第七十話 消えた貴族の行方
「ダニエル・シーブ伯爵令息が仲介している投資サロンのことは知っているわね――」
マダムクロッシェの言葉に、その場にいた全員が黙って頷いた。
オフィーリアたちは、ギルドの食堂に集まっていた。彼らは、長机を囲むように座っている。
オフィーリアの目の前には、マダムクロッシェとシンシアが並んでいた。マダムクロッシェの後ろには、キースが立っている。
オフィーリアの隣には、ルークがぴったりと寄り添っていた――。ルークの隣には、クレアが座っている。彼女は、ルークに呆れた眼差しを向けてため息を吐くと、視線をマダムクロッシェへと戻した。
マダムクロッシェは真剣な表情で彼らを見渡し、口を開いた。
「帝国のギルドに元貴族令息の捜索依頼がきたのよ。島の男爵家当主からの依頼で、ダニエル・シーブの仲介で投資をするために帝国に行ったっきりなんの連絡も寄越さない息子を探して欲しいって。
それで、私たちはその息子のことをすぐに探し始めたのだけれど、彼、帝国に入国した記録がなかったのよ。」
「え? でも、カールが言ってたわ。ダニエル・シーブにお金を払って、それで、カールの知らないうちに船でみんなが出発したって、それでカールは乗り遅れて――」
オフィーリアは、困惑した表情で自身の記憶を手繰りながら独り言ちるように呟いた。
「そうね。リアのいう通り、船は出発したのよ。それで、その令息についてもその船に乗ったところまでは確認が取れたの。」
マダムクロッシェが、クレアに視線を移した。クレアは、
「調べたらその船が島を出たって記録も、ちゃんと残っていたよ。帝国方向に向かっていったっていう証言もある。」
クレアの言葉に頷いたマダムクロッシェは、
「――でも、帝国に入国したという記録がないのよ。それでね、ギルドで雇っている情報屋に聞いてまわったのだけれど、どうやらその船の乗客、帝国の手前で他の船に乗り換えたらしいのよ。」
「船を乗り換えた?」
オフィーリアと同じように困惑した様子でルークが尋ねた。
「そうよ。情報屋が聞いた話では、この島を出た船と特徴の一致する船が、もう今は誰も使っていない港の近くに停泊していたらしいの。
でも、その船は、港に着岸はせずに、二艘の船の間でボートを何度も往復させて、一回り大きい船に移動させていたと言っていたわ。
最初は、その目撃者は密輸か何かを疑っていたらしいの。でも、移動されているのは荷物ではなく人だけ。それでその時の移動していた人たちの姿が、とても異常だったって――」
「異常って――」
オフィーリアは、ルークの手を握りしめた。ルークも彼女の手を握り返している。二人は、マダムクロッシェを見つめた。
「みんな、一様に白い服を纏っていたらしいの。その目撃者によるとその服は、病院で着せられるような簡素なものだったらしいわ。
移動していく人たちはみんな男女関係なく、同じ服を着ていて、手足がむき出しになっていたって。
でも、それ以上におかしかったのは、彼らの手足が、骨が露わになったかのようにやせ細っていたことだったそうよ。
よくあんな状態で動けているとそれくらいにやせ細っていたって、それも――手足だけ。
その目撃者は、移動させられている彼らのその異常な痩せ具合をみて、何らかの病気にかかった患者たちを隔離するために秘密裏に病院かどこか、人に知られないような場所に強制的に移されていると考えたらしくて、何かの感染症なら自分もうつされるかもしれないとすぐにその場を離れたらしいの。
だから、船の行先までは分からなかったわ。
唯一わかったのは、その船には三本の朱色の線が引かれていたことそれだけなの。
それでその特徴にあう船を片っ端から調べたのだけれど、何艘かある船の中に一人の人物の名前が挙がったの。それは、ネルソン家のエリザベスよ」
「エリザベス?!」
オフィーリアは、目を見開いて声を上げた。
「そうなの。リアムにも確認したのだけれど、エリザベスは、王城で開かれたイザベラ王女の交流会で姿を見せて以降、公の場には現れてなかったらしいの。
彼女どうやら交流会後に、人知れず帝国に渡っていたらしいのよ。
私も彼女のことはローズとの騒動以降気になっていてなんとなく気配を追っていたのだけれど、突然彼女の気配が途切れたことがあったのよ。
それ以降彼女のことは追えなくなってしまって、恐らくその時に帝国へ渡ったんだと思うわ。
彼女、帝国でダニエルの投資の仕事を手伝っているって、エルザの知人に伝えたらしいのよ」
マダムクロッシェは、そこまで言うと一呼吸置いた。
彼女は、居住まいを正しながら、
「実はそのダニエル・シーブがこの間、帝国に入ったという情報があったの。彼、島の伯爵令息なのに、帝国の王城に何度も出入りしているって。
帝国ではこちらよりもうずっと身分差が厳しいから、王城へ出入りして王族との交流を許されるのは、ほんの一部の高位貴族だけなのよ。」
「俺も、帝国の公爵家としてまだ数回した登城を許されていない。帝国では、王族と臣下との差がとても大きいんだ。天と地ほどの差があるといっても良い。」
シンシア、腕を組みながらため息を吐いた。
マダムクロッシェもシンシアに同意しながら、
「でもそれだから、今までノエルや、イーサン、魔王すらも人知れずに何百年も帝国に囲われることができたのよ。王族の秘密主義は昔から徹底されているの。時代は変わってもあそこだけは変わらなかったわ。」
「――でも、そこにダニエル・シーブは出入りしている。」
クレアは、低く唸るように呟いた。
「そうよ。あの伯爵令息は、確実に王族と、いえ、フォーリーと繋がっている。」
マダムクロッシェは、クレアに頷きながら話しを続ける。
「私たち平民は、帝国の王城にはどうやっても入り込めない。でも、ここは帝国ほど厳しくない。
私たちは、帝国に探りを入れることはできないけど、でも、ダニエル・シーブが定期的に開催するサロンには入り込める。
そして、幸運なことに、今回彼が開くサロンは、ダニエル・シーブ、彼個人が所有しているタウンハウスで開かれるらしいの。
――だから、リア、貴方とシンシアには彼のタウンハウスに侵入して、彼の持っている情報を入手して欲しいのよ。
彼が暮らすタウンハウスになら、帝国にいるエリザベスとダニエル、彼らのやり取りの痕跡がきっとあるはずだから。」
マダムクロッシェは、そう言って真剣な表情でオフィーリアを見つめた。




