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第七十二話 勇者が連れてきてしまった令息

「フィー、ちょっと真剣にこっち向いて――」


 手芸店のカウンター。ルークは、隣にちょこんと座っていたオフィーリアの頬を両手で包み込み、彼女の視線をルークに向かい合わせた。


 ルークは、真剣な表情でオフィーリアを見つめながら、

「シンシアとの任務って、ダニエルのタウンハウスに二人で潜入することだったよね。ただ、潜入するだけだったよね? エリザベスと帝国とダニエルの関係を探るために、潜入するだけ――、そうだったよね?」


 オフィーリアは、こくこくと頷いた。時折、ちらちらと横に目線を移すオフィーリアにルークは、「よそ見はダメだよ。フィー。」と、彼女の頬をがっちりとホールドした。


「確か、君たちの設定は――シンシアが遠くの親戚である君、フィーを連れてサロンでダニエルの投資話に耳を傾けるっていうやつだったよね。

君は、まだ右も左もわからないデビュタント前のご令嬢だから、今回のサロン参加は、社交デビューの練習もかねてて、だから、あまり君は、ものを言わずに、シンシアが喋っている横で笑顔で頷いているだけって、そういう細かーい設定を、僕、作ったよね?」


 オフィーリアは、またコクコク頷いた。助けを求めるように横に視線を送るが、横から聞こえるのは笑いを堪えるクククという微かな音のみ。


「フィー、よそ見をしない。こっちを見て。まだ僕の話は、終わってないからね。

それで、僕がなぜこんな設定をしたかというと、君がサロンで、いつもの調子で、男どもの前で、いろいろ喋ったり、動いたりすると、君のその子リスのような可愛らしい言動に、瞬殺される男どもが増えるから、また、君にくっついてくる男が現れるおそれが、大いにあるからそれを何としても阻止するために、それで君には、最小限の言動でいてもらうって、そういう事だったよね?」


 ここまでは、わかった?と、ルークは、オフィーリアに確認した。彼女は、力ずよくブンと首を縦に振った。


「で、君は、きちんと僕との約束を守って、微笑みと頷きだけを繰り返した。そうだね。

で、隙を見てサロン会場を抜け出したシンシアと君は、ダニエルの執務室に向かった。シンシアが、執務室で情報を探っている間、君は執務室の前で、うろうろしながら見張りをする。

もし、万が一、ダニエルが来たら、君は、おろおろしながらシンシアを探しているとダニエルに言って、一緒にシンシアを探してくれとダニエルにお願いして、それで彼を執務室から遠ざけつつ、シンシアに合図を送ると、そういうことだったよね?」


 オフィーリアは、こくこくと頷いた。


「で、結局ダニエルは君の前には現れずに、シンシアもなんとか情報の一部を手に入れることができたと、作戦は成功した。そういうことで昨日、帰って来たんだよね。」


 うんうんと頷きながらオフィーリアは、カウンターに視線を移した。彼女の目線の先には、一枚の紙が置かれていた。


「それに、僕の例のやつも反応を示さなかった――。つまり、君は、誰にも触れられず、大した言葉も発することなく、ただ微笑んでタウンハウスを無事に脱出した。そうだね。」


 オフィーリアは、ルークを上目遣いでその通りですと呟いた。


「――だったら、だったら、なんでこいつがいるんだよーー!!!」


 ルークは、オフィーリアの頬から手を離すとビシッとカウンター越しを指さした。


 オフィーリアは、肩を竦めながらカウンター越しに視線を移す。


 彼女の視線の先には、ひらひらと紙を振りながらニヤリと口角を上げている男性がいた。


 彼は、貴族然とした風貌でしかし、その雰囲気を壊すほどにいたずらな笑みを浮かべていた。


「だってさ、リアちゃん、めっちゃくちゃ可愛かったんだよ。僕が、ダニエルの執務室の前で、リアちゃんにぶつかっちゃって、それでね、僕、リアちゃんのことを心配して、彼女の顔を覗き込もうと手を伸ばしたら――」


 クククと思い出しながら男性は、「『いやっ。触らないで、お願い』って、上目遣いでさ、うるうるしてて、それで、『あの人との約束だから』って、唇もぷるっぷるさせてさ、お願いするのよ。この僕に。――そのお願いがもうね。最高に、僕の好みでね。可愛いの極み。

それでね、僕、リアちゃんのことが気になって仕方なくなっちゃって、頭から離れなくって、で、思わず――、ついてきちゃった。」


 てへ。と両肩を上げた男性は、それから「可愛いよなぁ」と呟きながら目尻を下げてオフィーリアを眺めた。


「ダメだー! お前、絶対にフィーを見るな! もうだめだー、見るだけもダメだー!! ああ、もう決めた! 僕は、作る!! フィーを見ただけで感知するやつ――、喋っただけで反応するやつ! 全部、全部作ってやるー!!!」


 店内に、ルークの叫び声が響き渡った。

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