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第六十四話 アーチャーの真意

「アーチャー、おはよう!」


 勢いよく扉を開いたオフィーリアが、爽やかな朝の海風とともに室内に入ってきた。


「二人とも来てくれたのか、ありがとう。」


 アーチャーは、穏やかな笑顔を見せた。彼の上半身には包帯が巻かれている。昨日、脇腹に刺し傷を負ったアーチャーは、診療所でロイドに処置をしてもらい、昨夜はそのままオフィーリアの仮眠室で様子を見ることになった。



「ルーク、お前の回復薬のおかげで、魔物の毒も体内に広がる前に止められたみたいだ。熱も出なかったよ。それに、ここに着いた時には、出血も止まっていたから傷に治りも早いみたいだ。明日には、もうここを出ても大丈夫だってロイドが言ってたよ」


 アーチャーは、そう話しながらルークにありがとうと片目を瞑って見せた。ルークは頬を染めるとふいと顔をそむけた。


「回復薬は、テッドの対応が早かったから良かったんだよ。僕は、大したことしてないし、それより、アーチャー、もう絶対にフィーにキスしようとしたらダメだからね。」


「またその話? ルーク、しつこいよ。キスしてないって言ってるじゃない。」


 なんで信じてくれないの? と抗議するオフィーリアに、


「だって、フィー、君、イーサンとキスをしたんだろう。それを、隠してたじゃないか。」


「隠してなんかないわよ。みんなは、知っていたわよ。秘密はなしだから――。でも、みんなが言ったのよ、ルークは面倒だからあいつには、キスのこと言うなよって――」


 ルークが面倒くさいのが悪いのよと頬を膨らませたオフィーリアに、ルークは声を上げた。


「面倒くさいって、どういうことなの?! 知らなかったのは僕だけ? フィー、僕が面倒だから言うなってみんなに言われて、それで僕に言わなかったってこと? みんなも、君も、酷すぎない?!」


 ひどいよ。みんなと落ち込むルークに、苦笑しながらアーチャーが言った。


「ま、キスくらいいいだろ。お前らまだ若いんだし、ちっちゃいことをねちねち言う男より、どっしりと構えてる男の方がもてるらしいぞ。」


「どっしりと構えてたらフィーの初キスが搔っ攫われたんだ。もう絶対に、誰にもフィーの初めては渡さないからな。フィー、今度は、ちゃんと誰から誘われても、きちんと断るんだよ。」


 必死になりながらオフィーリアに訴えかけるルークに眉を顰めたアーチャーは、「なんだよ、お前。気持ち悪いな。フィーの初めてを独占って、だからヤンデレって言われてるんじゃないのか? フィーは、ものじゃないんだからな、誰と何をしようとお前に関係ないだろ」


「そうよ、ルーク。そんなことばかり言ってるからみんな貴方には内緒にしろって言うのよ。そ、それに、ずっと私、考えていたのよ。えっと、わ、わたしたち、べ、別に、その――」


「なんだよフィー」


 不貞腐れた表情でルークは、オフィーリアを見つめた。オフィーリアは、顔を真っ赤にしている。


 アーチャーは、にやりと口角を上げた。これは、面白いものがみれそうだと腕を組み始めた。


「――、わ、私たち、そのこ、恋人同士じゃないでしょ――」


 上目遣いでルークにそう言ったオフィーリアは、それからビシッとルークに指さした。


「だから、私の初めて全部、私のものなのよ!」


 オフィーリアの言葉に愕然としてへたり込んだルークの頭上にレオンの楽しそうな声が降ってきた。


「ククク。ルーク、お前、思いっきり振られたな。」


 開け放たれていた扉にもたれ掛かっているレオンが肩を震わせている。アーチャーも眉尻を下げてルークに同情の眼差しを向けていた。


 ようやく言えたわと、オフィーリアはすっきりとした表情をしていた。


「恋人じゃなかったの? 僕たちだって――」


 酷いよとオフィーリアに縋り付いたルークの襟ぐりを掴んだレオンは、

「ほら、遅いから迎えに来たぞ。今日は、ノエルと一緒に子どもたちの治療をするんだろう。みんな待ってるんだからな。」


 早く行くぞと言ってレオンは、項垂れているルークを抱えるようにして部屋を後にした――。



「――お前、良かったのか?」


 大丈夫か? とアーチャーは、心配そうな表情でオフィーリアに尋ねた。


「大丈夫よ。これで大丈夫なのよ。いいの。」


 オフィーリアは、扉を眺めながら呟いた。振り返ってアーチャーを見たオフィーリアはおどけた表情を作り肩を竦めてみせた。


「そうか、お前がそう言うなら、いいか。」


 アーチャーは、納得のいかない表情をしていたが、そのまま言葉を飲み込んだ。


「あ、そうだ! 今日はね。アーチャーに良いものを持ってきたのよ!」


 手をパンと叩いたオフィーリアは、扉の隅に無造作に置かれた麻袋に視線を移した。足早に、麻袋に近づいて中から紙袋を引っ張り出す。


 満面の笑みで紙袋を抱えたオフィーリアは、袋の口を開き鼻を近づけた。


「はあ。最高の匂いだわ。これだから焼きたてはやめられないのよ。」


 恍惚として天井を仰いだオフィーリアは、それからアーチャーに笑顔を見せた。


「さ、弱ってるときは、甘いものよ! 徹夜して焼いたの、山苺ジャムのクッキーよ。」


 オフィーリアは、紙袋の中から花型のクッキーを取り出した。花の中央には、赤いジャムがのせられている。


 アーチャー、どうぞと言ってクッキーを差し出したオフィーリアに、アーチャーは照れくさそうにして口を開けた――。


「――うまいな。これなら十分店に出せるぞ。上達したな。」


 アーチャーは、噛みしめながら感心したようにオフィーリアを見遣った。


 オフィーリアは、「でしょ? 早くうまくなりたくて、毎日焼いていたのよ。それに、このジャムも、上手に作れたわ。良かった――」


 アーチャーは、柔らかな笑みを浮かべるオフィーリアの目元をそっと撫でた。


「お前、大丈夫か? 隈ができてるぞ。昨日だって、その魔力だかをたくさん使ったんだろう? あんなにぐったりしてたじゃないか。」


 お前、無理してないかとアーチャーは尋ねた。


「うん。大丈夫、どうしてもみんなに食べてもらいたかったのよ。山苺だって、すぐに処理しないとあっという間に腐っちゃうし、それに、もしかしたら、もうあの山に入れなくなっちゃうかも――」


 アーチャーは、寂しそうに俯いたオフィーリアをそっと抱き寄せた。


「お前、もう十分すごいから、あんまり無理すんなよ。魔法をばんばん使って、徹夜でクッキー焼いて、朝一で俺んとこきて、看病って――働きすぎだろ。

それに、俺と元婚約者(お姫様)のことだって、調べるの大変だっただろ、お前いつ寝てんだよ。本当に大丈夫なのか?」


「大丈夫よ。アーチャーのことは、あれは、マダムが言ってたのよ。アーチャーの想いがまだお姫様に残っていて、それでその想いはとっても真っ直ぐで、純粋な透明色だったって――、そんな人が、悪役になんてなるはずないって思ったのよ。それで、ロイドに相談したらロイドがすぐに調べてくれて、だから、私は、大丈夫よ。」


「それであんなお話作って、子どもたちに聞かせてたのか。お前、本当にすごいよな。テッドの昨日のあの顔、あんな顔で見られたの本当に久しぶりだったよ。嬉しかった。」


 アーチャーは、オフィーリアを抱き寄せたまま上を向いた。天井を眺めながらゆっくりと口を開く。


「俺の婚約者、あいつ、俺と離れて帝国に留学していた時期があったんだ。そん時に、平民の男と知り合ったらしいんだけど、

あいつ、帝国から帰ってきても何も言わなかったくせに、ずっといつもの笑顔を見せてたくせに、もう卒業式だって時に、いきなり俺に告白してきやがった。

好きな男がいるって、それでそいつと一緒になりたいって、親に勘当されても、平民になってもそれでもあの男と一緒になりたいって、ごめんなさいって泣いて謝ってきたんだよ。

俺たちは、卒業後にすぐに結婚するはずだったのに、でも、俺、あいつのことずっと好きだったから――、もう時間もなくて、あんなことでしか彼女を解放してあげられなかったんだ。」


 アーチャーは、オフィーリアを抱きしめている腕に力を込めた。


「めちゃくちゃな計画だったんだ。でも、俺が決めたことで、大好きなあいつの幸せの為なら、俺は、どう思われても平気だって思ってたんだけど、すごく孤独だったんだ。

でも、リア、お前が俺のことに気がついてくれたから、俺を拾ってくれて、みんなにいろいろ話してくれて、だからテッドも子どもなのに俺のこと理解してくれて、貴族街(あっち)ではずっと邪険にされてたけど、平民街(こっち)では、みんな俺を受け入れてくれて、――お前は、俺を救ってくれた。すごく嬉しかった。」


 ありがとうと掠れた声で囁いたアーチャーは、それからそっとオフィーリアから手を離すと彼女をまっすぐに見据えた。


「――リア、駄目だ。お前が何を考えてるのかはわからないが、でも、駄目なんだ。俺は、お前のその態度を見過ごせない。その目を見ればわかるんだよ。お前、あんときの俺と同じ目をしてる。

お前、一体なんの、誰の、犠牲になろうとしてるんだ? 誰のために泥をかぶろうとしてる?」


 ――お前は、なんで生き急いでるんだ?


 オフィーリアは、真剣な表情でそう尋ねるアーチャーを見上げながら力なく笑った――。

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