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第七十三話 マークの行方

「リアさん、いらっしゃい。――今日は、また、大人数ですね。」


 カールは、驚いた表情でオフィーリアの背後を見た。


 オフィーリアは、カールの古書店を訪れていた。彼女の後ろには、アーチャーとルークがいた。ルークは、不満げにオフィーリアの隣にいる男性を見ている。


「へぇ。ここがマークが店主をしていたっていう、本屋か。」


 オフィーリアの隣に立っている男性が、ほうと言いながら店内を見回した。貴族らしく姿勢を正して店内を歩きまわり始めた男性。カールは、男性を目で追いながら小声でオフィーリアに尋ねた。


「リアさん、こちらの方は――」


「ん、私のことかい? 私は、ここの元店主だったマークのちょっとした知り合いなんだよ。」


 男性は、カールの言葉に笑顔でそう答えながらカールにすっと手を伸ばした。


「ジャレッドだ。よろしく。」


 男性の口角は奇麗な弧を描いていた。彼の完璧な笑みにカールは、はぁと惚けてしかし、すぐにはっとして姿勢を正した。


「し、失礼しました。私は、カールと申します。今は、マークさんに代わって古書店(こちら)を任せて頂いております。」


「おいおいおい。カール、ちょっと待ってよ。君、僕と初めて挨拶した時とぜんっぜん違うじゃない。

いくらジャレッドがそれっぽいからって――、カール、騙されちゃいけないよ。

ジャレッドは、他のやつらと一緒で、フィーを狙う悪役だからね。フィーのこと『可愛いの極み』とか言ってでれでれしちゃうんだよ?

めちゃくちゃ、かっるーい奴だよ? なのに君、なんでビシッと姿勢正しちゃったりして、尊敬しますみたいな感じになっちゃってるの? え? 貴族だから? それなら、僕も一応、おう――」


 オフィーリアは、素早く振り向いてルークを肘で小突いた。ルークにだめよと、口だけ動かしながら眉を吊り上げる。


「まぁまぁ。ルーク、お前、落ち着け。」


 ルークの隣にいたアーチャーが苦笑しながらルークの肩を叩いた。


 ジャレッドは、ルークに視線を送ると目を細めて、ふっと笑みを浮かべた。


「あ、あいつ、今、僕を馬鹿にしたぞ!! 今、ふって鼻で、鼻で笑った。くっそ。」


 パシッ――


 ルークの背後にいたクレアが、彼の頭を叩いた。


「また、あんたは......ルーク、あんたそんなだといつかリアに捨てられるよ。」


 クレアは、そう言い残すとルークを追い越してすたすたと店内に入った。笑顔でカールに視線を合わせる。


「カール、調子はどうだい? 順調かい?」


「はい、おかげ様で大分慣れてきました。クレアさん、いつも声をかけてくださりありがとうございます。」


 カールは、クレアに笑顔を見せた。


「良かった。良かった。また見に来るから、何かあったらいつでもいいなよ。」


 クレアは、満足そうにカールに頷いて見せた。それからクレアは、ニヤリと口角を上げて、ジャレッドに視線を移した。


「あんたが、例のイケメン貴族かい? あんた、――なかなかやるらしいじゃないか。聞いたよ、シンシアより先にダニエルの情報を得たんだってね。リアにも目をつけて、すぐに手芸店を探し当てたんだって?」


 クレアは、腕を組んで片目を瞑った。


「たまたま、運が良かっただけですよ。それに、リアちゃんは、単に僕の好みだったから気になって追いかけただけです。」


 ジャレッドは、意味ありげにしながらオフィーリアに片目を瞑って見せた。


「んなっ! ジャレッド、今、フィーにウ、ウインクしたな! だめだ!」


 ルークは、オフィーリアを抱き寄せた。オフィーリアは、大きなため息を吐きながら、ルークの腕を解く。


「ルーク、ちょっと落ち着いてよ。誰が私のことを見ても、喋っても良いのよ。わかる? 大丈夫なのよ。」


「大丈夫なことあるか。あいつ、フィーを狙ってるんだぞ。」


 ルークは、腕に力を入れてオフィーリアを抱きしめる。苦しいとオフィーリアは、ルークの腕をぱたぱたと叩いた。


「ダメだね、こりゃ。ルークは、この間のあれがトラウマなんだね。かわいそうにこのヤンデレは。キスを奪われたのが、そんなにショックだったのかい。もうこうなったら、リア、あんたも腹括ってルークにキスの一つでもしてやりな。そうしたら、こいつだって満足して少しは、大人しくなるよ。」


 クレアの言葉を聞いてハッとしたルークは、腕を緩めた。


 オフィーリアは、「え? いやよ。」と、言いながら彼の緩まった腕を振りほどいた。


「なんで嫌なんだよ! イーサンには、キスされたんだろ? この間は、ノエルに頭をちゅってされてたし――ぼ、僕なんて、君の髪の、け、毛先にしかキスしたことないのに......」


「嘘だろ? ルーク、お前、まだ、リアにそれしか許してもらえてないの? 俺だって、リアの頭とか、頬にだってキスくらいしたことあるぞ? そんなの恋人同士じゃなくても、え? お前、それすらも――」


 アーチャーは、驚きの表情でオフィーリアを見た。ジャレッドも目を見開いている。


「だって、恥ずかしいのよ。仕方ないのよ。」


「リア、すげえな。お前、ルークに対しては――、鉄壁だな。」


 アーチャーは感心しながらオフィーリアを見た。


 肩を竦めるオフィーリアに、ルークは、

「フィー、僕にだけ、鉄壁なの? なんで? どうして? 僕も、キスしたい――」


 クレアは、三人の様子を眺めながらはぁと大きなため息を吐いた。


 アンタたち、本当に面倒くさいね。と呟いたクレアは、それからジャレッドに向き合った。


「あんた、ジャレッドだっけ? あんたも、友人を助けるためにダニエルの家に侵入したんだろう? その子、マークと関係のある子ってあんた言ってたけど、マークもその子も、二人ともあんたの入手した投資者名簿に名前があったのかい?」


 ジャレッドは、真剣な表情で深く頷いた。


「そうかい、私はまだその名簿だかを見ていないんだけど、結構な人数がダニエルの投資話に騙されてあっちに行ったそうじゃないか。彼らの手足も、ジョーンみたいになっていたんだろう?」


 クレアの言葉に、今度は、ルークとオフィーリア、アーチャーが真剣な表情で頷いた。


「その貴族の人たちも、孤児院の子たちみたいに救えればいいけど......」


 オフィーリアは、そう言いながら俯いた。ルークは、そっとオフィーリアの手を握り、「大丈夫、僕、ノエルと一緒に頑張るから」と囁いた。オフィーリアは、不安そうに頷きながらルークを見上げた。


 店内に、沈黙が満ちる。


「ま、ここでいくら考えたって仕方ない。とりあえずは、来月だ。シンシアの入手した資料には、その子たちを乗せた船、ネルソン家の騎士団の船だっけ? それが、来月この島に入港するんだろう? それまで、たっぷり時間はある。私らも彼らを助けるためにできる限りの準備を進めようじゃないか。余計なことを心配しないで、後悔しないように頑張るだけさ。」


 クレアは、笑顔を作った。


 オフィーリアたちも彼女のように笑顔を作り、それぞれ静かに頷いた。

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