第八十六話 オフィーリアの拠り所
「ノーーーエルッ!」
港の噴水広場。オフィーリアは、噴水前にいるノエルに手を振った。
彼の後ろでは、高々と水柱が上がっていた。長い間枯れていた噴水は、先日の花祭りと船奪還作戦の成功を祝うという形で一か月限定で復活を果たした。
ダニエルが手配したチャーター船で攫われる形となった貴族たちもノエルの魔力とルークの回復薬によって徐々にその体調を回復していき、大半の者は貴族街へと戻っていった。
「――ノエル、ごめんね。ちょっと待たせちゃったね。」
オフィーリアが申し訳なさそうにノエルの前に立った。ノエルは、彼女に眉尻を下げながら柔らかな笑みを浮かべて、
「大丈夫だ。ルークのことだろ?」
俯いているオフィーリアの頭をポンポンと叩いた。
オフィーリアは、ノエルを見上げて首を縦に振りながら、
「そうなの。ルーク、また、私に変な魔法をかけちゃって、それでイーサンに解除してもらってたの。せっかく今日は久しぶりに一日お休みもらったのに、余計なことで時間をつぶしちゃった。」
頬を膨らませたオフィーリア。彼女の顔を愛おしそうに眺めたノエルは、彼女の頬を指でつついて、
「ルークの魔力は何も感じない、もう大丈夫だ。これから存分に楽しもう。」
彼の澄み切った表情を見たオフィーリアは、はちきれんばかりの笑顔で元気よく彼に手を差し出した。
「そうだね! じゃあ、ルークの邪魔が入る前に、思いっきりデートを楽しんじゃいましょう。ノエル、今日は、どこに行きたい?」
オフィーリアの手を取ったノエルは、白い歯を見せて無邪気に笑い、
「――じゃあ、まずは、串焼き肉?」少年のような眼差しで首を傾げてみせた。
オフィーリアは、元気よく頷いた――。
「一日ってあっという間だね――」
夕暮れに照らされながらオフィーリアが言った。彼女の隣に座っているノエルが、目の前の夕日を眺めながら静かに頷いた。
島を駆け回ってデートを楽しんだ二人は、最後に港に戻ってきていた。噴水前に備えられていたベンチに腰かけて、海に沈む夕日を眺めている。
「――楽しかった。」
ノエルが夕日を眺めながら口を開いた。オフィーリアも夕日を眺めながら、彼の言葉に答えた。
「私も楽しかった。串焼き肉も、猫も、ネックレスも――ノエルと回って、全部、楽しかった。」
ありがとうと横を向いてノエルに微笑みかけたオフィーリアの首もとには、イーサンのネックレスに絡みあうように赤い宝石がついたネックレスが光っていた。
夕日を受けたその赤い宝石は、ノエルの瞳のように輝いている。しばらく宝石を眺めていたオフィーリアがゆっくりと話し出した。
「ねぇ。ノエル、また、一緒に遊んでくれる? 褒賞とか関係なくって、また、今度は、イーサンとか、ちょっと面倒だけど、ルークとか、みんなで、また休みができたら―みんなで一緒に、あ、エルザも誘って――」
「私も、みんなと一緒に――」
「そう。えっと、今回、フォーリーの、魔王の計画をみんなで阻止できたじゃない? 島のみんなと助け合って、それで、みんなで島を守れたから、怪我もしないで、大丈夫だったから。
だから、私、色々とこれからのことを考えてもいいのかなって思って、私、魔王が来ても、戦うことになっても、みんながいるから、何とかなりそうな気がして――。
そうしたら、もっとみんなと楽しい思い出を作りたいって思えるようになったの。ここが、島のみんなが私の心の拠り所だって思うようになったの。それで、みんなといっぱい遊んで、思い出をいっぱい作りたいって――」
「――私もその楽しい思い出に入れてくれるのか?」
「もちろんよ! あ、でも、ノエルの体調のいい日で良いのよ。ノエルに合わせるわ。だって、今、一番大変なのは、一人でみんなを治療をしなきゃならないノエルだから――」
不安そうにノエルを見上げるオフィーリアにノエルは、目を細めで微笑んだ。
「私の体調は、――もう大丈夫だ。以前は、子どもたちの神経に魔力を流し込む時に、彼らの神経回路に意識を集中させなくてはならなくて、それで余計に魔力を使って体力まで奪われていたんだが、
今は、特に意識を彼らに向けなくてもただ手をかざすだけで、魔力自体が勝手に吸い込まれるように動いてくれるようになったんだ。
それに、魔力量も今までとは比べ物にならないくらいに増えた。だから、もう、何人の治療をしようとも、疲れるようなことはない。
だから、これからはいつでも時間を取れる。
――イーサンと君と島のみんなと私も一緒に、いつでも思い出を作ることができる。」
夕日に照らされたノエルの瞳は、真っ赤に燃えていた。彼の瞳に魅入られぼうっとしていたオフィーリアの背中に、いつもの甲高い叫び声が響いた。
「フィー!」
オフィーリアの肩越しにルークを認めたノエルが、楽しそうに笑った。
「フィリア、私は、君たちと一緒になれて本当に幸せだよ。こんなに毎日笑えるようになるなんて――、本当に最高の気分だ。」
ありがとうと、オフィーリアの頭にキスを落とした。
どたどたと走ってくるルークを背景に、オフィーリアは満面の笑みを浮かべた。
「私も、ノエルと出会えて、一緒に暮らして、最高に幸せだよ――」
それから数日後、ノエルが姿を消した。彼と行動をともに島を巡回していたレオンが、血まみれの状態でギルドに倒れ込んできた。




