第七十四話 力ずくの奪還作戦と手押し車競争
「天気に恵まれたわね――」
大きな日傘の下、マダムクロッシェは優雅に微笑んだ。彼女の後ろで日傘を持っているのは、キースである。
オフィーリアは、ルークとともにマダムクロッシェの隣に並び立っていた。
オフィーリアの後ろでは、ジャレッドが楽しそうに前方を眺めている。
彼の視線の先には、一列に並んだ手押し車があった。手押し車の頭上に張られた横断幕には、『手押し車競争 優勝者には、金貨10枚!』と書かれていた。
クレアの発案で、急遽この大会が開かれることとなった。彼女の声掛けで、島中の平民、特に体力に自信のある男たちが、街のはずれのこの芝生広場に集まっていた。
「しっかし、本当に大丈夫なのか? こんな作戦で――」
困惑した様子のキースが、ニコニコとしているクレアとマダムクロッシェに尋ねる。
マダムクロッシェの隣に立っているクレアは、
「大丈夫っていうか、これくらいしか思いつかないだろう。私ら、学があるわけじゃあないし、策士じゃあない。自由に動くことができない人間を船から掻っ攫うには、力技しかないだろ? 彼らを手押し車に乗っけて必死で、走って――」
マダムクロッシェは、クレアの話を聞きながらゆったりと頷いて見せた。
「で、奪還した奴らをギルドや診療所、孤児院に匿って治療をすると――、本当にうまく行くのか? 手押し車に人を乗っけてぞろぞろと移動していたら、いくら素早く移動していたとしても、すぐにあいつらに見つかっちまうと思うんだけどな」
アーチャーもキースのように眉を顰めながらクレアに尋ねた。
「見つからないために、花祭りを開くのさ。船が到着する日にね。
元々、この花祭りは、私ら島民が勝手に始めたもんなんだ。だから、日程もざっくりで、規模もまちまちだったけど――、でも、場所だけは決まっていた。港の広場だ。
港の噴水は、貴族に追いやられた私らが、それでも島で生きてるっていう象徴だからね。
貴族に追いやられても、この港と広場は、私たちのもので、あいつらには絶対譲らずに、彼らになんと文句言われようとも、毎年噴水広場で祭りをする。これは、私らがずっと死守してきたことなんだ。
だから、今回の花祭りも、島民全員で参加して、港も広場も堂々と占拠する。魔王も貴族にもこの日だけは、広場にも港にも誰にも入り込ませないよ。」
クレアは、凛とした表情でキースとアーチャーに視線を向けた。ニヤリと笑って見せるクレアに、二人は眉尻を下げて顔を見合わせた。
「――それにしても、みんなのやる気がいまいちね。」
マダムクロッシェが、扇子でひらひらと扇ぎながら不満を漏らした。
「そうだろうよ。あいつら何だかんだお盆で稼いだからね。金貨10枚じゃやる気が出ないんだろうね。さあ、どうしたもんかな」
クレアも、思案顔で前方を眺めた。競争に参加する予定の面々は、緊張した様子もなく和やかにお互い談笑していた。
時折、楽しそうに笑い合いながら「まあ、とりあえず頑張ろうや」とニコニコとしながら、お互いの肩をたたき合っている。
「じゃあ、優勝者には、金貨10枚と――、それに、オフィーリアとの一日デート権を授与するって言うのを追加したら、どうかしら。リア、結構、ここの人たちにも人気あるんでしょう?」
マダムクロッシェは、首をコテンと傾げながらオフィーリアに視線を投げかけた。
「え? で、デート?」
オフィーリアは、突然の提案に困惑した様子で「え? 私と?」と、自身を指さした。
「なに?! だめだ!」
オフィーリアを抱きしめながら、ルークが反対だと叫んでいる。
「ダメもなにも、ルーク、これは、オフィーリアとデートできる唯一のチャンスじゃないのかい?」
クレアは、悪戯にそう微笑むと彼の肩を叩いた。
「ルーク、あんた、もしかしたらデートの最後にリアがキスをしてくれるかもしれないよ――」
クレアの悪魔の囁きにルークは、ごくりと息を呑んだ――。
急遽追加されたオフィーリアとの一日デート権という褒賞に、ルークや島の男たちは色めきだった。
一気に燃え上がった参加者たちの闘志を見て、ルークはひっそりと自身を魔法で強化した。結果、もちろんルークが優勝した。
しかし、ルークの強化魔法を見破ったオフィーリアは、主催者であるクレアに素早く報告し、彼はすぐに失格処分となり、自動的に二位であった者が繰り上がった。
金貨が入った袋を手にしている人物に、オフィーリアは満面の笑みで手を振った。
「ノエル!! 優勝、おめでとう!! すごい!!」
ノエルは、赤い瞳を嬉しそうに細めて、オフィーリアに手を振り返した。




