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第七話 シンシア、貴族街に舞い降りる その2

『もう終わったか? テンプレだな。』


 野太い声でそう言ったシンシアは、それから帽子のつばを摘まみ上げながら妖艶な笑みをジョーンに浮かべて見せた。露わになったシンシアの顔を見たジョーンは、目を見開いて叫んだ。


「お、お前! 誰だ!!」


「ククク。 俺は、お前らみたいなクズどもに()()()して、悩めるご令嬢たちを助ける、まあ、正義の味方? ヒーローって感じか? ああ、ご令嬢たちからは、シンシア様って呼ばれてるな。」


 蔑むそうな眼差しでジョーンを見ながらシンシアは続けた。


「しっかし、お前、ヤバかったな。ずっと俺を彼女だって疑わずに、ぐちぐちぐちと。よくもまあ、あんなに自分を支えてくれていた婚約者を罵倒できたもんだな。しかも不貞って。クズの極み。」


 シンシアは、それから冷めた表情でナンシーを見た。


「そこの勘違いピンク女、お前。ナンシーだったか? お前は、窃盗を犯した罪人として憲兵に引き渡すことが決まった。クズモブが。俺の視界からとりあえず消えろ。」


 シッシッ。そう言ってひらひらと手を振ったシンシアは、さっと後ろを振り向いて控えていた侍女に涼やかに微笑んだ。「例の書類を頼む。」と言って、侍女から書類を受け取ると、それをジョーンに投げるようにして渡した。


 突然降ってきた書類をジョーンがなんとか受け取ったのを冷たい眼差しで確認したシンシアはそれから、ふぅと息を吐き、帽子を脱いだ。


 左右に首を振りながらシンシアは、その艶やかなストロベリーブロンドの髪を解し、ほっそりとした白い透き通るような手で前髪を掻き上げた。


 シンシアの色気の滲み出る仕草に釘付けとなったジョーンは、惚けた表情をし頬を紅潮させた。


「気持ち悪いな。お前。」


 蔑むような表情をしたシンシアにそう拒絶されたジョーンは、取り繕うようにすぐさま手元の書類に視線を落とした。


 書類には、ジョーンの知らない事実が詳らかに記載されていた――。


 ナンシーは、シャロウ伯爵家当主の娘ではなく、当主の弟が、平民との間に作った娘であり、彼女は、伯爵のお情けで邸に寝泊まりさせてもらっている平民であったこと。


 グレースがナンシーを虐めていたという事実は全くなく、そもそも、彼女らが顔を合わせた事は数回ほどしかないこと。


 此度の憲兵の取り調べでナンシーが伯爵家の所有の金品を何度も盗んでいたという証拠が挙がったこと。


 書類に記載されていた内容のすべてが、ジョーンの先ほどの主張を真っ向から否定していた。


 書類を読み進めていくうちに真っ青になっていくジョーンをシンシアは、ニヤニヤしながら眺めた。


 ジョーンの隣では、誰にも相手にされなくなった罪人ナンシーがなにやら恨み節を叫び始めたが、シンシアがナンシーの傍に控えていた護衛に目配せをするとすぐに護衛は動き出し、手早く彼女を拘束して庭園を後にした。


 静寂の中、黙々と書類を読み進めるジョーン。


 シンシアが楽しそうにジョーンに話しかけた。


「そういえば、お前、本物のグレースが今どこにいるかわかるか? 彼女は、今お前の家にいるんだぜ。グレースと、彼女の父親、それにお前の両親、お前の兄である次期侯爵殿、彼らがお前抜きで、お前の婚約破棄に関しての話し合いをしているんだ。

今頃は、そうだな。慰謝料の請求やその他もろもろ終わって、あとは、お前の署名を残すだけになっているだろうか。

平民との不貞を働いて婚約破棄を突きつけられたお前を、お前の家族はどうするだろうな。

ククク。

グレースを何年も裏切って虐げてきたんだ。それなりの処罰が下るだろうが、まあ、()()()だな。平民堕ちか。ククク。ほんっとお前は馬鹿なことをしたな。」


「平民...」


 書類に目を通し終わり、呆然自失と言った様子で呆けていたジョーンは、シンシアをぼうと眺めながら呟いた。


 シンシアは、ニヤリと黒い笑みを浮かべて、席を立った。


「では、そろそろこの辺でお開きとさせて頂きます。

ジョーン様、本日は、シンシアの断罪お茶会へお越しいただき誠にありがとうございました。

お元気で。さあ、さあ、ぼけっとしてないで、さっさと貴族街(ここ)から出て行って下さいまし、未来の平民、ジョーン様。」


 そう言って、シンシアは、綺麗なカーテシーを披露した。


 ジョーンは、顔を真っ赤にしながら怒りの表情で立ち尽くしている。


「ジョーン様、もうそろそろ...」


 しびれを切らした執事が、手を伸ばした。


「触るな!!」


 ジョーンは、侍従の手を乱暴に払いのけた。


「し、失礼する」


 震える声で言ったジョーンは、逃げるようにして庭園を後にした。



 ――カサカサ、カサ、カサ、カサカサ


 どこからともなく現れた一匹の小さな蜘蛛がまっすぐと迷いなくジョーンを追い始めた――。

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