアたちの向かい側に座った。暗い表情をしながらレオンを見遣る。
レオンは、痛みに顔を歪めながら硬く目を瞑っていた。時折荒くなる息は、彼らを一層不安にさせた。
体中に巻かれた包帯には、ところどころ黒い染みが滲み出ていた。
ロイドは、ゆっくりとレオンの腕の包帯を解いた。露わになったレオンの腕には、黒い蜘蛛の巣模様の染みつきが広がっていた。
ロイドはその染みつきを見ながら、一つ大きな息を吐いて
「二人とも、これを見て。レオンのこの染み、昨日より線が細くなっている。それに、瘴気も薄まっているようだよ。」
言いながら彼の腕を持ち上げて二人に見せた。オフィーリアとルークは、ロイドの言葉に顔を上げるとレオンの腕に視線を移した。
彼らは、その染みつきを食い入るように見て小さく安堵の息を吐いた。
二人の表情にロイドは眉尻を下げながら、
「まだ、油断はできないけど、でも、良くなっていることは確かだよ。」
ロイドは、ベッドサイドに置いてある大きな瓶を持ち、その口に布を押し当てた。瓶を素早くさかさまにしたロイドは、瓶から出る液体が布に十分に浸み込んでいくのを確認し、ふたたび瓶を元に戻した。
それから彼は、液体に浸された布をレオンの黒染みの上に乗せた。皮膚にスッと浸み込んでいく様を見ながら何度も腕を往復させ、レオンの皮膚に液体を馴染ませていった。
「ルークの回復薬もすごくよく効いているみたいだ。」
ロイドは、レオンから目を離さずに呟いた。
「それは、テッドが必死で一晩抱きしめて回復力を強化したものだから――」
ルークの声が震えていた。
――コンコン
「リア姉ちゃん、ルーク、ご飯を持ってきたぞ」
テッドが、小声で言いながらお盆を持ってきた。お盆の上には、パンとスープが二人分乗っていた。
テッドは、お盆を手にしながら室内を見渡すと、隅のテーブルを見つけた。
テーブルの上にお盆を置いたテッドは、それからゆっくりと静かに彼らに近づいた。
ロイドの隣に立ったテッドは、レオンを見て涙を浮かべた。鼻を啜りながら、
「レオン兄ちゃん、大丈夫か? また、蜘蛛なのか?」
震える声で縋るようにロイドに尋ねた。レオンの腕に再度包帯を巻きなおしたロイドは、テッドに柔らかな笑みを浮かべた。彼の頭をやさしく撫でる。
「うん、蜘蛛だと思う。でも、大丈夫。テッドが一生懸命強化してくれた回復薬のおかげで、レオンの毒もだいぶん抜けてきたよ。」
良かったと泣きながら安堵するテッドの目元は、うっすらと黒ずんでいた――。
「テッド、もしかしてずっと眠れていないの?」
ロイドがテッドに尋ねると、テッドはレオンの黒染みから目を離せずに震える手を握りしめていた――。
「――あなた達、少しは休みなさい。ここは、私が代わるから」
マダムクロッシェが病室に入って来た。彼女も疲れた表情をしている。
マダムクロッシェに席を譲りながらロイドが口を開いた。
「リア、ルーク、君たちテッドと一緒に寝てあげてくれる? テッドもずっと寝てないみたいだから――」
ロイドは、テッドに視線を移した。テッドは、不安な表情を浮かべながら、
「俺、蜘蛛のこと思い出してずっと怖くって眠れなくって――。リア姉ちゃん、ルーク、一緒にちょっとだけでいいから寝てくれるか?」
おずおずと尋ねるテッドの震える手を見たオフィーリアは、大粒の涙を流しながらコクコクと頷いた――。




