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第八話 すんすんしたい番の香り

「リア姉ちゃん、聞いてくれ。俺はすんごい秘密を知ったんだ。」


 黒髪をさらさらと揺らしている少年が、紺色の瞳をまるまる輝かせながらオフィーリアに話しかけてきた。彼の腰には、ふわっふわの毛糸でできた聖剣がぶら下がっている。


 オフィーリアは、今日、ワーデンズギルドの学校内にある食糧庫に来ていた。


 ――魔王島はスレッドブルグ王国と称して、スレッドブルグ家が統治している島国である。この国の王弟であるワーデンは、自身の兄が国王として即位後、『俺はもうお役御免だから、臣籍降下のような事をするかもしれないし、しないかもしれないな。ま、とにかく兄上の悪いようにはしないよ。安心して。』と言って、王宮を後にし平民街に移り住んだ。


 ワーデンは、その後、平民街にギルド、孤児院、学校を次々に設立し、オフィーリアたちの協力を得ながら、平民街の発展に尽力していた――。


 「秘密。ひみつぅー。」と言いながら少年は、オフィーリアの目の前に駆け寄ってきた。


「テッド、なに、なに、秘密って。気になる。どんな秘密? 誰の秘密? ぜひ知りたいわ。詳しく知りたい。でも、ちょっと待っててね。今、古いネズミ罠の回収が終わったところなの、これから新しいのを設置しないと。すぐに終わらせるね。これサボると、私たちの食糧が全滅するのよ。島のネズミは侮れないの。」


 そう言って、オフィーリアはテッドの頭を撫でて作業を再開した――。


 テッドは、元男爵令息であったが、一年前から、この孤児院に住んでいる。オフィーリアは、彼をオフィーリアの弟子として時間の許す限り彼と行動を共にしていた。テッドが常にぶら下げている聖剣もオフィーリアの手づくりである。


 しばらく黙ってオフィーリアの作業を眺めていたテッドは、しびれを切らした様子で、しゃがみながら作業をしているオフィーリアを見遣った。


 ニヤリといたずらな笑みを浮かべながらテッドは、オフィーリアの首に背後から手を回し、おぶさるようにして彼女に甘え始めた。


「姉ちゃん、待ちきれないよ。だって、俺、レオンのすっごい秘密を知っちゃたの。」


「え? 秘密ってレオンの秘密の事なの? え? 彼に秘密。彼に弱点なんてあったかしら。でも、あるんだとしたら。ふふふ。知っておいて損はないわね。最高よ。テッド。すごいわ。さすが、私の一番弟子ね。」


 レオンという言葉に素早く反応したオフィーリアは、振り向きざまにそう言って笑顔でテッドを褒めた。


 へへへと言って満足そうな表情をしたテッドは、オフィーリアから離れると毛糸の聖剣を振り回して一人遊びを始めた。


「――それで、秘密って?」


 ようやく一通りの作業を終えたオフィーリアは、倉庫内にある手ごろな大きさの木箱に腰かけて、テッドに隣に座るよう誘った。そして、テッドに顔を寄せながら囁くような声音で尋ねた。


 テッドは、嬉しそうににんまりとしながら、手を口許に添えて小さな声で言った。


「レオン兄ちゃんから、この間一緒に読んだ小説に出てきた(つがい)の匂いがしたんだ。レオン兄ちゃんのここから。」


 テッドは彼の耳の裏を指さした。そして、さらに声を潜めて確信めいた表情で言った。


「間違いない。だって、小説に書いてあったのと同じ甘いお花の匂いがしたから。」


 真剣な表情でそう語るテッドに、驚愕しながら目を見開いたオフィーリアは、「うそでしょ。(つがい)の香り。」と呟くように言って、信じられないという表情でテッドを見つめた。


「本当に? 本気で? あの小説『皇帝の(つがい) ソフィアは皇帝の執着から逃れられない』に出てくるあの甘い匂いが、レオンからしたの? 柑橘のような香りであるのに、甘く、そして、しびれるような複雑な匂いだというあの香りが? レオンから?! テッド、すごいじゃない!! 大発見よ! 早速レオンの所に行きましょう! 彼のえっと、首筋? 耳の近く? そこをじっくりとすんすんしましょう! すぐにレオンの所に行くわよ! 私も(つがい)の香りを堪能したい!」


 すぐに行きましょうとテッドの手を取ったオフィーリアは、喜び勇んで食糧庫を出た。窓から差し込む暖かな陽射しを受けながら、学校の廊下を軽やかに突っ切る彼女の背後からため息交じりの声が聞こえた。


「フィー。」


 テッドの手を握ってたまま振り返った先には、明らかに警戒した様子のルークがいた。ルークは、足早に二人に近づいてきてオフィーリアに尋ねた。


「フィー。怪しすぎるくらいにテンションが上がって、かなり怪しいけど、君、ネズミ罠の設置を放ってどこに行くの?」


 オフィーリアが答えるよりも先に、テッドが誇らしげにルークに答えた。


「これからリア姉ちゃんは、レオンの首筋と耳の匂いをすんすんしに行くんだ! それで姉ちゃんは、運命の(つがい)の匂いを堪能するんだ!」


 それを聞いたルークの表情から、またまた、すべての感情が消え失せた。

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