第六十話 魔王の世話を焼きたい勇者
「ノーーーエルっ! おっはよ。」
オフィーリアは、はちきれんばかりの笑顔で、扉を開いた。診療所の仮眠室。オフィーリアは、昨日、目覚めたノエルのもとを再度訪れた。
「ひどいよ。フィー。僕との挨拶は、そんなかわいいもんじゃなかったじゃないか。」
オフィーリアの横にぴったりとくっついて苦い顔をしているルークが、愚痴をこぼした。
「まぁ。まぁ。やっと姫様の想いが届いたんだ。今日くらい許してやれよ。姫様、ノエルに初めて会った時からずっと悩んでたんだもんな。」
良かったなと言いながら、キースはオフィーリアの頭を撫でた。
「んなっ!! 想いが届いたって!!!? まるで愛の告白じゃないか!?」
顔を真っ赤にして許さんと地団太を踏んでいるルークを置き去りにしてオフィーリアは、椅子に座った。
彼女の隣では、ノエルが身体を起こそうと肘をついていた。
痛みで顔を歪めながらも起き上がろうとするノエルを、オフィーリアは眉尻を下げて制した。
「ノエル、まだ起きちゃだめよ。貴方、昨日目覚めたばかりじゃないの。当分は無理しないで、ほら、朝ごはんもここで食べられるように持ってきたのよ。」
私のお手製よとオフィーリアは、笑顔で手提げ籠を見せた。「ここ、テーブルが無いのよね。」と言ったオフィーリアは、勢いよく立ち上がり部屋の隅にある木箱の方へと足早に移動した。ルークが慌てた様子で、オフィーリアの後を追う。
「ここ、そんなに広くないんだから、あんまり走って暴れまわるな。うっとうしいぞ、ルーク。」
キースは、扉にもたれ掛かりながら腕を組んだ。やれやれといった表情でオフィーリアとルークを眺めると、視線をノエルに移した。
「――ジョーンが、色々と話してくれたんだが、マダムはどうもあいつのことが信用できないらしい。本当にお前が彼の身体を治したのか? それで、子どもたちの手足も治せる可能性があると――、それは、本当なのか?」
「信用って、ノエルのことは信用するのかよ。」
木箱を持ち上げながら、不貞腐れた様子でルークが言った。オフィーリアは、ルークを小突きながら反論する。
「ノエルは、絶対に信用できるわよ。マダムも言ってたし、私も保証するわ。ノエルは、仲間よ。」
そうよね、ノエル。とオフィーリアは、嬉しそうにノエルのベッドに腰かけた。木箱をベッドの傍に置いたルークも、負けじとオフィーリアの隣に座ってみせる。
ノエルは、二人の様子に眉尻をさげ小さく微笑むと、天井を仰ぎながら話し始めた。
「ジョーンは、私が監禁されていた牢屋に食事を運んできてくれていたんだ。魔王に改造されたジョーンの手足に自由はない。だから、あの時も、魔王の命令で、ジョーンは私のもとへ食事を運んできていた。牢屋まで食事を運んで、また戻る。それしか彼には許されない。――でも、彼はそれでも抵抗しているようだった。」
「抵抗か。」
キースの言葉に、ノエルは、天井を見据えたまま頷いた。彼はおもむろに自身の額を指さした。
「ジョーンは、床で倒れている私のここを触りながら言ったんだ。『魔王は、兄上のようだ』と、彼は、魔王に手足を操られ必要以上の事はできないはずなのだが――、ジョーンは、傷ついた私の額を、身体を――、震えながら擦ってくれた。――しばらくして彼の手が、自分の意思で動くようになったと――そう言ったんだ。」
「それで、ジョーンはフォーリーの支配を逃れることができたのか。しかし、おかしいだろ? 孤児院の子どもたちとはお前も触れ合っていたのだろう?」
ノエルは、視線をキースへ移すと小さく首を振った。
「いいや、私は、子どもたちには一切触れていない。彼らに私の姿を見せたことも一度もない。
私は、長年、魔王に仕えていた。彼の瘴気も十分に浴びている。そんな私が、まだ未発達の子どもに接してどんな影響を及ぼすのか――、だから、イーサンと話し合って、子どもたちとの接触を避けていたんだ。イーサンに、すべてを任せていた。――イーサンとの接触も、子どもたちが毒に侵されてからは、最低限にしていた。」
「それで、イーサンは、お前が監禁されていたことを知るのが遅れたのか。でも、どうしてそこまでして子どもたちを? 彼らとお前の接点は何かあったのか?」
「イーサンの死んだ両親が遺した忘れ形見があの孤児院だった。イーサンの居場所は、孤児院なんだ。黒魔法使いは、代々魔王に囲われる。それでも、イーサンが生きてこれたのは、孤児院が彼の心の拠り所がだったからだ。それなのに――、私のせいで、私たちが存在しているせいで彼らは――。」
悔しそうにノエルは、拳を握りしめた。ルークは、黙ってノエルの顔を見つめていた。オフィーリアは、泣きだしそうな顔をしながら天井を見上げ何度も瞬きをした。
「もし、私の魔力で魔王の毒に侵された子どもたちを治すことができるなら、私は、この魔力を全部使ってでも彼らを治したい。信用できない情報でも、少しでも可能性があるのなら、試してみたいと思う。――イーサンの大切なものを守りたいと思う。」
そう言い終わるとイーサンは、キースに視線を移した。そして、どうか信用して欲しいとキースの目を見ながら伝えた。
「――心の拠り所を守りたいのか。」
ルークは、そう言うと、よしっと気合を入れるようにして立ち上がった。
「なら、信用する。僕も、協力するよ。ただし、僕の心の拠り所は昔も今も、ずっとフィーなんだ。だから、彼女のことを盗ろうなんて思うなよ。そん時は、魔王だろうと容赦しないからな。」
ビシッとノエルを指さしながら笑顔を見せるルーク。彼を見ながら頬を緩めたオフィーリアは、手をパンと叩いて言った。
「さ、ノエル! 今日は、これくらいにして、早く一緒にご飯を食べましょう! 今日は、消化にいいスープを作ってきたのよ。私が食べさせてあげるわ!」
腕まくりをしながら立ち上がったオフィーリアの手を取ったルークは、
「ダメだよ。僕ももうノエルの仲間なんだ。フィーがノエルの食事を作ったんだ。だったら、ノエルに食べさせるのは、僕だ。」
満面の笑みでオフィーリアを制するルークに、キースは呆れた表情で、
「ルーク、お前のその根性。嫉妬深い男は嫌われるぞ。お前は、回復薬をつくるんだろう。早く作って仲間が大切にしている子どもたちを癒してやれ。」
そう言ってルークの襟ぐりを掴むと、抵抗する彼を引きずるようにして仮眠室を後にした。
「ほんとうに――ありがとう」
はにかみながら小さく呟くノエルを見たオフィーリアは、胸元をきゅっと掴んで、頬を綻ばせた――。




