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第八十五話 花祭りの始まり

「フィー、船内で動いている人、すべて感知完了したよ。」


 ルークが振り向きながら言った。彼はオフィーリアを背負っている。彼の背中でオフィーリアは、両手を上げた。


 ――バリバリバリッ


 鋭い閃光がオフィーリアの指先から発せらる。一気に碧い閃光が船内を駆け巡った。


 オフィーリアの指先からの閃光が消えたと同時にドサドサッという音があちこちから聞こえてきた。


 オフィーリアたちの後ろには、ロイドとレオンが控えていた。


「あらかたの船員は気を失ったようだね。」


 獣化させてた耳をぴくぴくと動かし、虚空を眺めながらロイドが言った。レオンが、大きな麻袋を手に口を開いた。


「んじゃ、俺はこいつを倒れている奴らに振りかけて、しばらく船員の皆さんには、大人しくしててもらうようにするわ。」


 言いながらレオンが麻袋から取り出した瓶には、緑色の液体が入っていた。オフィーリアはその液体を見て、目をらんらんとさせた。


 身を捩りルークの背中から降りたオフィーリアは、レオンに駆け寄り彼が手にしている瓶の中身を興味深げに覗き込んだ。


「これが、イーサンが作った魔法薬なのね。」


「そうだよ。フィー。僕と僕ね。僕と! イーサンで作った魔法薬だよ。僕が、僕で、この僕が、彼と作ったんだよ。わかる? フィー、僕、頑張ったの」


 瓶とオフィーリアの間に入り込もうと体をくねくねと動かしながらルークが言った。


「これ、彼の初めての魔法薬よね?」


 オフィーリアはレオンに笑顔で尋ねた。レオンは、そうだと瓶を振って見せながら、頷いた。


 瓶の中の新緑色の液体がとぷんと揺れた。


「ちょ、ちょっと待ってよ。僕、僕も作ったんだよ? イーサンは、おまけみたいなもんだよ?」


 ルークが慌てた様子でレオンとオフィーリアに割って入った。自分が作ったと主張しながらレオンの手から瓶を取り上げようとするも、レオンはそれを躱して、代わりにオフィーリアに瓶を手渡した。


 瓶を受け取ったオフィーリアは、大切そうにその瓶を両手で包み込むと、ほうとため息を吐いて、

「この薬の色、イーサンの瞳の色と一緒ね。」


 オフィーリアは、瓶を掲げた。船内を照らしている灯に瓶を掲げてその新緑の液体を見て微笑んだオフィーリアは、それから首もとのネックレスを握りしめた。


 ルークは、オフィーリアの表情を見て不満そうに頬を膨らませる。


「フィー、それ、緑色でイーサンぽくっても、大体は、僕が作ったんだからね。みてごらん、それ、僕の水魔法だよね?

イーサンは、僕の水魔法に、ちょっと、ちょこっとだけ奴の土魔法と奴の黒魔法使いの能力(ちから)で、戦意をちょこっとだけ喪失させる作用的なものをほんのちょっぴり混ぜただけだからね。

その薬のほっぼほぼの効能は、僕の魔法だからね。イーサンが混ぜ込んだ成分なんて、ほんのちょっぴり、ちょびっと、大したことなんてないんだからね。頑張ったのは、この僕、君の、最愛の恋人だよ?」


 わかってる? とオフィーリアの顔を覗き込んだルーク。彼は、オフィーリアが大事に持っていた瓶を奪おうと手を伸ばした。


 レオンは、オフィーリアがルークに奪われまいと抱きしめた瓶を取り上げながら、

「とりあえず、お前らの仕事は終わったんだ。いつまでも、ここでぐちゃぐちゃやってないで、早く船を出れ。

今から船内にいる貴族たちを島のみんなで運び出すんだから、お前らは、通行の邪魔だ。

リア、お前もこれから服を着替えて、誘惑組に行くんだろう? 早くここと出ないと遅刻だってリーダーに怒られるぞ。

――ルーク、お前も、リチャード先生についてあるって、重症な奴らに強化回復薬を追加で調合するんだろう? 強化回復薬が大量に必要な状況になったら、魔力だってそれなりに必要になるんだ。

こんなことでふざけて体力使ってないで、早く診療所に行け。」


 ほらとレオンは、オフィーリアとルークの肩を押しながら彼らを追いやった。


 レオンの背中を見ながら、ロイドが眉尻を下げた。


「じゃあ、僕は、外にいる搬送係のみんなを連れてくるね。」


 ロイドの言葉にレオンは振り返った。レオンは先ほどまで浮かべていた笑みを失くしていた。彼の思案するような顔に、


「レオン、どうしたの?」


 ロイドが首を傾げた。レオンは、複雑そうな表情をしながら、

「いやな。やけに、うまくいっているなと思ってな。」


「確かにね。僕も考えていたんだ。フォーリーも、もっと厳重にこの船の患者たちを移送すると思っていたんだ。

僕だったらもっと何隻もの船に傭兵かなんかを雇って護送させるってね。

ネルソン騎士団の船にそんな大層な護衛がついていたって方が不自然に思われて逆に怪しまれるっていう考えもあるけど――、なんか気になるよね。」


 ロイドの言葉に緊張した面持ちでレオンは頷きながら、

「念のため、今まで被害に遭った子どもたちと、ここの患者たちの収容先にギルドの連中を向かわせることにするか。彼らの護衛を強化しよう。

せっかく回復した奴らがまたフォーリーの手に渡るなんてこと、絶対に阻止しないと――」


 レオンに頷いたロイドは、自身の両脚を獣化させながら、

「じゃあ、僕、外にいる人たちに声をかけたら、そのままギルドに行ってくるよ。すぐに戻れると思うけど、それまでレオン、ここを頼むね。」


 ロイドはそう言い残しすぐに姿を消した。


 残されたレオンは、真剣な面持ちのまま麻袋を手に船内奥に駆け出した。


 パンパンパン――


 港にレオンが火魔法で作った花火が打ち上がった。


 港から、はち切れんばかりの歓声が上がる、花祭りが始まった――。

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