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第六十五話 勇者たちの憂いと突き抜けた親心

「しかし、ルーク、お前、リアにさっき振られたばかりだろ――」


 レオンが口を開いた。腕を組みながら呆れた顔をしている。


 仮眠室には、アーチャー、オフィーリアの他に、ルーク、レオン、ロイドがいた。ベッド一つしか置かれていない小さな仮眠室は、満員状態となっている――。


 オフィーリアの精神状態を心配したアーチャーが真意を聞こうと彼女の頬に手を添えた瞬間、ルークの叫び声が診療所に響き渡った。


『フィー!!! 君はまた!!! 許さん!!』


 ダッシュで仮眠室へ向かうルークを止めようと、レオンとロイドが追いかけたが彼らがルークに追いついた時には、彼はすでにオフィーリアを抱きしめていた。


 油断も隙も無い! とアーチャーに抗議している。


 やれやれといって部屋に入って来たレオンとロイドは、突然の出来事に理解が追いつかない様子で固まっているアーチャーに同情の眼差しを送った――。




「――お前、今度はどんな魔法を作った? リアの身体に何かしたろう。はぁ。お前は、どうして、――さっき言われたばかりだろう? お前はリアの恋人じゃないって」


 レオンは、前髪をくしゃりと掴みあげながらルークを見遣った。彼を見ながら大きなため息を吐く。


 ルークは、オフィーリアを抱きしめたまま、

「知らん。フィーが恋人じゃないと言っても、知らん。僕は、今までも、これからもずっと、フィーが一番だ。唯一だ。

あんな戯言一つ言われたくらいで、はいそうですかと諦めるわけなかろう。

それに、恋人がダメでも、そんなものすっ飛ばして、妻にすればいいだけのことだ。

僕は、必ずフィーと結婚する。そういう運命なんだ! だから、誰もフィーに指一本触れさせん!! だめだめ言われても、何を拒否されても、僕は、一生フィーに縋り付く!!!」


 ルークの腕に力が入り、オフィーリアは彼の胸に顔を埋めた。


「うわ。縋り付くって、どういうこと。さすがに、それは怖いんだけど。しかもなんで、いきなり偉そうなの? いきなり暴君王子?」


 ロイドが、お前の頭、大丈夫かよとルークに軽蔑の眼差しを向けた。


「ルーク。アーチャーは、リアのことを心配しただけだろう。お前も気にしてただろう、リアのこと。」


 レオンが諭すようにルークにそう言うと、ルークは、ゆっくりとその腕を解いた。オフィーリアをベッドに座らせたルークは、ひしっと彼女の手を握りしめた。


 レオンは、横目でルークの手を見ながらため息を吐いた。


「それで、リア、君、今度はどんなこと考えて突っ走ってたの?」


 ロイドが、壁にもたれ掛かりながら尋ねた。肩を竦めたオフィーリアは、俯きながらぽつぽつと話し始めた。


「私の浄化の力、どうしてもうまくいかないのよ。

だから、魔物を消滅させるためには、この聖剣でしっかりと魔物を切り裂かないといけない。

――それで、もし、魔王を消滅させるって考えたら、そうしたら、私、これで、魔王を何度も切らなきゃならなくて、絶対一回刺しただけじゃ、消滅しないでしょ。

――昨日の蜘蛛の魔物でも一回じゃダメだった。

だから、そうだとしたら、何度斬りつけないといけないのかなって考えて、それに、ずっと考えてたのよ。

どうやって倒せばいいのか、この聖剣(ナイフ)で、どうやって魔王を消滅させるのかって――。何回も、何回も自分の頭の中で、魔王と戦って、戦って、

それで毎回思うの、奇跡的に魔王を倒せたとして、絶対――私、死んじゃうんだろうなって」


 沈黙が仮眠室を支配した。オフィーリアを握り締めるルークの手が震えている。


 レオンが口を開いた。自身の袖を捲り上げながら彼は、

「俺、色々試したんだ。聖鋼をもっとだせないかって、――でも駄目だった。何をやっても、――駄目だった。

お前だけじゃない、俺も、毎日考えてる。

俺も、魔王が襲ってきたらこの体中の血を肉を全部使って、俺の身体の中に少しでも残ってるこの聖鋼を全部――、俺の命と一緒にやつにぶち込んでやる。」


 露わになったレオンの腕には、無数の切り傷があった。オフィーリアの頬に、涙が伝う。


「リア、僕だって、もうとっくに覚悟しているさ。その時になったら、正気を失っても、二度と人間の姿に戻ることができなくなっても、僕は、この獣人の身体を全部、隅々まで変化させて、強化して、魔王に突っ込む。気が触れるまで最後まで奴を殴り続ける。」


 君は、一人じゃないよと、ロイドは、凛とした笑顔を見せた。


 オフィーリアは、嗚咽を漏らした。ふっ、ふっと泣きながら体を丸めた。


 ――カタカタカタ


 突然響いた金属音に、全員が顔を上げた。扉の前には、お盆を手に打ち震えているクレアがいた。彼女の手にしているお盆の上には、スープとパンがあった。


「――あんたら、あんたら!!!!!」


 叫び声を上げたクレアは、


「こんの馬鹿どもが!!!! 勝手に死ぬんじゃないよ!! 誰が、あんたたちだけで魔王と戦わせるって言った?!

はん??!!! 勘違いするんじゃないよ! この島は、あんたたちだけのもんじゃない! 私らのもんでもあるんだ!

この島を魔王が襲うってんなら、あんたたちじゃなく、まず私らが、この命をはるんだよ!!

大事な子どもたちを危険にさらして、のうのうと生きる親がどこにいるってんだい!!! 見損なうんじゃないよ!!」


 ――ぐわぁああと雄たけびを上げたクレアの手元がピッカーンと光り輝いた。


 ――え?


 全員が驚いた表情で、お盆を見つめる。


 クレアが握りしめているお盆の煌めきに呼応するかのように、オフィーリアの腰の聖剣が光り輝いた――。

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