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第八十二話 医師リチャードの願い

「あの子たち、静かになったわね――」


 船上の手すりに手をかけながらマダムクロッシェが口を開いた。彼女は、頭上に光る銀色の月を見上げている。


 彼女の横でキースが、

「あいつら、この一か月休みなくスラムを回っていたからな。よくやったと思うよ。あいつらのお陰で帝都のスラムの治安は格段に良くなった。――そして、あいつらの今回の一番の功績は、あのバラバラだったスラムの(おさ)どもを一つにまとめ上げたことだ。」


 マダムクロッシェは、やわらかな笑みを浮かべながらキースの言葉に同意した。


「本当にあの子たち、よくやってくれたわ。長年いがみあっていた彼ら、私たちギルドでさえ諦めていたのに、リアたちはたった一か月で――」


「特にリアはよくやってくれたよ。あいつ、貴族街でカールが暮らしていた環境を見て本当に落ち込んでいたからな。もう同じ過ちは繰り返したくない、知らなかったで済ませたくないって、ずっと言ってたからな。」


「そうね。私としてはリアにはそんなこと考えないで、もっと恋とか小説とか子どもらしいことで今を満たして欲しかったけど、駄目ね。私の能力(ちから)だけじゃどうにもならなかったわ。子どもたちに気苦労をかける親って――失格よね。」


「親の役に立てるほど、リアもロイドも、あいつら、みんな成長したってことだ――」


 マダムクロッシェの背後からリチャードが言った。彼は、操舵席を離れ、船首の方へと歩いて来ていた。


 マダムクロッシェの隣に立ったリチャードは、彼女のように手すりに寄りかかりながら、

「魔王どもと決着をつける。これは、あいつらが先祖返りとして生まれてきた時から刷り込まれてきた考えだ。リアたちが頑張るのは、止められないよ」


「こんな擦り切れた能力(ちから)だけじゃ、もうどうにもならないわ」


 マダムクロッシェの言葉に、リチャードは眉尻を下げて同意した。


「そうだな。時間が経てば経つほど、先祖返りの力は衰退して、魔王への対抗力はすり減ってきている。――しかし、最近いろんなことが起きたろう? クレアたちが聖鋼を鉄から作り出したり、子どもたちがルークの回復薬の効能を強化したり」


 リチャードは、言いながら月を見上げた。彼は、想いを巡らせるように目を細めながら話し続けた。


「お前ら先祖返りの力がなくなった分、わしら島の住民の力が増してきた。

――これは、当時の島の住民がずっと望んでいたことなのかもしれないとわしは、思うんだ。

初代の賢者や勇者らは、たまたま島に召喚されたってだけで、この島を救う義務なんてこれっぽちもなかったのに、彼らはその純粋な正義感だけで島のために全力を尽くした。彼らが奮闘する中、なんの力にもなれずにただ守られるだけだったわしらの先祖。」


 穏やかな口調で話し続けるリチャードにマダムクロッシェとキースも、それぞれ月を見上げながら彼の続く言葉に耳を傾け続けた。


「ロイドたちが魔王に立ち向かうために命をかけるって話していた時に、それを聞いたクレアが言ったそうなんだ、

『この島は、あんたたちだけのもんじゃない! 私らのもんでもあるんだ!

この島を魔王が襲うってんなら、あんたたちじゃなく、まず私らが、この命をはるんだよ!!

大事な子どもたちを危険にさらして、のうのうと生きる親がどこにいるってんだい!!! 見損なうんじゃないよ!!』って、それで怒り狂ってお盆を聖鋼に変えたらしい

それを聞いてわしは思ったんだ。

もしかしたら当時も、島のやつらは、勇者たちが命を捨てようとまでして魔王を倒そうとしているのを、ただ何もできずに見守っているしかないっていう事に耐え切れなくなったんじゃないかってね。

召喚された当時の記録をわしも見せてもらったんだが、異世界から来た彼ら、結構若い感じがしたんだ。もしかしたら彼らも今のリアたちくらいの年齢だったかもしれん。

――だとしたら、わしらの先祖が、彼らの命を犠牲にしてまで島を守って欲しいと思うような人間だったとは、思えない、考えたくない。」


 リチャードは、縋るような眼差しで月を見上げてそう言ったあと、深く深呼吸をした。


 隣で月を見上げていたマダムクロッシェたちに向き合いながら、

「それで、これは、わしからの願いなんだが、リアたちが望むなら魔王に立ち向かうのをわしは、止めたりはしない。彼らは、召喚された初代勇者達のように、魔王を倒すことが彼らの生まれ持った使命だと考えているから。

しかし、今回は、わしらにも彼らと一緒に魔王と戦わせてほしい。先祖返りでなくとも魔法が使えなくとも、島の先祖から託された力を得た今、わしらもお前たちの戦いに加えて欲しい。

お前らは、どうも自分達だけで解決しようと考えるふしがあるからな。

わしら、島の住民だってやれるんだ。わしらのことも、頼って欲しい。お前たちのことを、わしらは、ずっと昔から家族の一員だと考えているんだから」


 リチャードは、言い終えるとマダムクロッシェの頭をポンポンと叩いた。マダムクロッシェは、俯いている。彼女の頬に一筋に涙が流れた。


「ありがとう」という掠れた声が、リチャードに届いた。


 彼らを見ていたキースが、眉尻を下げながら口を開いた。


「もし、魔王が、とんでもない力をつけて島を襲ってきて、到底俺らでは太刀打ちできないってなったら、みんなで、船で逃げようぜ。島なんか捨てて、魔王から逃げ延びよう。

俺は、マダムやリア、リチャード先生、テッド、島の全員に死んでほしくないからな。ま、前回も魔王との決着を先送りにしたんだ、もう一回くらい先送りにしたって、何にも変わらないだろ。

それより、みんなでよぼよぼのじじい、ばばあになるまで逃げて逃げて逃げ延びて、それで最期は、こんな月を見上げながら、『生き残った魔王のことを頼むな』って、次の世代に役目を託しちまおうぜ」


 キースの屈託のない笑顔に、マダムクロッシェは「バカね」と言って、微笑んだ。


 彼ら三人の想いを海上に浮かぶ満月が照らし出した。



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